第19話 ヘタレのオレだってキレるときはある。
今回残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
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「なに考えてんだあいつはっ!」
ビトーさんが床をドンと叩く。
その音にオレも村人もビクリと身体を震わす。
「せっかく帰って来られたってのに! 剣も魔法も使えないあいつが出ていってなんになるってんだ! くそっ!」
苛立ちを隠そうともしないビトーさんが、バチンと両手を打ち合せる。
とにかく非常事態であることは間違いない。
だが、オレはどう行動していいかわからない。
ここにいていいのかも、村から出ていった方がいいのかも。
「どうすんだよ、ビトー!」
「こうなったら俺らも行くか!」
「ひとりも三十人も変わらねえ!」
ビトーさんの周囲に集まった村人が口々に意見を言うが、オレはおろおろとそれを見ていることしかできなかった。
「あいつは俺がいねぇとなにもできやしねぇんだ!」
ビトーさんが立ち上がる。
「小せぇ頃からあいつは……くそっ!」
ビトーさんが怒りに肩を震わせている。
よほどレイオットさんのことが心配なのだろう。
そういえばレイオットさんが戻ってきたことをビトーさんが一番喜んでいた気がする。
「俺らも行くべや!」
「カノ様を助けに行こぉや!」
「帝国の奴らなんなんざ、おらの七階級魔法で蹴散らしてやるで!」
「お! 村一番の魔法使いが気を吐いてるど! こりゃ頼もしいでぇ!」
「さあ! 決めるのはビトーだぇ! どうするだ!」
ひとり、またひとりと立ち上がる。
その中には女の人もいた。
オレは固唾を飲んでそれを見守る。
「よっしゃ!」
ビトーさんの決断は早かった。
「女子供はここに残れ! 灯りを消したら大人しくしていろ! 絶対に物音をたてるなよ!」
女の人たちに指示を出す。
立っていた女の人たちは渋々といった感じでその場に座った。
「龍護の村の男の意地を見せるぞ!」
「うぉぉおおお!」
そして、ざっと数えて三十人ほどの男衆はこぞって家屋から出て行ってしまった。
するとすぐに数人の女性が室内の灯りを消して回る。
そしてあれよあれよという間に室内は物音ひとつしない空間となった。
気まずい。
女、子どもの中にいい歳した男がひとり。
ビトーさんたちの迫力に押されてなにも言えなかったけど、オレも行った方がよかったのだろうか。
明らかにオレより年下に見える男子も逞しく出ていった。
客人扱いされているとはいえ、オレがここにいていいのだろうか。
みんなと行ってなにか手伝った方がよかったのではないか。
だが、今それを言ったところでもうタイミングは逃してしまっている。
それに……正直言って……怖い。
こっちの人たちの争いなんて、絶対魔法撃ち合うんだろ?
そんな中にオレが行ってみろ。
あっという間にお陀仏だよ。
回復魔法に頼り過ぎるのも危険だし。
ここでおとなしくしていないとやばいって。
オレの心の声がそう警鐘を鳴らす。
言葉の通じないオレが勝手な行動をしても、逆に迷惑をかけてしまうだけかもしれないし……
このまま様子を窺う方が賢明だよな……
真っ暗でみんなの顔が見えないので、オレがどう思われているのか表情から読み取ることはできない。
早く出て行けと思われているかもしれないし、そうではないかもしれない。
弱者なんでもう少しここで匿ってください……
いざとなったらフェイオ先輩呼んでみますんで……
なぜこんなことに巻き込まれてしまったのかわからないが、オレは息を殺してみんなの帰りをじっと待つしかなかった。
そのうちみんな戻ってくるだろう。
そうしたら何事もなかったかのように、また宴会の続きが始まるんだ。
宴会が終わったらレイオットさんの家に行って、魔法のことやルミのこと、この国のことを聞いてみよう。
そうだ。異世界のこともそれとなく聞いてみよう。
もしかしたら古い言い伝えのようなものがあって、帰還のヒントが隠されているかもしれない。
オレはとにかく明るいことを考えた。
考えて考えて、そのことで頭を埋め尽くした。
そうしていていないと不安で押し潰されそうになるから。
何度かフェルベールとの交信を試みたが、応答は一切なかった。
こういうとき、あのお喋りが恋しくなる。
あんなビー玉でも、いれば少しは不安を紛らすことができるだろう。
勝手に出てきて勝手にくっちゃべってたくせして……
まったく使えない奴だ。
◆
どれくらい時間が経っただろう。
室内は本当に人がいるのか疑ってしまうほどに静かだ。
だが、雲の切れ間からときおり漏れる月の光が部屋の中の人影を浮かび上がらせ、そこに人がいることを教えてくれる。
どうしよう。
まだ誰も戻ってこない。
体感的には一時間くらいだが、実際は……どうだろう。
十五分?
