第15話 改めての自己紹介



 フェルベールがいなくなると、賑やかだった部屋の中はとたんに静かになった。

 ポケットの中からはテレパシー的な声も聞こえてこないので、どうやらそのままお休みになってくれたものと思われる。


 

 ……。



 不自然な沈黙。

 正座で向き合うオレと三人の間に微妙な空気が流れる。



 こっちの世界ってビー玉は喋らないのかな……


 喋らないよな……


 やっぱりビー玉と会話してたオレを不審がってるのかな……?


 ……。


 気まずい……


 


 願い叶ってようやく出会えた現地人。


 訊ねたいことはたくさんあるのに……


 どこからなにを訊いたらいいのか整理が追い付かず、口を開くのを躊躇ってしまう。

 長老を絵にかいたような老婆に腰が引けて──とか、本当は害のなさそうな子どもがよかった──などということでは決してない。

 こういう場合、下手なことを口走って異端扱いされるのはよくある話だ。

 国境を越えれば文化も常識も異なる。

 ましてやここは国境どころか世界線を越えた異世界。つまり、なにがタブーなのかまったくわからない。

 よくある話として、黒髪黒眼のオレは忌避される存在かもしれないし、さっきフェルベールと交わしていた『元の世界に帰してくれ』という会話を聞かれて怪しまれたかもしれない。


 これからは、いついかなるときでも会話には気をつけないといけないということだ。


 いや、それよりも喋るビー玉だよな……


 ビー玉が喋ることなんて普通! なんて世界ならいいんだけど。

 それに、神に名を連ねている(自称)とはいえ、フェルベールはリュミエール派だ。

 二千年も前の話だそうだから今はどうなっているのかわからないが、もしここがクルスという神を信仰する世界だとしたら── 

『この男は悪魔崇拝者だ!』などといって捕らえられてしまうかもしれない。

 

 あ、でもわざわざ台座と座布団を用意してくれていたくらいだからそれはないか。


 まあ、そうならなかったとしても『これはレアアイテムだ!』といってビー玉を奪われてしまうかもしれない。


 いや、奪われるのはべつにいいか。

 むしろそれで済んでくれた方が有難い。



 とりあえず、うるさいビー玉は黙ったので一安心だが──

 

 とにかくここは慌てず焦らず、慎重に言葉を選ぶ必要がある。

 人里に来られたのはいいが、異世界人との初コンタクトで火炙りにされたらシャレにならない。

 

 とすると、なにから話せばいいのだろう……


 うーん……


 そうこうしているうちに一分ほどが経ち──。


 ふと、窓から夕陽が差し込んでいることに気がついた。


 そいえば今何時なんだろう……


 よし。


 オレはまずは当たり障りのない会話として、今の時間と、オレがどれくらい気を失っていたのか聞いてようと決めた。


「あの──」

「貴方様は──」


 だが、勇気を出して発した第一声は、見事に老婆の声と被ってしまった。 


「あ、すみません! どうぞそちらから」

「これは申し訳ありません」



 ……。



 気まずい。



「トモキ様。どうぞ、お話しください」


 ん?

 トモキ……様?


 オレのことをトモキ様と呼んだ老婆がオレに手を差し伸べる。


 これは……

 火炙りはないと思っていいのか……?


 とにかく遠慮するのも失礼だから先に話させてもらおう。

 正座の姿勢でもう一度頭を下げたオレは


「ええと、本当に助けていただいてありがとうございました──」


 老婆に向かって言葉を続けた。


「──今何時くらいかな、と思いまして……それと、オレ、どれくらい寝てたんでしょうか……」


「……」


 だが、答えが返ってこない。


 あれ?


「……」


 少し待っても老婆は口を開こうとせず──


 え?

 なにこの沈黙!?


 ──困ったように眉を寄せている。


 え?

 オレ、なにかやらかした!?


 一瞬冷や汗が流れる。

 すると老婆は後ろ──筋肉男の方を向く。

 老婆と目を合わせた筋肉男は二度三度首を横に振る。


 なに!?

 なんなの!?


 ちょっとそのリアクション、怖いんですけど!


 次に老婆は反対側の後ろ──レイオットさんを振り返った。

 するとレイオットさんは筋肉男のように首を振るようなことはなく、


「カノ様? トモキ様がお話しされておりますが……」


 きょとんとした顔で老婆を見ている。


「わかっておる。わかっておるが──」


 ここで老婆はレイオットさんに顔を寄せると、


『なにを申されておるのか……』


 オレに聞こえるかどうかというほどの小さな声で囁いた。

 まあ、部屋が静かだから聞こえてるんですけどね。


 なにを申されてって、どういうこと?


「え? カノ様、トモキ様の言葉がお解りにならないのですか!?」

「声が大きい!」


 老婆がオレを見る。

 苦笑いを浮かべた老婆に、オレも愛想笑いで返す。

 老婆はレイオットさんへもう一度振り返ると


「ではおまえはトモキ様の話す言語が解ると申すか」

「はい……今の時刻と、どれほど休んでいたのかと聞いておられますが──」


 するとその会話に混ざってきた筋肉男が


「おお! レイオットにはそのような才があったのか!」


 感心したように大声を出した。


 オレがなにかやらかしてしまったわけではないことに安堵するも──


 ……マジ?

 どういうこと?


 オレはあっちの言葉が理解できる。

 うん。ちゃんと意味がわかるからそれは間違いない。

 んで、向こうはオレの言葉は理解できない?

 なんで?

 でもレイオットさんには……通じてるよな。


 フェルベールとも会話にはなっていたようだから、フェルベールの言葉は通じていると。

 まあ、あれは神だから例外か……


 なんだこれ。

 なんだこの突如現れた異世界の壁は。


 ちょっとどうにかしないとこの先大変そうなんですけど……



 そのとき、家屋の扉が勢い良く開き──


「カノ様! 村のもんが騒いで仕方ねぇ! 早く説明に来てくれぇ! これ以上は引き延ばせねえ!」


 お百姓さんみたいな格好をした男が叫びながら土間に入ってきた。


「これ! 勝手に入るんじゃないよ! 今行くから一本松で待っておれ!」


 カノ様と呼ばれた老婆は男を一喝し、


「申し訳ありませんが少し席を外させていただきます。レイオットを残しておきますので必要事はなんでも申しつけてください」


 そう言って立ち上がると筋肉男と一緒に家から出て行ってしまった。


 そして残されたオレたち二人は──


「よ、よろしくお願いします……イチノセトモキです……」


「レ、レイオットと申します……こ、こちらこそなんとお礼を言ってよいか……」


 頭を掻きながら改めて自己紹介をした。



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