第12話 誰かのために
「お、お忙しいところお呼び立てしてしまってすみません……というかわざわざお越しくださりありがとうございます……」
気持ち良さそうに寝そべっているドラゴンに遠慮がちに声をかける。
眠るように目を閉じてしまったのが気になるが、ドラゴンはオレの話を聞く姿勢をとってくれている──ように見える。
言葉……通じてるのかな……
鼻息が荒いのは怒っているからではなくて、くつろいでいるからなのだろう……と思いたい。
丸まって寝ているドラゴンはなんだか小さく見える。
二千年生きているという割には、だが。
ドラゴンが何年で大人になるのかわからないし、ほかにドラゴンなんて見たことないから正確な大きさなど知らないけど、勝手な想像ながらドラゴンはもっと大きいものだとばかり思っていた。
目の前のドラゴンは……小型バスくらいの大きさだろうか。
鳥としてはめちゃめちゃ大きいけど、ドラゴンとしてはどうなんだろう。
やっぱり子どもなのかな……
まあこういった種類のドラゴンなのかもしれないが。
「おくつろぎのところすみません……」
オレはドラゴン様の機嫌を損ねないよう、静かに話しかけた。
「ええと……実はちょっとお聞きしたいことがありまして……」
微かにドラゴンが反応を示した。
やはりオレの言葉を理解しているのか。
「こちらの人、レイオットさんといってフェイオさんの生贄らしいんっすけど、フェイオさん、生贄なんていらないっすよね……?」
近所の不良のお兄さんに話しかけるような口調になってしまうのは、オレがヘタレだから仕方がない。
「……生贄とかってなんか時代錯誤というかナンセンスというか……」
ドラゴンは少しだけまぶたを開いてすぐに閉じる。
「ってか、この世界をどうこうしようなんて、考えてないっすよね……? 焼き払っちゃう……みたいな……」
ドラゴンは少しだけまぶたを開いてすぐに閉じる。
「……なんか、フェイオさんのこと、みんな怖がってるらしいんっすよ」
ドラゴンは少しだけまぶたを開いてすぐに閉じた。
む。
ドラゴンから言質を取るにはどうすればいいのだ。
いきなり喋りだしたらそれはそれで怖いけど……
でも、ここでドラゴンがうんうん頷いたところで信憑性はないよな……
ん?
そうか。
このドラゴンがオレの言うことを聞くところを見せれば納得してくれるかも。
『人間とこんなに仲良いんですよ~』って、見てもらえば……
そうひらめいたオレは頑張ってドラゴンに近寄ると
『……す、すみません、フェイオさん。ちょ、ちょっと自分とフェイオさんの仲が良いところを見せてあげたいんですけど……お願いできますかね……』
手もみをしながらお願いしてみた。
ドラゴンは黙ったまま目を閉じている。
『あ、い、嫌だったら別にそのままでも全然いいんで……』
オレは数歩下がると『じゃあいきますよ……』オレの声がドラゴンだけに聞こえるよう口もとに手を添えてから指示を出す。
『フェルベールの名のもとにフェイオさんに命じ……ます。えと、ちょっとその場で立ってみてください……お願いします……』
するとどうだろう。
ドラゴンはオレの言うことを聞き入れてくれたのか、ゆったりとした動作でその場に立ち上がった。
ぐ、偶然か?
いや、オレのことを見てる……ぞ?
いけたのか!?
そ、それなら次は……
『フェ、フェイオさん! つ、次は回転っす! 回転! ちょっとその場でくるっと回ってみてもらっていいっすか!』
するとドラゴンは、大きな足音を響かせながらドタドタと一回りして見せた。
う、嘘!
マジ!?
オレの言うこと聞いてくれてるの?
ちょっと! すごい可愛いんですけど!
「み、見ました!? レイオットさん、見ました!? ほ、ほら、このドラゴン、実はいいドラゴンなんですよ!」
一番驚いているのは当然オレだ。
まさかドラゴンと心通わせられるとは。
「儀式なんてもう必要ない──って、レイオットさん!? レイオットさ……」
──あれ?
レイオットさんの様子がおかしいぞ……
ぐったりとしたまま動かない。
「レイオットさん!」
オレは慌ててレイオットさんの鼻先に耳を当てる。
すると、呼吸はもう虫の息で。
まずい。
オレは覚悟を決めた。
もう自重している場合ではない。
ドラゴンと通じ合えたというのに、ここでレイオットさんを死なせるわけにはいかない。
儀式が必要なくなったかもしれないのに、レイオットさんを無駄死にさせるわけにはいかない。
言い訳ならオレがする。
いざとなったらドラゴンと一緒に偉い人に会いに行けばいい。
そして『災いなど起きやしないから二度と儀式を行うな』って言ってやればいい。
それでも駄目なら……
それでも駄目なら……
ああ! それはもうそのとき考えればいいっ!
「レイオットさん、必ず助けるから!」
オレは台座の上に飛び乗ると、四本の杭を必死に引き抜いた。
そして他人に試したこともないのに、必ずできると信じてレイオットさんに回復魔法をかけた。
詠唱なんて知らない。
とにかくレイオットさんが癒えるように、レイオットさんの痛みが和らぐように、レイオットさんの笑顔が見られるように、オレは心の底から祈った。
誰かのために祈るなんて……いつ以来だ──
すると──
誰かに、なにかに、たしかに、オレの祈りが通じたのか──
「あ……れ……?」
レイオットさんの目が静かに開いた。
「僕……ああ、痛みが……どうして……」
そして上半身を起こすと自分の手のひらをまじまじと見つめた。
「なにが……」
杭が打たれていたはずの足首を摩る。
「傷が……ない……?」
彼はいよいよ目を見開いた。
よかった……
成功……だ……
レイオットさんの身体から傷が消え去り、レイオットさんの驚く顔を見届けたオレは、レイオットさんの身体に重なるように倒れこみ──
ああ……柔らかい……
オレの閉じ行く意識に残る最後の記憶は──男とは思えないほどに柔らかいレイオットさんの身体と、なんだかとても懐かしいような甘い匂い──だった。
第一章
『古代魔法師 イチノセトモキ 誕生』
完
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お読みいただき、ありがとうございます。
魔法適性ゼロの転移者、第一章の完結となります。
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