第9話 ビー玉の正体
『…………』
「──本当にすみませんでした……」
『……ホントに悪いと思ってるの?』
「お、思ってますよ!」
『気持ちいいくらい遠くにほっぽり投げたじゃない」
「でもすぐに見つかったんだから良しということで……」
『私が叫んだからでしょ! 見つけても全然触ろうとしなかったくせに! ……はぁ。まあいいわ』
ひょっとするとこのビー玉はドラゴン以上の実力を持っているのかもしれない。
このビー玉はあのドラゴンのことを『フェイオ』と呼び、『私の使い魔』などと言っていた。
嘘か本当かわからないが、実際ビー玉の声に呼応するようにドラゴンは帰っていった。
知った仲であることは間違いない。
だからビー玉の機嫌を損ねるような真似をしては拙い。
オレはもう二度とドラゴンの顔は見たくないのだ。
ビー玉に説教される筋合いも、頭を下げる筋合いもないのだが、この世界ではオレはまだ一年生だ。
誰がどんな力を持っているのかわからないのだから、たとえビー玉相手でも
瞬時でそう判断したオレはこのビー玉への接し方を決めた。
他人から『頭のおかしいやつ』と思われようとも、ちゃんとビー玉に話しかけることにしたのだ。
オレはここにビー玉の人権を認めたのだ。
オレは地面に広げた荷物を片手でポケットに戻しながら、もう片方の手のひらの上に乗せたビー玉に向かって話しかける。
「それで……あなたは……オレのことを知っているようでしたが……」
『っていうかビー玉ビー玉うるさいわよ! 何回ビー玉言えば気が済むのよっ! 私はフェルベール! 神リュミエールの使者よっ! もう!』
「え……」
オレ、声に出してた……?
もしかしたら三日間ずっとひとりでいたから変な癖がついてしまったのかもしれない。
頭の中で考えていることを、いつのまにか声に出してしまっているといったような。
オレはそんな天然どじっ子キャラじゃないんだが……
オレが後ろを振り返って台座の上を確認すると──金髪の女の人は目を見開いてオレのことをガン見していた。
げ!
めっちゃ見てるじゃん!
やっぱ声に出ちゃってる!?
それとも頭のおかしなヤツと思われてる!?
『落ち着いて。私にはあなたの心の声が直接伝わるの。これはあなたと私がパスで繋がっている証拠。なにせあんなに大量の血をかけてくれたんだもの。溺れるかと思ったわよ。──嘘だけど』
は?
心の声が伝わる?
なに言ってんの? このビー玉は……
『だからビー玉ビー玉言わないでってば! フェルベールよ!』
「ま、マジか!」
『……もう! 本当よ!』
そんなこと本当にあるのか?
ビー玉の言うことが本当だとしたら自制しなければならないのが回復魔法だけではなくなってしまう。
健全な成人男性だというのに、妄想も自主規制しなければならなくなるのだ。
にわかには信じることができなかったオレは、本当かどうか少し試してみることにした。
…………。
『フェイオ呼ぶわよ?』
「す、すみません!!」
ほ、本当だ!
やっべ!
なにがやばいって思考が筒抜けなのがやばい。
言葉というフィルタリングがなくなってしまってはオレの性格が丸裸に──
くそ!
なんであのとき鼻血を垂らしちゃったんだ!
