第4話 魔導書
短剣かと思って握りしめていたのが
洞窟で敵に遭遇しなくて助かった──こんなの振りまわしても戦えないぞ。
「右よし、左よし、前よし、後よし、上……よし!」
オレはとりあえず、もう一度周囲の安全確認をする。
こういうときは十分に安全マージンを取った方がいい。
徐々に暗闇が広がってきているが、いまのところ脅威となりそうなものの気配はなかった。
しかしこの
宝の地図とかいうなよ……地理も全然わからないのに……
静かなだけの森に、実家近くにある森とどこか似た感じがして異世界に来た実感が薄れつつ、随分古ぼけた
と、その前にやることがあったな……
しかしここは紛れもなく異世界。
そして異世界といったらこれを試さなければ。
「ス、スキルオープン……」
照れてる場合じゃないんだけど……
だが特に変わったことはない。
視界には沈黙を保つ森が映るだけ。
ん? コマンドが違うとか?
「メニュー!」
「ウィンドウオープン!」
「……ログアウト!」
それ以外にもいろいろ試してみたが変化なし。
──ということは、スキルが表示される系の世界じゃないのか。
それなら──
「火の精霊よ! 我を導け!
「一之瀬知己の名に於いて我が魔力を糧とし、ここに魔法の行使を宣言する!
「開け! 叡智の扉──」
昔小説で書いていたそれっぽい詠唱をひと通り試してみるが、右手が疼くことはなかった。
は、
こんなの誰かに見られたらただの痛いヤツと思われるぞ!
しかし──
チートもない、魔法も使えないじゃあドラゴンのいる世界で生きていけないって!
魔法の使い方の正解なんて知りはしない。
ひょっとしたらオレは、選ばれしなんちゃらとか、千年に一人のかんちゃらといった設定で、実はこの世界を救う勇者なのかもしれない。
もしかしたら途轍もない力を秘めているのかもしれないが──今、現状困っているときにすぐに使えないのでは優しさに欠ける。
「なに考えてんだ! この世界の神は!」
裸同然で知らない世界に放り出されたことに天を仰いで、存在するかもわからない神に向かって呪詛を吐く。
くそっ
これからどうすりゃいいんだよ……
まずは一刻も早くドラゴンがいるこの場を離れたかったが、無暗に森の中に入るのは自殺行為だ。
それは実家の裏山で遭難しかけたときに学んだ。
とにかくできるかぎりの準備はしておこう──と、
ポケットの中は……
火事場泥棒で手にしたお宝を地面に広げる。
高価そうなものは、キラッと輝く金貨が数十枚。
うわ! 金貨なんて初めて見たよ……
本物かなぁ、これ……
こんなシーン、テレビで見たことあったな──と、前歯で『ガリッ』と噛んでみるが、真似事だけでなにがどうなのかわからない。
これは指輪か。
こんなの怖くて嵌められないよな……
ゴツい金の指輪があるが、鑑定もしていないのに嵌められるわけがない。
いきなり呪われたとか、どこかへ転移したとか笑えない。
ほかには銀の鎖と宝石のような石が数十個。
結構頑張ったな……
焦っていたわりには意外と泥棒してこられたことに内心ほくそ笑む。
でも、伝説の剣とかの方がよかったな……
これからの探索を前に切実な心の声だった。
宝の山の中には剣のようなものもあったような気がする。
だが、今あの場所に戻れと言われても絶対断る。
最後はこれか……
三本の
変なのが封印されてるとか?
床の間に飾るようなもんじゃなさそうだけど……
『どうか役に立つものでありますように!』と祈りを託し、巻物をひとつ手に取ると、結び紐を恐る恐る解いた。
ん? ん……ん! 日本語! おお! 読めるぞ!
なんと巻物は日本語で書かれていた。
いや、最初はよくわからない文字列だったのだが、目を凝らすうちに日本語に変化して、ちゃんと読めるようになったのだ。
なになに? 第一階梯……魔導書……? 魔導書ッ!!
大当たり!! 魔導書!! やった!! これでこそ異世界!!
第一階梯……なんだか凄そうだな……
そういやさっきの人たちは、確か第五階級とか言ってたような……
う~ん。
そう考えると、階梯と階級の違いはわからないが、数字が低いからショボそうに感じる。
だが、剣が欲しかったと愚痴りながらも、竹刀しか振ったことがないオレにはこれ以上ない幸運だった。
剣で人や獣を斬りつけるなんて……考えてもみれば現代っ子のオレにできるわけがない。
やってみたいこととできることは異なるのだ。
巻物の続きに目を通すと──『回復古代魔法』『最下部にある魔法陣に血を捧げる』などと書いてある。
最後にこの魔導書の作成者のものだろうか、サインがされているのだが、古ぼけていて読むことはできなかった。
なるほど。
これを使うと回復魔法が使えるようになるのか。
有難いけど、これじゃ戦えないよな……
贅沢を言わせてもらえば、正直、火属性魔法を『ドッカーン』と使ってみたかったという思いもなくはない。
全男のロマン、異世界を生き抜く必須ツールのようなものだ。
でもこれって、後遺症とか反動がどんなものかわからないよな……
っていうか、そもそもオレに魔力なんてあるのかな……
魔法といえば、大抵は魔力を代償に現象を起こすのがデフォルトだ。
魔導書を使ったところで『あなたはこの魔法を使えません』では意味がない。
そんな常識的な考えしてるようじゃ、この先やっていけないか……
そう、ここは異世界。
日本にいたころの温い考えは捨てなければならない。
些細な行動ひとつで生きるか死ぬかが大きく変わってくるのだ。
よし。
ほかの巻物を調べた後で使ってみよう。
覚悟を決めたオレは、残る
二本とも同じように紐を解き、スルスルっと広げる。
お、これも読める。なんと親切な……
おお! これも魔導書だ! ラッキー!
ひとつは魔導書だった。
ん~。
ちょっと読めないな……
第一階梯魔導書、まではどうにか読めるが、それより下は文字がかすれてしまっていて読み取ることができない。
これは後回しにしよう。
んで、こっちは……
ん?
なんだこれ?
最後のひとつは説明書きなど一切なく、中央に大きな魔法陣が一つ刻まれているだけだった。
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