09:結ばれた約束
「う……うう……」
どうやらわたしは、気を失っていたようだ。確かあの女の狂信者から『ジャミング』を受けて……後遺症なのか、頭がズキズキと痛む……
あの後、どうなったのだろう?シャルルは……無事……?辺りをキョロキョロしていると、わたしの名前を呼ぶ声がした。
「……スーリ」
その方向へ向くと、わたしが無事を願った彼女が正座をしながら見つめている。その虚ろな目の中に、光のようなモノを感じた。不審に思いながらもわたしは話しかけた。
「あ、シャル……」
パチンッ!!
…………え?突然の展開に、頭が真っ白になった。シャルルは待ってましたと言わんばかりに顔色を変えないままわたしの頬を引っ叩いたのだ。
何があったのかが分からずキョトンとするわたしに対し、シャルルは口を開く。
「……何で命令してくれなかったの」
「…………へ?」
「一歩間違えれば、スーリは死んでたのかもしれないんだよ」
「だって……」
わたしは気まずそうに俯いた――でも……わたしはどうしても納得ができない。あの手段を取るしかなかったのだから。
「だって……巻き込みたくないじゃないですか。あなたを守りたかったから……」
わたしに出来る最大限の弁解だった。しかしシャルルもまた、納得していない様子だ。むしろ彼女の瞳から呆れの感情を感じた……あ、どうやらわたしは怒らせてしまったのかもしれない――
「じゃあ、スーリが意識を失ってから何があったのか説明する」
あの男はわたしの意識を封じた後、シャルルを自分の支配下にいれようと目論んでいたらしい。もちろん命令者が切り替わったら、わたしの命はお終いだ。だからわたしはとっさに命じたのだ――逃げろ、って。あの場からいなくなれば、少なくとも殺されずに済んだから……
ところがシャルルはそれを聞き入れず、自らの意思で男を倒したそうだ。
「……以上。こうなるくらいなら命令を待たなくても最初から敵を殺すべきだった」
「…………」
彼女は何を考えているんだと文句を言うためにずっと待っていたらしい。わたしとしてもこんなところで「道具」たる少女に説教されるとは思わなかったけど。
「スーリ、貴方には自覚が無さすぎる。『命令者』が未熟だと『マヤの兵士』は本来の力を発揮できないんだよ」
「…………」
「そうやって自分を犠牲にする以外で守る方法がなかったって言いたいの? 私がいたのに……私を使う方法が貴方にはなかったの?」
シャルルは真顔で少しずつ詰め寄る中、わたしは正座しながら説教を聞いていた。改めて無表情なのが怖い……そんなわたしを露知らず、シャルルは言い放った――
「貴方は……自分の道具ですら信用できない人だったの?」
「使うって……そんな道具みたいな言い方しないで下さい!」
わたしも黙って聞いてはいられなくなっていた。気が付けばシャルルの身体を降ろしその肩を掴んでいた――
「そんなの出来るわけがないでしょう!? 人を道具みたいに使うなんて……そんなこと……!」
我ながら、情けないと思った。子供のような逆ギレをしてしまった。シャルルに対して……こんなことを……
しかし当の本人は冷静で、わたしの手首を掴んで離した。わたしの中の、何かに気づいたようだ――
「スーリ……手、震えてる」
「あ…………」
シャルルに掴まれた左手がブルブルと震えていた。確かに言われてみれば、今も身体の震えが止まらない……そのことに気づいたわたしは思わず手を離し、気まずくなった。
「……ごめんなさい、本当は『怖かった』んです。あなたがまた『マヤの兵士』に
戻ってしまうのが怖くて……
シャルルに聞こえないように囁いた。この言葉が伝わるのが、怖くて……だけど一方のシャルルは胸に手を当て、何かを感じ取ったような仕草を見せた。
「こわい……」
良く見たら、彼女の手も少し震えていた。それでもシャルルは顔を上げてわたしに話しかける。
「恐怖という感情に襲われながらも、私を守るために戦うという姿勢は立派で、素晴らしいことだと思うよ。でも貴方には私がいるし、もっと被害を最小限に抑えられるよう戦略を立ててもらわないと……」
分かってますよ……わたしは嫌な顔をしていると、シャルルの様子が先ほどと違うことに気づいた。シャルルは力なく俯き、右手で胸を強く押さえながら弱々しく呟く。
「私だって……怖かったんだよ」
…………え?
