08:初めての自律活動
村を後にした私はそのまま『命令者』に従い、外の様子を捜索していた。でも命令者は一向に命令をしない。ただ自分に対して何かを呟いているだけだ。
「敵が近くにいないか、注意して進みますか」
敵……ここでいう敵は命令者スーリにとっての敵……つまり「マヤ様」だ。
私を「今の私」にした存在……本来、私の「主」であるはずの存在……でもスーリにとっては憎き敵。だから彼女に従う私にとっても……憎き敵――
「敵」がいないかどうか、スーリは眉間にしわを寄せながら私の手を引っ張っている。私は命令が来るまでついて行くだけ。
「…………」
でも、まだ胸に違和感がある。何かを伝えたがっているかのように強く脈が打たれていて、その度に私は胸をその手で押さえる。
今は……冷たくて、痛い。そして身体が僅かに震えている。この身体の異変は私自身でどうにかなるものではないと自覚しているから、どうしようもなかった。
私は先ほどの出来事を思い返し、推測する――この身体の異変は多分、感情の欠片だ。そうなると「マヤの兵士」である私の中にあるはずのない感情が芽生えていることになる。
(スーリ……貴方なら、これをどのような言葉で表すの?)
私は声にならない問いを投げかける。今の私には「訊く」という手段が存在しない。スーリから言われない限り、反応できない……私に出来るのは、予想・推測だけ。
冷たくて、痛くて、身体が震えている。多分……あの時の……敵として対峙していた時のスーリも身体が震えていたような気が……そして今までの会話の内容から、私のような「マヤの兵士」との戦いを望んでいないようだった。
多分予想でしかないけど、もしスーリならこの胸の痛みを……「苦しい」と表現するだろう。でも、何に?私は何に苦しんでるの?苦しいだけじゃない気がするけど、これを何と呼べばいいの?どう表現すればいいの?
( ……分からない。スーリに訊けないのがもどかしい! でも今の私にはその権利がないんだ。だから訊きたくても、訊いてはいけない……)
私の意識は永遠に繰り返される答えの出ない自問自答の渦の中に呑みこまれていた。底なし沼のように沈んでいく意識……抵抗できず、息が出来ず、ただ沈んでいくだけ…………そう思っていた。
「見つけたぞ、マヤ様に刃向かった失敗作ども! 今度こそ貴様らを排除する!」
誰かの怒号と共に私の意識が現実に引き戻された。私は足を止め、繋がれた手を通してスーリの「震え」が伝わるのが分かった。
目の前にいるのは……見覚えのある男。でもその顔は……見たことがない男。同じ境遇で、違う人物であることが認識できた。
「まさか、別のマヤの狂信者!?こんなところで遭遇するとは思いませんでした……!」
スーリの声がした。つまり……私たちの敵――その男は黒いローブを身に纏っており、手からはオーラのようなモノが感じられた。それだけで魔法の使い手であることが見て判る。
相手は「マヤの兵士」を有していない。裏を返せば一人でも十分な戦力を持つということになる。でも油断しなければ問題ない。
「2人」で息を合わせればきっと……
私は拳銃を取り出し命令を待つ。命令者の指示さえあれば、私は戦えるから。そんなことだけを考えていた――でも、それ以外は考えられなかった。
「全てはマヤ様のために! 失せろ!!」
「そっちがその気なら!!」
スーリが「敵」を迎え撃った……
「……え?」
私は瞬時に置いていかれた。「待って」という一言すら言えなかった。
スーリは私に対して命令せず、ただ一人敵に立ち向かっている――それを見ると、胸の痛みが激しくなる。私の中で……私と同じ声が強い口調で叫ぶ――
(何で……何でよ……スーリ! 早く命令して! 私に指示をして!! 命令してくれればすぐに援護するし、2人で戦えば簡単に倒せる相手なのに! なのにどうして……――)
私は声にならない声で、そんなことを呟く。いつでも戦えるように拳銃を手に持ちながらも、足が石になったように動けなくなっていた。無理に動こうとすると、頭の中で声がする…………
――指示があるまで動くな……
――命令者に逆らう気か……
あの声が、今の「敵」の声が邪魔をする!
(違う、違う!! 逆らいたいわけじゃない……! ただ……)
頭の中の声に抵抗するたびに、目の中に何かが溜まる感覚がする。何もできない……戦えない私は一体……
そんな私の目の前で、男は掌の上に火球を浮かべる。
「ふん、あの兵士はただ見ているだけではないか」
自分に火球が放たれるが、銃声音と共に目の前で霧散した。そう、その横で……スーリがいたんだ。
実際ここまで来て……私に何一つ傷がついていない。動けない私が無傷なのはスーリが攻撃を守っているからだ。その事実を知って、鼓動が強く響いた気がした。
一方でスーリは疲れ切っているのが顔を見ただけで分かった。そんなスーリを見て、男は不敵な笑みを浮かべながら問いかけた。
「どうした、そいつに命令しないのか?」
……私が先ほどから抱いていた問いだ――素直に命令すれば、このような不利な状況にならないのに。私は外から眺めながら、そんなことを考えていた。
でもスーリには関係ないらしく、男の問いに思わず反論した。
「するわけがないでしょう!?わたしは彼女の意思にそぐわないことなど絶対にしません!」
彼女の意思……私の意思?つまり「私が望まない」から命令しなかったの?
