第18話 託されたのはひとりの運命



「帝国のヤツらがなにしに来たってんだ!」

「龍神様の森を超えて来やがったのか!?」

「奴らまた土足で踏み入りやがったのか!」


 男が持ってきた報告に怒号が飛び交う。


 帝国──。

 宮廷魔法師──。


 帝国は……どっかの国で……

 宮廷魔法師は……そこの国のお抱えの魔法使い……?


 言葉の意味するところはさっぱりわからないが、村人の雰囲気からはただ事ではない空気が伝わってくる。


 戦争……?


 胸の奥から絶望感が込み上げてくるが、まさかそれはないと自分に言い聞かせる。


 しかしこの一瞬の間で室内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


 なんだか嫌な感じだ。


 得意の法則がここでも発動したのだろうか。

 オレが幸せを感じるとバランスをとるかのように、その後、続けざまに良くないことが起こる。


 オレは今、確かに幸せを感じていた。

 感じてしまっていた。

 だからそれを清算させるために不幸が訪れようとしているのかもしれない。


 ──くそっ!

 こっちにもついて来てやがんのかよ!


 心の中で悪態を吐くが、そうしたところで何の慰めにもなりはしない。

 オレは、バタバタと慌ただしく動く村人たちを見て、自分のせいでないことを願うしかなかった。 


「静かにおし!」


 部屋の中が収拾つかなくなりかけたとき、うろたえる村人たちをカノさんが一喝した。

 すると全員がピタリと動きを止めて、一斉にカノさんに注目する。

 ビクッとしたオレも反射的に背筋を伸ばして居住まいを正した。


「わしが行って話をしてくる。ほかの者は全員ここに残りなさい。ビトー。わしになにかあった際はおまえが村を仕切るんだ。いいね?」


「ま、待ってくださいカノ様! 俺も行きます! カノ様をひとりで行かせるわけになど──」


「それはならん」


「し、しかし──」


「これはわしの運命さだめだよ。レイオットのあれだけの覚悟の後でわしだけに恥ずかしい思いをさせないでくれるかい?」


「う……」


 ビトーと呼ばれた筋肉男が二の句を継げずに黙り込む。

 ビトーが言葉を返せないことに、村人も押し黙ってしまった。


 すると、カノさんがオレの方へ身体を向けた。


「──トモキ殿、十分な御持て成しもできずに申し訳ありませんでした。どうやら客人が来られたようですので応対に行って参ります。トモキ殿はフェルベール様に随分と気に入られているご様子。フェルベール様のご加護がおありならこの先の旅も順調にいくでしょう。そこでひとつお願いがあるのですが──」


 カノさんが真剣な表情でオレを見る。

 オレも自然とカノさんに向き合うように座り直すと


「オ、オレになにかできることが……?」


 緊張でややかすれた声でそう訊ねた。

 オレの言葉をレイオットさんがカノさんに伝える。


「恩人であるトモキ殿にこのようなことをお頼みするのは筋違いであることは承知の上で申し上げます。もし旅を続けるのであればレイオットの面倒を見てやってはいただけないでしょうか」


「レ、レイオットさんの!?」


「はい。レイオットは元来この地の者ではありません。わずか三つの時分、運命さだめに従ってここ龍護の村に連れてこられたに過ぎないのです。運命から解き放たれた今、この子はここに残るべきではありません。この地を離れ新たな人生を歩むべきなのです」


