第10話 異世界知人第一号



 龍神様の使い……?

 オレが……?


 オレと台座とは三十メートルほどの距離があるが、ここからでも女の人の表情はよくわかった。

 あれは恐怖に怯えている顔だ。


「まさか! ち、違いますよ!」


 あんなのドラゴンと知り合いだなんて思われたくない。

 せっかく現地の人と接触できそうだというのに、アレのせいで怖がられて台無しになんてしたくない。


「オレも被害者なんです!」


 オレは、元の世界では万国共通である、両手を上げて無抵抗の意思表示をすると、女の人に向かってゆっくりと近寄っていった。

 その際チラッと足元を確認するが、もう先ほどのように魔法陣が浮かび上がるようなこともなかった。


「迷子になってしまったんです! それで偶然あなたを見かけて、道を尋ねようとしていたんです!」


「ま、迷子? で、では龍神様との関係は……」


 お!

 やっぱり言葉は通じているようだ!


 女の人は俺ほど声を張り上げていないのだが、それでも問題なくオレの耳に届いてくる。

 オレはさらに台座に近寄りながら、言葉を続けた。


「龍神様って、さっきのドラゴンですよね。いやあ、アレには驚きましたね……オレもなにがなんだかサッパリなんです。でももう大丈夫らしいですよ。なんでもあのドラゴンはフェイオっていって、フェルベール? って人の使い魔らしいですから」


 本当はペットという言葉を使って、もっとドラゴンのことを可愛いアピールしたかったが、ペットという単語が通用せず逆に混乱させてはいけないので使い魔としておいた。


「え……」


 だが、使い魔という言葉でも混乱させるには十分だったようだ。

 女の人は唖然とした顔でオレを見ている。


 それにしても綺麗な女性ひとだ──。


 近寄るにつれてその美貌が明らかになる。

 

 海外の雑誌にでも出てきそうな人だな……

 

 口をポカンと開けて驚いている顔でさえ、さまになってしまう。

 こっちの人はみんなこんな感じなんだろうか。


 典型的な日本人体型のオレは、ここ《異世界》でもコンプレックスを抱かなきゃいけないのかよ……


 んー、でもどうして寝たきりなんだろう。


 女性が首しか起こしていないことに違和感を覚えるが──


 まあいい。

 オレは生まれ変わるんだ。

 旅の恥はかき捨て。

 ここでのオレは積極的になるんだ。


 日本でできなかったことをここでチャレンジするんだ!


 それには第一印象が大切だからな。


 よし。

 ここは紳士的に──


「お嬢さん、よろしかったらこの辺りのことについて少しばかり──ひ、ひいぃぃ!」


 オレはカッコつけてスマートに話しかけるつもりでいたが、台の上に横たわる女の人の姿を見て思わず尻餅をついてしまった。


 その残虐さに──。


 女の人は台座にはりつけにされていたのだ。

 手と足を杭で打たれ、身動きが取れないように──。


 儀式──。


 さっき女性の口から出た言葉が頭に浮かんでくる。

 

 龍神──。

 結界──。


 それらの言葉から連想されるのは──


 生贄──。


 オレは吐き気を覚えた。

 どうにか嘔吐を堪えようと口元を出で押さえたとき、ぬるっとした感覚に気づき、その手に目をやると──


「──っぁ!」


 手が血まみれになっていることに喉の奥から呻き声を上げた。

 台座を見上げると、至る所から血が滴り落ちている。

 手についたのは彼女の血だ。


「──ッゲボッ、ゴボッ」


 それを見たオレは、我慢できずに胃の中のものをぶちまけてしまった。


「──ッげほっ、…………はぁ、はぁ」


 すえた臭いが鼻をつく。

 

 駄目だ──。

 まだ他人の血を見ると震えが止まらなくなる。


「だ、大丈夫ですか……?」


 台座の上から聞こえてきた女の人の声に我に返る。


「え、ええ。すみません。──あ、あの……」


「──驚くのも当然と思います。これは龍神様の怒りを鎮める儀式なのです」


 やはり……

 そんな非文明的な信仰がこの世界には……

 いや、オレが知らないだけできっと今の地球にも……


「それで、先ほどフェルベール様と……」


 なんでそんなに冷静に話しかけられるんだよ、この人は……

 痛くないのか?

 それともそういう魔法でも使っているのか?


 オレは口元をスーツの袖で拭うと、気を取り直して台座の脇に立ちあがった。


 もう一度女性の姿を確認する。

 身体をじろじろと見るのは失礼なので、女性の顔らへんに視線を置いたまま、さりげなく目線を動かす。

 長い睫毛。

 大きな青い瞳。

 半開きの口からは白い歯が少しだけ見えている。

 金色の長い髪。

 透き通るような白い首。

 身に着けている一枚の布は、もとは白かったのだろうが、今はほぼ赤い血で染まってしまっている。


 痛々しい──。


「あの……?」


 視線を少しだけ顔から下に移動する。

 少し開いた胸元は──


「あの……鼻血が出ていますけど、大丈夫ですか……?」


 ──ぶっ!


「──! ち、違うんです! ここここ、これは、反動で! け、決していやらしい目で見てたわけじゃないんです!」


「いえ、あの……さっきフェルベール様と」


「あ、あ、あ、あ、はい! い、言いました! こ、このビー玉がそう言っていたんです!」


 慌てて上を向いて鼻を押さえたオレは、ポケットから手さぐりでビー玉を出して、女の人に見せた。


「あの! オレはイチノセトモキって言います! トモキって呼んでください!」


 やっぱり綺麗な女の人を前にすると緊張してしまう。

 それが薄布一枚で両手両足を拘束された女性ともなると──


「あ、ごめんなさい。僕の名前はレイオット。名前を憶えてもらっても意味ないかもしれないけど……」


「と、とんでもない! そんなことより早くその傷を手当てをしないと──」


 え?

 僕?


「え? し、失礼ですけど……お、男……?」


「……お、おとこ……です」



 え? どう見ても女……え?


 こっちってそれが普通なの?


 い、異世界こぇー!



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