初めて、シャルルが自分の気持ちを口にした。そんな急にどうしたんですか? 嬉しい反面、戸惑いを感じて首をかしげた。
「え、シャルル、怒ってなかったんですか?」
「おこる……?」
……ああ、そうだった。まだ「怒り」の感情が何なのか分かってないんだ。
わたしが「何でもないです」と首を振ると、シャルルは己の胸に芽生えたであろう何かを少しずつ明かそうと、その言葉を紡いでいった。
「薄暗い道を歩いていた間も、スーリの戦いを見ていた間も、身体の震えが止まらなかった……不快な『何か』がずっと胸の中にあった。貴方が動けなくなったときは特に……『これ』の勢いが強くなっていた」
「そうなんですか……
「彼に支配されるんじゃないか、またスーリを殺さなきゃいけなくなるんじゃないか って……ずっとそんなことが頭の中を駆け巡っていた。この不快な何かの正体を、スーリは教えてくれた……これは「恐怖」なんだ、って――」
シャルルからそんなことを聞かされ、わたしは逆に冷や汗をかきつつ、申し訳ないことをしたなと反省の色を見せる。
「ごめんなさい……」
それしか言えず、ただ俯くしかなかった。だって……わたしの自分勝手な考えのせいで彼女にこんな思いをさせたのだから……
「いいよ、スーリ」
あなたはそう言いながら、俯くわたしに「顔を上げて」と言わんばかりに顎を掴んで顔を上げさせた。見上げた彼女の顔は、どこか温かかった――
「これは指示を待ってただけだった私にも非があることだから。それに今ので目が覚めた気がする」
「……シャルル?」
「色々話したいけど……スーリが回復してからにしようか」
「え、わたしは……あ、だっ!?」
わたしは体勢が崩れて転びそうになったけど、シャルルが身体を支えてくれたおかげで転ばずには済んだ。
「だってスーリ、身体が動かないでしょ?」
あ……まだ『ジャミング』が抜けきってないみたいだ……意識ははっきりと戻ってるが、身体が痺れているような感覚を感じた。休憩できるよう楽な姿勢に直され、申し訳なく話した。
「ごめんなさい……また迷惑をかけてしまいますね……」
「……いいよ、スーリの役に立てるなら本望だよ」
しばらくの間わたしは身体を蝕む魔法が抜けきるまで安静することとなった。木に寄り掛かって座っているわたしの隣にはシャルルが健気に見守っている。
森の中であるため人の気配すらないが、時々当たる風は涼しくて気持ちよかった。でもシャルルに言ったところで何も伝わらない。彼女には感情がないから……それを思い知らされ嫌になる。
こんな彼女を、自分は平然としてこき使っている――
「最低ですね、わたしは……」
わたしがそう呟くと、隣にいたシャルルは首を振る。うぅ、どこまでお人好しなんですか……。
「そんなことないよ、スーリ。私は……もし今の命令者がスーリみたいに私を同じ人間として接してくれる人だったら、考え方が違っていたと思う」
その言葉に、わたしはハッとした。他人事のように感じなかったからだ。わたしは思わず見上げ、シャルルの顔を見つめる。
「話を聞いてくれたり気に掛けてくれるなら何も不満はないし、そういう人と一緒にいられるのなら、たとえ自由が無くても構わない。私の意思は戻ってきて、こうして話せるようになったけど、それでも貴方の道具でいいと思ってる」
嬉しいけど、どこか突き刺さる言葉……胸がチクチクと痛む……彼女の言葉に、嘘などないのに――
「貴方のためならどんな願いも聞き入れるから、どんなことでも使っていいから、命を投げ出す覚悟も出来ているから、だから……」
「…………」
「スーリ、私を頼ってほしい。貴方の願いは私の願いでもあるんだから。私ならきっと、貴方の望む理想を叶えられるよ」
…………
……ごめん、シャルル。その願いを素直に受け止められない!自分の中で何かが叫んだ――
「……やっぱり嫌だ!」
わたしはシャルルにしがみついて顔をうずめる。「どうして?」という声が聞こえる。そんなの……決まってるじゃないか!