「新たな人生……その手伝いを……オレに……?」


 カノさんがレイオットさんを見る。

 レイオットさんがオレの言葉を伝えると、カノさんは大きく頷いた。

 レイオットさんのなにか言いたげな気配が背中越しに伝わってくる。


「ぐ、具体的にはなにをすれば……」


 この時点で断るべきだったのかもしれない。だが、オレはカノさんの真剣な眼差しに射竦められて、つい、そう質問してしまった。


「レイオットを然るべき地まで送り届けてはもらえませんでしょうか」


「然るべき地? って、オレ、このあたりのことなにも……」


 オレの言葉を訳すレイオットさんの声も若干震えている。


「心配には及びません。それは神がお導きになるでしょう」


「か、神がって言われても──」


 そのときレイオットさんが立ち上がったことが空気の流れでわかった。


「カノ様! ぼ、僕はいつまでもここに──」


 今までオレの言葉を通訳していたレイオットさんがオレの話を遮り、感情的な声を上げる。

 が──


「レイオットや。おまえの運命を変えたのはトモキ殿じゃ。そしてトモキ殿の言葉もおまえにしかわからぬ。この御仁とおまえとの出会い、それはおまえの新たな運命の啓示だとわしは思っておる。意味はわかっておろう? わしはな……今となってはおまえには人一倍幸せになってもらいたいのじゃよ」


 そう言ったカノさんは「さて。あまりお待たせしては悪い。ちょいと行ってくるかね──」と立ち上がると、


 「トモキ殿。レイオットのことをよろしくお頼み申し上げます」オレに頭を下げた。

 そしてみんなが茫然としている中、足早に扉から出ていってしまった。

 

「あ……」


 トン、と閉まった引き戸の音と、オレの呆けた声が重なる。


 お頼み申し上げますって言われても……


 半ば強引にレイオットさんのことを押し付けられた俺は、立ったままでいるレイオットさんを見上げた。

 レイオットさんは複雑な表情で扉を見ている。

 そして無言のまま荒々しく床に腰を下ろすと目をつぶってしまった。


「あの……」


 レイオットさんは眉間にしわを寄せて、きつく目を閉じている。

 膝の上の拳も血管が浮き出るほど強く握り締めていた。

 とても帝国のことや宮廷魔法師のことを訊けるような雰囲気ではない。


 村人も──数人単位で肩を寄せ合ってこそこそと小声で話をしているので、その輪に入っていくことはできそうにない。

 いや、入っていくだけならできるだろうが、言葉が通じない。

 この状況でレイオットさんに通訳を頼むのはさすがに気が引ける。


 出ていったカノさんのこととか帝国軍のこととか気になることがたくさんあるが、孤立状態になってしまったオレはどうすることもできずに、さっきのカノさんの言葉の意味を考えることにした。

 


 運命の啓示……ってどういう意味だろう。


 オレとの出会いが新たな運命の啓示って言ってたけど。

 ん~。でもあれは本当にただの偶然だよな。


 森を歩いてたらたまたま煙に気がついて……

 あのとき煙の場所に行かないって選択肢もあったもんな……

 もしそっちを選んでたらレイオットさんと出会うこともなかったわけで……


 やっぱりどう考えても偶然だよな、あれは。


 仲間は欲しいけど、地理もわからないオレがレイオットさんを導くなんて……


 うん。

 やっぱり断ろう。

 オレには荷が重すぎる。

 カノさんには悪いが、オレだって元の世界に帰る方法を探さなきゃならないんだ。

 それになにより、レイオットさんがオーケーするはずがない。



『おい、カノ様だけ行かせてホントにいいのかよ』

『いや、不味いだろ……相手は帝国軍だぜ、どんないちゃもんをつけてくるか』

『でも命令だぞ』

『俺、カノ様の今生の別れみたいな言葉が……なんていうか嫌な予感がするんだよな……』


 村人のひそひそと話す声が聞こえてくる。

 考えをまとめたオレは、気取られないように下を向きながらそんな会話を盗み聞きしていたが、


「お、おい! レイオット! カノ様の命令に逆らうのかよ!」


 誰かがそう叫ぶ声にハッと顔を上げた。

 すると、隣で座っていたはずのレイオットさんがいつのまにか立ち上がっていた。


「おい! レイオット! どうするつもりだ!」


 ビトーさんの声だ。

 声のした方を見ると、ビトーさんが険しい顔でレイオットさんのことを睨んでいる。


 レイオットさんはその声に答えることなく部屋を横切り、土間を下りる。

 

「おい! どこへ行く! ここに残れとの命令だぞ!」


 ビトーさんが声を荒げる。

 だが、結局レイオットさんは一度も口を開くことなく、無言のまま出て行ってしまった。



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