第3話 逃げるが勝ち
「──なんて夢だったんだ……」
リアルな夢から目が覚めたオレは、寝ぼけ眼を擦りながら大きく息を吐いた。
全身が鉛のように重く、フルマラソンを終えた後のようにけだるい。
「ホント怖い夢だったな……」
身体は汗ばみ、愚痴る声も掠れている。
とにかく水でも飲んで気分を入れ替えよう、と上半身を起こした。
そんなオレの目の前に──
「──うぉ!」
ドラゴンの顔。
「──んぐっ」
そいつとバッチリ目が合ってしまい、慌てて口を両手で塞いだ。
あばばっ! ゆ、夢じゃない!
そ、そうだ! オレはあのまま気を失って──って、んん?
い、生きてる!? え!? 食べられたわけじゃないのか!?
自分の身体をぺたぺた触って怪我がないことを確認したオレが首を傾げると、目の前のドラゴンも首を傾げる。
よ、よく見たら小さいな……コイツ、子供なのか?
いや、大人なんて見たことないけど……
もう一度、今度は反対側にゆっくり首を倒すと、ちびドラゴンも同じ動作をする。
あれ?
なんだか可愛いぞ!
もしかして良い奴なのか?
オレは餌じゃないのか?
すぐに食われるわけじゃなさそうだ──とちょっとだけ心に余裕ができたオレは、ここまでの出来事を自分なりに分析しようと試みた。
まず今いる場所は異世界決定だ。
これについてはどうにかここから脱出後、現実世界へ戻る方法を探そう。
次にルミの部屋から異世界に来たということは、ルミもこの世界にいるかもしれない。
それについてもどうにかここから脱出後、ルミを探してみよう。
そして異世界補正だ。
ここはファンタジーの世界。
もしかしたらオレに特別な力が授けられているかもかもしれない。
よし。どうにかここから脱出後、自分に能力があるか確かめよう。
最後に生活するための金か……
まあそれもどうにかここから脱出後、人と接触して情報収集しよう。
テンプレ通りであれば冒険者ギルドだが……その前に言葉が通じるのか?
いや、そもそも人間がいるのか?
まあ、その辺は探索するしか……
結果──
とにかくここから脱出しなければ事は始まらない、という結論に至った。
初っ端から最強種(オレの中で)と遭遇したんだ。
ここから脱出することができれば、大抵のことは乗り越えられるはずだ。
しかし……目の前のコイツはどうすりゃいいんだよ……
メッチャ見てるぞ……
考えが纏まり更に余裕ができたオレは、今いる場所を確認しようとドラゴンからそーっと目を逸らした。
いつ餌認定されるかわからない。
慎重に、慎重に目玉だけを動かして周囲を見回してみた。
四方を岩に囲まれた巨大な部屋、というか穴倉というか、洞窟のような場所。
出口は……あった。
ドラゴンの後方、三百メートル位の場所に暗い穴。
恐らくあれが唯一の出入り口だろう。
ん? でも明るいぞ?
ドラゴンを刺激しないようにゆーっくりと首を上げる。
た、高っ!
コイツ、あそこから入ってきたのか!?
いくらなんでもあそこは……無理だろ……
遥か上方に明かりの差しこむ穴がある。
だが、とてもじゃないが、スーツに革靴スタイルでよじ登れるレベルではない。
いや、仮にしっかりした装備でも無理だろう。
とすると、あそこしかないか、ん?
なんだ、あれ……?
ドラゴンの後ろの出口にもう一度目をやったとき、きらりと光る山が目に入った。
──あ!
オレは思い出した。ドラゴンの習性を。
昔からドラゴンは光る宝を集めたがる──
ん? あれはグリフォンだったか?
でも魔力の高いものを好んで集める設定とかあったよな……
ということは──
「──おたからっ!! んぐっ!!」
高まる興奮に今の状況を忘れて声を上げてしまい、また慌てて口を塞いぐ。
クリっとした円らな瞳のドラゴンと目が合い、引き攣る笑顔で「ナニモイッテイマセン」と誤魔化す。
あ、危ない危ない……
しかしあのお宝……
あれのうちの少しでも手に入れることができれば、この後の旅に余裕ができるかもしれない。
ん?