三十分?
……どうしよう。
ここは男のオレが様子を見に行った方がいいのだろうか。
みんなもオレがここに残っていることに不満を感じてやしないだろうか。
おまえも行けと。
行った方がいいだろうか。
建物の陰からそーっと見るだけでも……
よし。
ここにいても埒が明かない。
とりあえず外に出てみよう。
こんなオレでもなにかの役に立つかもしれない。
怪我人がいたら回復魔法で……いや、また倒れ込んで迷惑をかけるだけか……
ほんっと使えねぇな……オレの能力……
……おとなしく状況だけ確認して帰ってこよう。
そう決断したオレは、月明かりが室内を照らした隙に土間を下りて外に出た。
扉を出るオレの背中にかかる声はない。
誰も止めないということは、これが正解だったということだろうか。
もっと早く出た方がよかったかな……
オレは人の気配を探して建物の影から影へと素早く移動した。
◆
龍護の村とはさほど広い村ではないのだろうか。
柵にあたり、方向を変えてすぐ、反対側の策にぶつかる。
そしてもう一方の方向に歩いてしばらくすると、人の気配を感じることができた。
壁に隠れながらいったいどんな状況なのか恐る恐る確認する。
しかし。
そこには。
この数分間みんなを探しながら想像していたいくつかのシチュエーションの中でも、最悪を越える超最悪の光景が広がっていた。
「おやぁ、まぁだ家畜がいたみたいでぇすねぇ」
◆
僕だって運命を変えられた!
それならカノ様だって運命を変えられるはず!
二十年という決められた生。
最期は恐怖することなく、涙を流すことなく、穏やかにそのときを迎え入れたい。
それならこの世に未練を残さないように、すべての感情を捨て去ってしまえばいい。
五歳のとき、人にやさしくされることがないように笑うことをやめた。
六歳のとき、人に頼られることがないように魔法が使えないふりをした。
七歳のとき、友人ができないように長老の家に閉じこもった。
八歳のとき、異性に好意を持たれることがないように男のように振舞うことを決めた。
九歳のとき、異性に好意を持つことがないように心も男として生きることを決めた。
次第に運命を受け入れる覚悟が整っていく。
そして十五歳のときにはすべての感情がなくなっていた。
あとは二十歳になるのを待つだけ──。
そんな想いを抱えるレイオット──フェルミナのことを知っているのは、カノとビトーの二人だけだった。
僕の運命は変わった。
僕の運命は変えることができた。
それなら──
「な、なぜ出てきたのじゃ! バ、バカモノがっ!」
「カ、カノ様ぁっ!」
「おやぁ? さぁっそく上玉が出てきまぁしたねぇ」
カノの家を飛び出して村の入口に向かったレイオットが目にしたのは──かがり火によって照らされた、カノの姿だった。
「カノ様! ご無事で──!!」
しかし。
レイオットが目にしたカノは大きな松の木に串刺しにされていた。
両肩を剣で貫かれ、足は宙に浮いている。
「カノ様ぁぁぁああああ!!」
感情を失ったはずのレイオットが、喉が張り裂けんばかりの大声でカノの名を叫ぶ。
「く、来るでない! も、戻るのじゃっ!」
カノが血を吐きながらレイオットを制する。
レイオットはカノの言葉を無視してカノのもとへ駆け寄ろうと──だがそれは叶わなかった。
両側から現れた帝国軍の兵に身体を拘束されてしまったのである。
レイオットは咄嗟に魔法を行使しようとするが、十年以上魔法を使用していなかったために魔力を練成することができなかった。
