第5話 初めての魔法
結果、三本の巻物は──。
一本は回復魔法と書かれた魔導書。
もう一本が、なにやら効果のわからない魔導書。
そして最後の一本が、大きな魔法陣が書かれているだけの巻物だった。
使ってみるか……?
三本のうち、手に取ったのは回復魔法の巻物。
ほかの二本は……怖いから様子見だ。
そりゃそうだろう。
一本はなんの魔導書かわからないし、魔法陣だけの巻物に関しては、いかにも
やっとの思いでドラゴンから逃げてきたのに……ここで魔王登場なんてなったらシャレにならない。
大きな街には鑑定士なる職業の人がいるかもしれないから、そのときに見てもらおう。
というわけで、比較的安全そうな(?)回復魔術の
使ってみた結果どうなるかわからないが──大きな力を欲するならばそれ相応の危険を冒さなければならない──誰かが言っていたような気がする。
よし。そうと決まれば……
──よし。
間違いない。
ここの魔法陣に血を垂らせばいいんだな……
魔法陣に血を垂らす……と。
…………。
ふむ。
何気に指先切るのって勇気いるよな……
よく、歯で『ギリッ』ってやっているのを見るけど、実際痛そうだし怖い。
絆創膏もないし。
──あ、そうか。
よく考えたら、回復魔術で治せばいいんじゃん。
とらぬ狸の何とか。
もう回復魔術を習得した気でいるが……どうなることやら。
オレは親指の先を犬歯で噛み切ると──
いくぞ?
垂らすぞ?
もう後戻りできないぞ?
…………
せ、せーのっ!
思い切って巻物に血を垂らした。
ポタポタと魔法陣に血が滴ると、半紙に墨汁を垂らしたようにジワリと染み渡る。
少し離れて、しばらく行方を見守っていると……
「おお! 光った!」
魔法陣が柔らかい不思議な光を発して周囲を照らしだしだ。
「すっげ~! ファンタジーだ!!」
その光は、例えるなら
人工物とは違う、自然界だけが創り出せる繊細な光。
『綺麗だな~』と、つい見とれて眺めていると、突然淡い光が一本の線に収束した。
そして光の線の先端が方向を変えると、オレの額を刺し──
「痛っ、くない……?」
直後、光は、ふっと消えてしまった。
一瞬熱く感じたような気がしたがそんなことはなかった。
終わったのか……?
光が刺さったはずの額を擦りながら巻物に目を落とすと、巻物はいつの間にか無くなっていた。
役目を終えて消失してしまったのだろうか。
オレはその場で立ち上がると、自分の身体に異変がないか飛んだり跳ねたりして調べてみる。
大丈夫、なんともなさそうだな。
さて……血を垂らしたはいいが、使い方はどうしたもんか……
再び座り込んだオレは、早速回復魔法のテストに取りかかってみることにした。
つっても魔法なんて使ったことないし……
どうすりゃいいんだろ。
とりあえず大きく深呼吸をする。
そしてまだ血が止まらない親指を睨み付けて
「──我こそは
拍子抜け。
インチキ詠唱を終える前に傷は塞がった。
ズキズキとした痛みも治まっている。
じゃあ、試しにもう一回……
革靴でひたすら走ったから、靴擦れが痛む。
今度はその傷を治してみようと、右足の傷を見ながら──
『痛いの痛いの飛んでいけぇ!』
心の中で念じると──
あ、治った。
次に左足の傷を見て──
『チチンプイプイノプイ!』
治った……。
…………。
いや、凄いとは思うんだけど……っていうか凄いんだけど……
詠唱も適当でいいとか、ちょっとロマンがない。
魔法じゃなくておばあちゃんのおまじないみたいだし。
傷口が見る見る綺麗になっていく様子もかなりキモいし……
まあでもこの魔法は本当にありがたい。
これがあれば医者いらずだ。
大嫌いな歯医者に行かなくて済むし、道中ケガや病気を恐れる必要もない。
初めての魔法に若干調子に乗ったオレは『痛いの痛いの飛んでいけ!』と、筋肉痛を治しまくった。
これ、他人にも使えるのかな……?
身体の痛みが全快すると素朴な疑問に、はて、と考え込む。
うん。
誰か困っている人がいたら使ってみよう。
ふと、ブレスに焼かれた人たちの姿が浮かび、
もう少し早く回復魔術を覚えていたら助けられたのか……?