ということはよくあるパターンとして、オレの魔力が高いから、オレのことを"宝物"だと思って持って帰ってきた……とか?
考えられなくもないな──とも思ったが『オレはどこぞのお姫様か』──とすぐに否定した。
でも、もしそうだったら、コイツと友達になれるのかな。
なんか可愛らしいし、メス……かな?
ドラゴンの雄雌なんて見分け方知らねーよ、と、ひとり突っ込んでいると、
「作戦通りいくぞ! 気を抜くな!」
「承知! 後衛! 五階級詠唱! 前衛の補助を頼む!」
入口の方から威勢のいい声が聞こえてきた。
何と!
人間だ!
しかも言葉が分かるぞ!!
やった!!
「──ッ……!!」
オレが大声を出して助けを求めようとしたとき、入口の気配に気がついたドラゴンが振り返り、
『──グォーーッ』
咆哮を上げた瞬間、大きく開けた口から『ゴォ』と灼熱の焔を吐いた。
こちらに向かって走っていた十数の人影は、避ける間も声を上げる間もなくブレスに呑まれる。
洞窟内の気温が一気に上がる。
隅々まで見渡せるほど明るくなった光景を見て、オレはなぜかキャンプファイヤーを思い浮かべた。
突然始まった作りものような映像に、オレは堪らず喉の奥から悲鳴を上げ、熱風を避けようと後退りする。
さっきの人たちも、あのブレスを浴びては一溜りもないだろう。
ど、どこが可愛いんだよッ!
やっぱコイツ、凶悪ドラゴンじゃねーかッ!!
その後、ドラゴンは、バサリ、と両翼を羽ばたかせ、地響きのような咆哮を上げると上空に向かい、そのまま洞窟の外へと飛び去って行った。
「やばいやばいやばい! なんだあれ! どこ行ったんだ!」
嫌な臭いと熱波が充満した洞窟の中で、オレはなにもできずに狼狽していた。
すると──外からドラゴンの雄叫びが聞こえてきた。
次いで、ブレスを吐いたような轟音が洞窟内の岩肌に反響する。
外にも仲間がいたのだろうか──
オレは強制的に再起動させられ『ここにいたら死ぬ!』と本能が鳴らす警鐘に従い出口へと突き進む。
その際、光る山から『ガサッ』と手に持てるだけの宝を奪ったことは、本当に褒めてあげたい。
やはりさっき人たちは見るも無残な状態だった。
しかしどうすることもできない。
オレはここから逃げなければならないのだ。
まだ死ぬわけにはいかない。
うっ、誰だか知らないけど、成仏してくれ!
酷い有様に気を確かに持ち、心の中で冥福を祈ることしかできなかった。
その後、どこをどう走ったかは記憶がない。
憶えているのは、あのドラゴンのブレスと炭化したいくつもの遺体──。
ただただ必死に、遊園地のアトラクションのような入り組んだ迷路を走り続けた。
ほとんど視界の利かない中をどれくらい走っただろう。
もう最後は歩いていたかもしれない。
そして──ついに暗がりの向こうに出口らしき穴が見えてきた。
「で、出られたっ!!」
上、右、左、前、後ろ。
すぐに周囲を見渡して安全確認をしたが、特に危険はなさそうだ。
ドラゴンの姿はどこにも見えない。
夕方の薄明かりの奥に、深い森が広がっている。
「ぷは~っ! 死ぬかと思った!」
へたり込んだオレは、まず命があることに感謝して、次に手にしたお宝に目を向けた。
これだけ恐怖を味わったんだ!
役に立たないものだったら報われないぞ!
金貨らしきものはポケットに詰め込んである。
汗が滲む手に持つ物は──
なんだこれ……巻物?
無我夢中で掴んだお宝は、よく分からない三本の
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