第16話 龍護の村



「体調はどうですか?」


「僕は……トモキ様こそ……お加減が……」


 二人きりになった木造家屋の中、レイオットさんに話しかけながらそれとなく室内を窺う。

 パッと見たところではこの家屋に電化製品のようなものはなく、生活水準はあまり高くないように見受けられた。


「その、トモキっていうの、やめてもらえませんか? 普通にトモキと呼んでほしいんですけど」


「え……でも……フェルベール様の……」


 なんか第一印象と違って随分とおとなしい人だな……

 感情がないというか、抑揚がないというか……


 まあそれはそうか。

 あのときは状況が状況だ。

 生き死にを前に素でいられる方がどうかしてる。


「だからオレはフェルベールとも龍神とも無関係なんですって。このあたりのことをなんにも知らない田舎者なんですから。だからトモキでお願いします。ね?」


「そ、それではトモキさんと……」


「ん~、ま、いいか。──それでレイオットさん、ここは……?」


「ここは龍護りゅうもりの村です。僕が育った村で……なにもない小さな村ですけど、良い人ばかりなのでゆっくり滞在していってください……」


 そう言うレイオットさんはオレと目を合わせようとしない。

 警戒しているのか、緊張しているのか──そのため二人の間にある空気がとても重く感じる。


「へえ。龍護の村か……あとで村の中を見させてもらってもいいですか?」


 意識して明るい口調で話すが


「ぼ、僕でよければ案内します……」


 やはり俯いたまま顔を上げない。

 もしかしてこの村は他所者よそものを歓迎しない土地柄なのか。

 まあ、そうだとしたら情報だけ仕入れて次の村へ行けばいい。


「それは助かります。村の人にもお礼を言いたいですし。あ、でも言葉が……しかしなんでレイオットさんにだけオレの言葉が通じるんでしょう……」


「それは僕にも……」


オレの質問にレイオットさんが手を摩りながら答える。


「その手、もしかしてまだ痛みますか?」


「え?」


 ここでようやくレイオットさんと目が合った。

 ほんの一瞬のことだが。


「あ……そんなことは……」


 レイオットさんはそう言うとすぐに下を向いてしまった。


 少しだけ見えたレイオットさんの目は赤かった。

 おそらくつい先ほどまで泣いていたのだろう。


 手足に杭を打たれたうえに磔にされたんだ。

 そのショックはいかばかりか。


 身体の痛みと心の痛み、その万分の一も理解してあげることができないオレは、両手で目を擦るレイオットさんにどう言葉を続けたらいいのかわからず黙ってしまった。


「……痛みはまったくありません……あれほどの傷だったのに……龍神様がお慈悲をくださったので……」


 レイオットさんは顔を上げてオレを見たが、その顔にはどこかぎこちない笑みが張り付いていた。



 龍神……


 そうか。

 レイオットさんは回復魔法をフェイオさんの能力だと思っているのか。

 まあ、傷も痛みもないのならそれはそれで構わないけど……

 

 でも、オレが見たかったのはそんな悲しげな笑顔じゃない。


 異世界知人第一号であるレイオットさんの心からの笑顔が見たかったのだ。

 決して男が好きなわけではないが、眉目秀麗なレイオットさんの笑顔を見て癒されたいのだ。


 しかし目の前のレイオットさんは……


 あのときは後先考えずに助けてしまったけど、生贄にならずにいることをレイオットさんはどう思っているんだろう。


 勝手なことをしたと思われてやしないだろうか。


 そう考えると、卑怯かもしれないが龍神が助けたと思われているのは却って好都合かもしれない。

 オレのおかしな力を隠すこともできる。


 騙しているようで忍びないが、今は黙っておこう……


 オレとレイオットさんの間には、お互いが創り出した目に見えない壁があった。




 しばらく沈黙が続き、


「……あ、トモキ様がどれくらいお休みになっていたか、でしたね」


 赤い目をしたレイオットさんが、思い出したかのようにオレが気絶してからのことを話してくれた。



 

 オレがここに運ばれてきたのは昨日の昼。

 つまり、一日以上気を失っていたということになる。



 生贄台の上で意識を戻したレイオットさんは、傷がきれいさっぱりなくなっていることに驚いたそうだ。

 だが、オレがいきなり鼻から血を噴き出して倒れ込んだことにもっと驚いたらしい。

 どうしようかと慌てていたところ、龍神様──フェイオさんと目が合ったそうだ。

 レイオットさんが気を失ったのは、手足から流血していたからということもあるが、フェイオさんに気圧されたからという理由もあったらしい。

 だから目の前にいるフェイオさんを見て、また気を失いかけたそうだ。

 だが、フェイオさんの言わんとしていることがなんとなくわかったという。


 『背に乗れ』──と言っているのが。


 そして恐る恐る背に乗ったところ、ここまで運んでくれたそうだ。

 



 フェルベールが指示したわけではなさそうだが……。

 とすると、あれだ。

 フェイオさんはフェルベールだけでなく、フェルベールとなにかしらで繋がっているっぽいオレの使い魔でもあるのかもしれない。

 だとすると百人力……千、いや、万人力だ。


 うん。明日フェルベールに聞いてみよう。




 そしてレイオットさんは村に着くや否や、驚く村人に事情を説明するより先に、オレをここに運び入れてくれたそうだ。

 フェイオさんはオレたちを下ろした後、すぐに森へ帰っていったらしい。


 オレを介抱しながら、さっきの老婆──長老でカノさんというらしい──に詳細を説明したそうだ。

 そのときに不思議な声が聞こえて──それがフェルベールだ。

 フェルベールの言葉はカノさんにも理解できたらしく、あのような恭しい扱いになったそうだ。


 それを聞いて、フェルベールという神がこのあたりでは信奉されていることもわかった。

 ちなみに森でのオレとフェルベールの会話はあまり聞こえていなかったらしい。


 そしてさっき聞いたようにここは龍護の村。

 テイクスハーレという国の最東端に位置する小さな村だそうだ。


 龍護、テイクスハーレ、どちらも聞いたことがない。

 やはりここは地球ではないことが再確認できた。


 国についてはスパイだと思われたくないので、細かな質問は避けておいた。

 もう少しレイオットさんとの距離が縮まってからいろいろと聞いてみるつもりだ。


 国王がいて貴族がいる。そしてこの村もシュナイデルという領主が治めているそうだ。


 そして肝心な魔法のことと、ルミのことを質問しようとしたとき──


「お待たせしました。トモキ様」


 カノさんと筋肉男が戻ってきた。


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