と、罪悪感のようなものが過ぎったが、
流石にあれは無理か……
すぐに気持ちを切り替えた。
異世界に飛ばされて大抵ぶつかるのが『良心の呵責』の壁だろう。
小説で得た知識しかないが、平和な日本では考えられないほど命が軽いのが異世界だ。
恐らくここも──
弱い者ほど早く死ぬ。
だから自分の身は自分で守る。
その上で助けられると判断した時だけ助けよう。
オレの魔法がこの世界でどの程度のものなのか、まだわからない。
ひょっとしたら最弱魔法なのかもしれないが、この力が役に立つのなら手助けすることは惜しまない。
だが、自らトラブルに発展させることがないよう、なるべくヒッソリ行動しよう──と胸に刻んだ。
さて──。
オレは鑑定してからにしようとしていた二つの
こんな便利な魔法を習得できるのなら、喜んで血を垂らしたいところだ。
どうするか……
二つを地面に広げて見比べてみる。
こっちは……やっぱり読めないよな……
う~ん。
でもこっちは魔王が出てきそうなんだよな……
いくら回復魔法を手にしたとはいっても魔王はまずい。
魔王が降臨したら即死もあり得る。
よくて魂を縛られた奴隷とか?
こわっ!
実際、回復魔術っていってもどの程度の回復力があるのかもわからない。
いや、その前に即死攻撃なんか受けたら魔法を使う間もないのだ。
間違いなくアウトだろう。
それに、イザというときに『魔力切れ』とか、『実は使用回数制限があって──』とか……うわ、ありそう!
そんなことを考えながら魔法陣だけの巻物をのぞき込んでいた。
ん?
そのとき──鼻からつーっと生温かい鼻水が流れ落ちる感覚に気がつき、魔法陣を汚したらいけないと、スーツの袖で鼻水を拭おうとした。
ガサツなオレはハンカチなど持ち歩いてはいない。
だが──
あ……やば……
思ったよりも鼻水の量は多かったようだ。
袖をあてるよりも先に巻物に垂れてしまった。
「え……」
それを見たオレは絶句した。
なぜなら──
鼻水だったと思っていたのは大量の鼻血だったのだ。
とめどなく流れ出る真っ赤な鼻血が今も魔法陣に降り注いでいる。
「や、やばばばばっ!」
慌てて鼻を抑える。
だが時すでに遅し。
眼下にはなんの儀式か、血染めの巻物が出来上がっていた。
隣に並べてあった魔導書の巻物に血が飛んでいなかったことに安堵するも──
大量のオレの血が、
ま、魔王が来る!!
勝手に魔王召喚の巻物と思い込んでいるオレは、片手で鼻を抑えたまま、ずさささっと後退りした。
鼻を抑える手の隙間からはまだ血が漏れている。
調子に乗って回復魔法を使いすぎた反動だろうか。
涙目のオレは、魔王が出てきたらなんて言い訳しよう──と必死に考えていた。
辺りを静寂が支配する中、脈打つ魔法陣の鼓動だけが直接オレの鼓膜を震わせる。
すると──
「──ッぐっ!!」
凝視していた魔法陣が、さっきとは比較にならないほど眩しく光り始めた。
オレはさらに数十センチ後退する。
魔法陣は一分くらい光を放っていただろうか。
眩しさに目が慣れてきたころになってようやく閃光が収まり──
──ボンッ!
「え!?」
完全に光が消えると同時、巻物も一緒に消え失せてしまった。
「ええ!?」
魔王は?
え?
辺りは静寂のまま。
ときどきフクロウらしき鳥の鳴き声が森の奥から聞こえてくるだけだ。
え?
なにもないの?
…………。
前振りだけ凄くてなにもねーのかよ!
どうやらこの巻物はハズレだったようだ。
それとも使い方を間違えたか。
オレは残った最後の巻物に近寄ると、鼻血を垂らさないよう慎重に拾い上げた。
ん?
なんだこれ?
そのとき、消えた巻物があった場所にガラス玉のようなものが落ちていることに気がついた。
ビー玉……?
あれだけ派手な演出をしておきながら、ビー玉一個?
勿体付けやがって──イラっときたオレは、そのビー玉を森の奥に思いっきり放り投げてやろうかとも思ったが、ただ捨てるのは癪なので、町に着いたら『貴重なガラス玉だ』と言って売ってやろうとポケットにしまった。
はぁ、疲れた……
もう一つの巻物はちゃんと調べてから使おう……
しっかり鑑定してから使用しないと、せっかくの巻物がまた消えてしまうかもしれない。
よし。
進むか。
武器になりそうなものもなく、森に入る準備といえる準備もできなかったが、回復魔法が使えるようになったことは最高のプレゼントだ。
まあ、神様がなにもしてくれなかったから自力で得たプレゼントだけど。
森を出たらその後は……
それは歩きながら考えよう。
今はドラゴンがいるこの場所から少しでも早く離れることが先決だ。
オレは回復魔法だけを頼りに、薄暗さが増してきた森に足を踏み出すことにした。
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