『もうトモキの趣味趣向はわかってるわよ。パスで繋がってるんだから。そんなことより時間がないわ。まだ完全に封印が解けていない私がこうしていられるのは一日の内で数十分よ。本題に入るからしっかり聞いて──』
だが──。
『……あれ。ぜんっぜん思い出せないわ。昨夜少し飲み過ぎたようね。──嘘だけど』
「は?」
自称、神の使者というビー玉──フェルベールは使い物にならなかった。
「記憶がないっぽいわね。私」
記憶を失っているというのだ。
「……さすがに冗談ですよね」
「は? 冗談じゃないけど? ん、でも、昔のことは憶えてるのよね……」
いや、本題をしっかり聞けって言っておいてのそれかよ。
使えねぇ使者だ。
「昔……? とは? いつぐらいなんですか」
「二千年前ね」
「ざけんな」
◆
結果、フェルベールは今オレが欲しい情報はなにも知らなかった。
しかし二千年前のことは掻い摘んで話してくれた。
リュミエールとクルスという二柱の神の間に聖戦が起こったこと。
その聖戦の際、神リュミエールの側近だったフェルベールは神クルスの手の者によって封印されてしまったこと。
そしてフェイオという使い魔がいたことくらいだった。
封印されてから約二千年の月日が経っているということはなぜかわかるそうだ。
せっかく手に入ったこの世界の情報だというのに、スケールが大きすぎてすんなりと頭に入ってこなかった。
オレが聞きたいのは神話ではなくて、現在使えるタイムリーな情報なのだ。
知りたいのは今日泊まれる宿の場所であって、宿の土地を管理しているデベロッパーの詳細ではないのだ。
フェルベールは、オレがここに飛ばされた理由もわからなければ、街の場所もわからない。
回復魔法のことも、ほかの巻物のこともわからないそうだ。
フェルベールは
オレの名を知っていたのは例の繋がりが理由だそうだ。
意識が覚醒し始めると同時、オレの心と繋がり始めたという。
その過程で、オレの名や、オレがこの世界とは別の世界から来たということを知ったそうだ。
もちろん帰還方法などは知っていなかった。
で、くだんのドラゴンだが、名前をフェイオというそうだ。
やはりフェルベールの使い魔で、二千年の間、巻物の姿になったフェルベールのことを護っていたらしい。
遣い魔なので理由なく人を襲うことはあるはずなく、妬かれた人たちは盗賊かなにかだったのだろうと言っていた。
さんざんビビらせやがって、今度会ったら背中に乗せてもらおう──とちょっとだけ強がってみたりした。
とはいえ、もう会いたくないけど。
三日前、オレが血を垂らしたことによって封印が解けたフェルベールだったが、神の使者としての力を取り戻すまではもう少し時間がかかるという。
そしてフェルベールは。
『二千年ぶりにたくさん話したからクタクタよ。明日になればなにか思い出しているかもしれないから少し休むわね。じゃ、おやすみ』
そう言って一方的に眠ってしまった。
そしてまたひとりになったオレは──今度はそっとビー玉をポケットにしまったのだった。
さすが異世界だな……
ビー玉の中に神の使者が入ってるなんて……
ここが日本だったら絶対に信じないけど……
だが、オレは真っ先にドラゴンを見させられてから、地球にいたころの常識をかなぐり捨てている。
だからどんなことでも、一応信じることはできるのだ。一応。
中には当然、信じたくないこともあるが。
それにしても明日またフェルベールが覚醒するまで新しい情報はなしか。
せめて森を抜ける道だけでも聞きたかったが。
チートっぽいモノを手に入れられたのはラッキーだけど……
記憶もないし、力もないし……
役に立たないんじゃ意味ないよな。
ってか、思考スキャンにだけは注意しないと……
でもこの世界に神がいることはわかった。
ドラゴンに襲われることもないことがわかった。
そしてなにより、オレはひとりじゃないことがわかった。
オレの名を呼んでくれる人がいる。
今の時点ではそれで良しとしよう。
明日になったらフェルベールがまたなにか教えてくれるかもしれない。
なんだかだんだんと異世界の旅らしくなってきたじゃないか!
ついさっきまではどうなることかと思っていたが……
これもリュミエールという神のおかげなのだろうか。
それともフェルベールを封印したクルスという神の助けだろうか。
まあ、オレにとってはどっちでも構わないが。
──さて、ドラゴンの心配もなくなったし、あの女の人に話しかけてみるか。
「あの──」
「あ、貴方様は、りゅ、龍神様の御使い……ですか?」
……はい?
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