そのことにレイオットは、ぎり、と歯噛みする。
「そ、その者には手を出さんでくれぇっ!」
「カ、カノ様ぁあああ!!」
「ガレフ様! こいつ男の服を着ていますが女のようです!」
レイオットを捕らえた兵がレイオットの束ねた髪を掴んで、ぐい、と顔を覗き込む。
「そんなもぉの、見ればわかりまぁす。その娘ぇは私が可愛がってあげまぁしょう。お持ち帰りでぇすね」
三十人ほどの帝国兵。
その中でも一番上官らしい男が舌なめずりをする。
「──! そ、それでは話が違いますじゃ! 私の命と龍神様の情報を差し出せば村の者には手を出さないと──」
「気が変わりまぁした。こんなぁに美しい娘を隠していたあなたが悪いのでぇす」
「そ、そんなご無体な──」
「カノ様ぁ!」
「無事でごぜぇますかぁ!」
必死に帝国軍に慈悲を乞うカノだったが、村の奥を見て言葉を飲み込んだ。
家に残るように指示を出した男衆が、総出でカノの方へ走ってきていたのだ。
手に木槍や鍬を握って。
「ガレフ様、また出てきたようですが……全員男のようです」
「家畜はいりませぇん。ドラゴンのことはその娘ぇに訊きまぁす」
「御意」
「ん~。今夜ぁはスパッとした感じが良いでぇすねぇ」
「御意」
上官──ガレフが手を水平に振りながらそう言うと、鎧をまとった兵が詠唱を開始する。
「みんな来ちゃだめぇぇぇ! 来ないでぇぇええ!」
「も、戻るのじゃ! 来てはならぬっ!」
帝国兵の動きを目にしたレイオットとカノが駆け寄ってくる村人に向かい叫ぶ。
しかしその叫びも虚しく──
ヒュン、という風を切り裂く音が数度聞こえたかと思うと、村の男たちは音もなくその場に崩れ落ちた。
直後、辺り一帯に血飛沫が舞う。
三十を超す村人の中で立っている者はひとりとしていない。
帝国軍の魔法によって全身を切り刻まれた男たちは、叫び声を上げる間もなく、ひとり残らず絶命してしまった。
「きゃぁぁぁあああ!」
レイオットの悲鳴が月夜を切り裂く。
「な、なんという……」
惨劇を目の当たりにしたカノが声にならない声を発する。
「ガレフ様。一番奥の屋敷で女子供を発見したようです。ご指示を」
「ん~。今度ぉは明るいのが良いでぇすねぇ」
「御意」
「な、なにをするつもりじゃ! これ以上無慈悲な真似はせんでおくれっ! わしの命ならくれてやるっ!」
「も、もうやめてっ!」
ガレフらの会話を聞いていたカノとレイオットが青い顔で叫ぶ。
「ん~。残念でぇすけど、この村は全滅させろとの命令なぁのです」
「そんな! それでは最初から──な、なぜじゃ!」
「そんなこぉと、あなたに話す必要はあぁりません」
「カ、カノ様! 屋敷の方角から火がっ! み、みんながっ!」
村の奥に火柱が立ち昇ったのを見てレイオットが絶叫する。
「お、おまえたちはそれでも人の子かぁっ! ああ、村が! 村がっ! わしを! わしを殺さぬかぁ! この弱者を甚振る帝国の猿どもめがぁっ!」
凄まじい形相をしたカノが、ガレフめがけて血を吐きつける。
「無論、そうするつもりでぇすから、ご安心をぉ」
ガレフは頬についた血の塊を綺麗な布で拭うと、それを放り捨て、
「ぐはっ──」
腰の剣をカノの心臓めがけて突き刺した。
「カ、カノ様っ!!」
レイオットの叫びにカノが虚ろな目で応える。
「レ、レイオット……済まなかった……わしとビトーの手紙を……」
「カノ様ぁぁぁあああっ!!」