「あなたとはフェアでいたい! 対等でいたい! わたしにはそれ以外……望むものがないよ……!」
……ダメだ。何かが流れてきそうだ。そのまま流れて、彼女の服を濡らしそうだ。こらえようとしても、抑えられない……
すると自分の頭が優しく撫でられるのを感じた。
「貴方が私に命令しなかった理由が分かった気がする」
シャルルの独り言が聞こえた……その瞬間涙が自然と中へ引っ込んでいき、自分の背中に手の感触を感じた。わたしはどうやら……抱きしめられているみたいだ――
「スーリの身体……さっきまで冷たかったのに、こうすると少しずつ温かくなるんだね」
「…………へ?」
な、何の話ですか!?わたしは思わず見上げる――
「……うん、戻った。あの時感じたのと同じ、まるで太陽みたいな温もりに……」
「え、わたし……そんなに熱いんですか?」
「違う、そうじゃなくて……冷たさも、痛みも、震えも……何もかも包み込むような温かさだった。でもそれらも完全に無くなったわけじゃなくて、ぶつかり合わず、共存しているような……」
気持ちを言うにしてはかなり独特な表現をしている。それでも伝えようとしている意思がシャルル自身から感じられた。
「これが……スーリの心なんだね」
…………え?
彼女はわたしの気持ちを感じている? こうやって抱きしめられて、どこか安心しているのが分かる?
……シャルルは何も言わない。伝わっているのか、それともあえて何も言わないであげているのだろうか――
「スーリ、私は引き続き貴方に従う。でもその代わり……お願いをしてもいい?」
「え、ええ……全然構いませんよ」
まぁ……道具として一方的に使うよりはいいかもしれない……――わたしはそう思って対応すると、シャルルはその手をわたしの身体から離し、胸に当ててゆっくりと深呼吸をする。
彼女の中で、何かが動いているのだろうか……?わたしは楽な姿勢になってその言葉を待った――
「貴方の心を……感情を学ばせて」
…………はい!?
「スーリは……私が人形みたいに振舞うから、記憶や感情がないから、嫌がっているんだよね。私は……スーリが嫌がることを極力してはいけないと思っている。だから記憶と感情を取り戻すべきなんだ」
わたしは顔を上げて彼女の顔色を窺った――わたしを抱きしめている彼女の瞳には、強い何かが宿っているようにわたしは感じた。
「私が意思を取り戻せたのは、貴方の心の温もりに触れたからだと思う。だからもっと触れていけば私が求めているモノがこの中に戻ってくるかもしれない……そう思ったんだ」
わたしはシャルルの瞳に宿ったそれが希望なんだということに気づいた。間違いなく彼女はわたしのことを信じている。だけど…………
「本当にわたしでいいんですか……?」
わたしは完璧な人間じゃない。それどころか感情に駆られやすくて……あなたに迷惑をかけるかもしれない。憎しみや怒りに駆られて前が見えなくなるかもしれない。それでも…………
「平気だよ」
シャルルの声が聞こえた途端に彼女の腕が緩められ、わたしの周りに隙間が出来たのに気づいた。
「もし貴方が間違ってしまいそうなら止める。どんな手段を使ってでも目を覚まさせる。だからスーリは、そのままでいて。ありのままの貴方を私は学びたいんだ」
シャルルは小指を立てて腕を伸ばした。
ありのままの、わたし。何もないわたしから学べることがあるのだろうか?いや、シャルルはあると思っているのだろう。だからこうしてわたしを信じて、自分自身を信じて見つめているのだ。
ならばわたしに出来るのはその想いに応えること……彼女の覚悟を見た今、それを無視するなんて考えられない。
「約束……ですよ」
わたしも腕を伸ばし、その手に近づけ、そして小指同士をゆっくりと絡めた――
「ありがとう、スーリ。これからよろしくね」
シャルルの声に、わたしはゆっくりと頷いた――
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