私が口を開こうとしたその時、男が大声で高笑いをする。その声は胸の中をぐちゃぐちゃになるほど不快な状態にする。横にいるスーリも眉間のしわを寄せて歯を噛みしめる。
「何を馬鹿なことを言っている? 『マヤの兵士』に己の意思など必要ない! マヤ様の指示に従えれば本望なのだ!」
「――そんなの、わたしたちの望みじゃない!!!」
一発、発砲された――スーリの目から涙が溢れ、強い眼差しで男を睨みつけている。その手には握りつぶすかのように拳銃を握っている。
「正直、辛いんですよ!! こんな惨いことを強いるのも、強いられるのも! 今までだって、何度も対峙して倒しても、この銃声も断末魔も……一度たりとも忘れてません! いや……忘れたいのに、忘れられないんです!!」
「……だからどうした?」
「その一言で済ませられると思っているんですか!? あなたは何も感じないんですか!? 人が苦しんでも、泣いてても、何とも思わないんですか!?」
「…………」
「それが平気だと言ってのけるのは……あの女と、人を人だと思わない外道くらいですよ!!」
そんなことを叫びながら、私への攻撃を防ぎきるスーリ。スーリは、そんなことを思っていたのか……
男の表情からもだんだんと苛立ちを隠せなくなり、ついに掌の上に閃光のようなモノがパチパチと光った――
「しぶといな……ならば奥の手だ!」
その声と同時に力が放たれた。そのターゲットは……
「なっ!?」
攻撃を直に受けたスーリは崩れるように倒れた。いてもたってもいられず、私は心の中でその名を叫んだ――スーリ!!
スーリは地面に伏せながらも、何かに抵抗しているように見えた。その顔が目に入り、胸の痛みが激しくなった――
「く……こ、これ、は……」
「『ジャミング』……東の地域では有名な妨害魔法だ。意識を乱されてしまえば、思うように動けまい。敵の拘束には打ってつけだ」
「なんです、って……!? ぅ……油断、しました……」
「これで貴様はお仕舞だ。使い物にならない貴様に変わり、私がこいつの命令者になってやろう」
……え? 一瞬、私の身体が震えた気がした。
男が少しずつ一歩を踏み出し、私の元へと近づいてくる。もし、命令者が切り替わったら……スーリは私の敵になる。
私は……彼に支配される……。支配されたら……私はスーリを……――そんな危機を感じたのか、スーリは私の方を向く。薄れゆく意識を保つのに精一杯の中、掠れた声で私に「命じた」……
「――シャルル……逃げて、くださ……!」
最後まで言い切る前に、スーリは気を失ってしまった。彼の手が額に伸ばされようとした時、私の唇が動いた――
「……嫌だ」
男は手を止めた。それもそうだ、ここにきて初めて私の声を聞いたのだから。男が不審そうに見つめる中、私は胸を押さえつけた。
ドクンッ
鼓動が跳ねる。何かが胸に入り込んでいくような感覚を感じる。私の中で流れる何かが、拳銃を持ったままぶら下げていたもう片方の手を動かし始める。
私は目の前の「敵」に、標準を向けた――
「……絶対に、嫌だ」
私の耳に入ってきたのは、発砲音と……
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!?」
男の絶叫だけだ――私はそんな男を真っ直ぐ見つめていた。スーリがそうしたみたいに、強い眼差しで目の前の男を睨みつけた。自分の瞳の中に何かが宿っているのを感じる。今までの……空っぽだった目とは、大違いだった。
「スーリ……何で逃げなければいけないの……目の前で貴方が危機的状況にあるのに……そんなの、できるわけがない」
私の口から文句の言葉が溢れだす。多分……私自身が考えていることがそのまま出てきているんだろう。一方で拳銃を握っている手は銃口を敵に向けた――
「何で……何で動けるんだ!? 貴様は『マヤの兵士』なのだろう!?」
男の声は震えているみたいだ。それでも……銃口を降ろすような行為をするつもりなどない。
「……私にも知りません。ですが私の命令者なら、スーリなら……このことを一番に望んでいるでしょうから」
「ふ……ふざけるのも大概にしろ! こいつの命令はこちらにも聞こえてきたぞ! 『逃げろ』とな!さては貴様……命令に逆らうとでもいうのか!?」
どうも男は私が命令通りに逃げなかったことに驚きを隠せない様子だった。
確かにスーリは「逃げろ」と言った。でも私は背いた……逃げるという行為は
兵士にとってあるまじきことだからじゃない。
私が、スーリの命令を無視したのは……あれが命令じゃないのだと気付いたから。気付いてたから、スーリが……本当に望んでいることが。
「スーリは……私に対して抱いていた願いがあります……それは私が、私自身の意思に従うことです」
男がどう思っていようが構わない。胸の中で響く、私自身の声に従うだけだ。
「私は……スーリを助けたい!」
発砲音と共に、男の額に穴が開いた。
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