第6話 一晩明けて
「腹減った……朝からなにも食べてないんだけど……ルミの部屋で飲んだ麦茶が最後かよ……」
辺りはすっかり暗い。
夜の森は無闇に歩き回らずにビバークするのが常識だ。
ここは一見可愛いく見えるうさぎですらオレを捕食しようとする世界。
ほかにどんな化け物が潜んでいるかわかったもんじゃない。
だからオレは岩陰で小さく身を丸めているのだが……。
寝ようにも自分の腹の音がうるさくて眠ることができずにいた。
こんなとき魔法が使えたら……
って、回復魔術!
なぜ思いつかなかった!
そうだよ!
魔法は神秘だ! 神秘は不可能を可能にする!
つまりオレは魔法で腹も満たせるんだ!
腹が減り過ぎて思考がおかしくなったのか、オレは意気揚々と詠唱を開始した。
『お願いです! 栄養を身体の隅々まで行き渡らせてください!』
すると──幾何学的な文字がびっしりと書き込まれた魔法陣が頭上に浮かび上がり、その中心から温かい食事を乗せたワゴンを引くメイド服姿の少女が姿を顕す──
なんてことはなく、ぐう~と腹の虫が一段とうるさく鳴くだけだった。
「だよな……仕方ない。もうあの綺麗なキノコ、食っちゃおうか……」
さっき見つけた大きなキノコ。
回復魔法がなかったら絶対口にしないだろう怪しげなキノコ。
オレの異世界での最初の食事は、銀色の斑点が鮮やかな原木のキノコだった。
その夜、オレはうつらうつらする中、全身から銀色のキノコが生えてくる夢を見た。
異世界で見る最初の夢がキノコに侵される悪夢とは──この先が思いやられる。
土の上に葉っぱを敷いただけの簡素な寝床。
相変わらず気味の悪い、フクロウのような鳴き声。
枯れ枝が落ちる音がするたびに、うさぎもどきが出たのではと息をのむ。
銀のキノコの大群にうなされて、寝ては起き、起きては寝ての繰り返し。
それでも三時間は眠れたか。
時計を持ってないから時間の感覚がまったくないんだよな……
そのことがさらに不安を大きくする。
今何時くらいなんだろう……
いくらか明るくなっているような気がするので、まもなく夜明けだとは思うのだが。
いつもはスマホでパッと確認できるのに。
そういやこんなに長時間スマホを触ってないのなんて初めてだな……
オレも立派な現代っ子か……
朝が来ればこっちに飛ばされてから丸一日になる。
丸一日といっても、あくまでもオレ時間、というか異世界時間だが、向こうの時間はどうなっているんだろう。
こっちと同じ時間が流れているのであれば、昨日無断欠勤したうえに連絡もつかないということで、今日あたり先輩が家に来るかもしれない。
それで行方不明が発覚して……警察に届けを出すのは二、三日後かな……
ルミの家はもう動いているはずだ。
恭介おじさんも琴葉さんもルミのことを血眼になって探しているだろう。
いまごろ都内すべての防犯カメラを確認しているころか……
いや、衛星を使っているかも……
そうしたらもうルミは見つかっているかもしれないよな……
なんとしてでもあっちの世界で見つかっていてほしいが……
はあ……オレのこと誰か探してくれてるかな……
今日明日で戻れるのならまだなんとかなるが、これが一年戻れないとなると……
家賃の支払いとか、カードの引き落としとか……
会社もクビになってるだろうし……
そうだよな……戻れたとしても生活する場所がないよな……
どうすんだろ、オレ……
ふかふかの布団で寝たい。
温かい風呂に入りたい。
まともな食事をしたい。
どうしてオレはこんなところにいるんだ?
なんでこんなにもひもじいんだ?
一晩経って冷静になってくると、この理不尽な状況に腹が立ってくる。
異世界に行きたいなんて本気で願ってたからバチが当たったのかな……
はぁ…………
だが、どんなに過去の自分を省みてもこの状況は変わらない。
死と隣り合わせのこの世界をどうにか生き抜いていくしかないのだ。
「明日を迎えられるように今日を一生懸命生きよう!」
オレは両頬を勢いよく叩くと、改めて今後どうするかを決めることにした。
まずは──
とにかく情報が必要だ。
それには人だ。
人と出会わなければ情報は集まらない。
よし。
森を出たら街を目指すことを第一優先事項としよう。
この世界に人がいることはわかっている。
あのドラゴンに挑むくらいだから野蛮な人種かもしれないが、誠意を持って接すればなんとかなるだろう。
できることなら物知りで優しい子供がいいけど……
子供でも魔法バンバン撃ってくるとか?
まあ、とにかく人と会うことができれば、ここがどこかわかる。
文化もわかる。
ルミのことや帰還の手がかりが得られるかもしれないし、オレの能力のこともわかるかもしれない。
回復魔法の仕組みや限界が把握できれば、うさぎもどきも脅威じゃなくなるかもしれない。
でも、攻撃手段がないんだよな……
と、すると次は──
攻撃、もしくは身を護る
しかしオレは剣も槍も弓も扱えない。
体術が得意というわけでもない。
竹刀を振ったことはあるが、もちろん、命を奪いあうような激しいものではない。
大きな街で剣術の指南でも受けるか……
回復魔法のおかげで古傷も痛まない。
相手を倒し切る攻撃──とまではいかなくとも、自分の身を護る手段は手にしておきたいところだ。
まあこれは考えておこう。
次は──
拠点か?
うん。拠点だよな。
いつまでも野宿はつらいからな……
幸いなことに金貨はたっぷりとある。
一枚がどの程度の価値かはわからないが、宿代に困ることはなさそうだ。
宿で休むことができれば心に余裕ができるし、思考も捗る。
この一晩で、人間に必要なのは──安心して眠れる場所と温かい食事──とオレは悟ったのだ。
よし。
これが第二優先事項だ。
後は──
贅沢をいえば信用できる仲間が欲しいところだ。
それがオレを護ってくれるような強い男ならなおのこと良い。
女の人でもいいけど、ちょっと面倒だからな……
お金で雇うボディガードみたいなのはいまいち信用できないし……
それなら、信頼できる仲間を作って、攻撃手段と防御手段はその人にお願いすればいいか。
お、一石二鳥だ。
これでさっきの問題は解決できるぞ。
よし。
ここは日本じゃないんだ。
今までの内向的な性格のオレと決別して、積極的に話しかけていこう。
で、フィーリングがあったらオレの事情を話して助けてもらうことにしよう。
やっぱり旅に仲間はつきものだ。
無事日本に帰ったらどうにか方法を見つけて文通するのもいいかもしれない。
安全な方法があれば日本に遊びに来てもらってもいい。
うん。
仲間を作ることを第三優先事項にしよう。
なんだか活力が湧いてきたぞ!
やっぱりするべきことを順序立てて決めるとモチベーションが上がるな!
やりたくない仕事が山積したときの対処法だったが、ここでも通用したようだ。
「──ううっし! 頑張るぞぉ!」
オレはその勢いのまま立ち上がると、日が昇ってきた方向、つまり地球でいうところの東の方角へ向かって元気よく歩き始めた。
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