◆
生臭い。
吐き気が止まらない。
おい
なんだよこれ
うそだろ
こんなのありえねえよ
えいがかよ
こんなのみたことねぇよ
なんで
なんで
なんで
なんで
なんでみんな死んでんだよ
やっぱりさっきの叫び声は気のせいなんかじゃなかったのか。
生臭い。
吐き気が止まらない。
「おやぁ、まぁだ家畜がいたみたいでぇすねぇ」
「だ、だめぇえぇぇえ! きちゃだめぇぇぇえええっ!」
レイオットさん
良かった
無事だったんだ
でもなんだよこれ
こんなのどうすんだよ
これがこの世界なのかよ
こんなことが日常茶飯事なのかよ
冗談、だろ
そ、そうだ
回復魔法──
「──がはっ!」
火傷をしたような痛みに自分の腹を見ると、ワイシャツにぽっかりと穴が開いていた。
なんだ……この穴……
「──痛ぇぇええッ!! いてぇいてぇいてぇ!」
何者かに攻撃されたと理解する。
あまりの痛みに両手両足をつく。
すかさず回復魔法をかける。
痛みが和らぐ。
だが腹の穴は塞がらない。
血も止まらない。
回復魔法が効かない……?
「トモキさぁぁん!!」
レイオットさんの沈痛な叫び声が耳に響く。
オレは四つん這いのまま顔を上げて声のする方を見た。
「ト、トモキさん! 逃げてぇぇ!」
顔をくしゃくしゃにしたレイオットさんが目に入る。
木にぶら下がっているのは……カノさんか。
カノさんも死んで……
クソッ
「やはぁり家畜はその姿がよく似合いまぁすね」
カノさんの隣で着飾った小男が嘲笑している。
あ?
誰だてめぇは
つかてめぇか
オレの一着しかない服に穴開けやがったのは
「家畜は家畜らしく啼いてもらいましょうか」
あ?
っざけんな
なにが家畜だ
フェイオ先輩が来たらおまえらなんか煉獄の焔に妬かれて即死だぜ?
まあその前にオレが死ぬけどな
……フェイオさんを呼んでいる時間は無ぇか
「トモキさんっ! 早く! 逃げてぇぇえ!」
くそっ!
オレの異世界知人第一号の笑顔を奪いやがって!
意識が飛びそうだというのにオレの感情は爆発しそうだった。
感情が爆発しそうだというのにオレの頭の中はとても冷静だった。
冷静だというのに、しかし死への恐怖は微塵もなかった。
オレはスーツの内ポケットから最後の一本となる巻物を取り出した。
巻物が無傷だったことに、自然と笑みが浮かぶ。
巻物の紐を食い千切ると、力の入らない手でそれを地面に広げる。
オレは人生最大の賭けに出ることにした。
もはや死は怖くない。
死んだことによって元の世界に帰ることができるかもしれないからだ。
だが、あいつは。
あの小男だけは生かしておけない。
オレを世話してくれた人たちをこんな目に遭わせたあいつだけは。
誰かを心の底から憎んだことなんて──
ああ、そういや一度だけあったな。
──まあいいや。今はそんなこと。
さあ、生きるか死ぬかの賭けをしようぜ
オレの血を喰らえ
オレの血を飲み干せ
いくらでもくれてやる
それが神の望みなら
それがオレの新たな運命ってんなら
上等じゃねぇか
とことん付き合ってやる
その代わり──
「──オレに力を与えやがれぇぇぇええっ!」
オレは自分の腹の穴に手を突っ込み、血まみれの臓器を鷲掴みにすると、
「ックソったれがぁあぁあぁぁああああああああっ!」
その握ったものを力任せに魔法陣に叩きつけた。
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