2話『別れ』
「まず最初に、魔力消費を抑えるために、火の玉を出してもらう」
「私、火の玉出せないよ〜?」
「その杖を使えばいい」
するとゴンちゃんは、私の背中にかかっていた
「ほれっ」
ボンッと小さな音を立て、杖のオーブの部分から、野球ボールほどの火の玉が、目の前の草むらを軽く焼き払った。
「この火属性入門魔法を使って、魔力コントロールを極めるぞ、メル」
「あ、その……」
「火の玉の大きさを、自由に操ることができたら、合格だ。分かったか?」
「あ、うん〜……」
入門魔法とか、そういう概念を決めたのは魔法学校なので、ドラゴン種族が知る由もない。
ますます疑問が増える中、二度目の質問はゴンちゃんの指導に対する熱意によってかき消されてしまった。
「杖を握って、目を瞑る」
私は、その熱意にあっさりと負けて、ゴンちゃんの言う通りにした。
「そしたら、頭の中で俺のことをイメージするんだ」
「え、ゴンちゃんを?」
「騙されたと思って、やってみなさい」
良くわからないけど、とりあえずゴンちゃんの姿を思い浮かべた。
フサフサ……かわいい……ミニドラゴン……かわいい……黄色い……かわいい……
「あ、熱い! ……って、なにこれ?!」
顔表面の急激な温度の変化に危険を察知した本能で、反射的に目を開けてしまった。
杖のオーブの前には、バランスボールほどの大きさの火の玉。
「……合格だな」
「っそ、そうじゃなくって!」
ゴンちゃんは、ニッコリと笑って頷いている。
「だからこの火の玉、どうすれば良いの!」
「あ、あぁ、すまん。俺のことを考えなければ良いだけさ」
ゴンちゃんを、イメージから外すってことね。
何か、別のことでも考えれば、ゴンちゃんを意識の外に出せるかも。
今日の空は、本当に青いなぁ……ポカポカする……
ゴォォォォとまぶたの奥で音がしたので、とっさに目を開ける。
「あぁ、どうしよう……!」
巨大な火の玉は、次々と森の木を巻き込んで、大きな火を上げていく。
「意識を、火の玉から逸らして! メル、早く!」
ゴンちゃんは、事の重大さをやっと理解したのか、焦り顔でそう訴えてくる。
火の玉から意識を逸らす……はぁ、お腹空いたなぁ……そろそろご飯の時間……
シュゥゥ……と遠くで音を立てたのが分かる。目を開けると、案の定火の玉や、木に燃え移っていた火は消滅していた。
「……合格だな」
「だーかーらー、そうじゃなくって!! ゴンちゃん!!」
「これで、火の玉の出し方、放ち方、消し方はマスターしたはずだ。次の修行をするぞ、メル」
「呆れた〜……」
ムスッとした私の態度を気にすることもなく、ゴンちゃんは次の修行の準備を始めてしまった。
ー ! ― ! ― ! ―
「次で最後になるぞ、メル」
火の玉を出せるようになった私は、ゴンちゃんの熱心なご指導により、少ない魔力でもコツをつかむことで消費を最小限に抑えられるようになるまでに成長した。
そして、最後にはとっておきの魔法を教える、と言うゴンちゃん。
「最初に聞くが……メルは、着せ替えの魔法は得意なんだよな?」
「そ、そうだよ〜。得意っていうか、それくらいしか出来なかったっていうか……」
その魔法だけは最高級に磨かれており、誰よりも魔女服はかわいい自身がある。
「それを、俺の火属性魔法と合わせた魔法を、教える」
「つまるところ?」
「メルは、
魔法使いが変化するなんて、ますます分からなくなってきたのだが、それも今更始まったことじゃないので、素直に聞き進める。
「俺とメルが、魔法によって一つになる。いや、メルがドラゴンになる、といった方が分かりやすいな」
「そんなことができるの?」
「できるさ。ただ、
変化後に理性を保っていられること、口から炎を出すこと。それらは、火の玉の出し方、魔力の省電力化に費やした数時間と、密接に繋がってくるのだ、とゴンちゃんは言う。
「今日は
「何のために?」
「魔法学校へ、行くために」
少しばかりキリッとした顔で言われたのが、またさらにこのミニドラゴンのかわいさが引き立ってしまう。ねぇ、わざとだよね? 絶対そうだよね? あざといなぁ、ゴンちゃんは。
「よぉぉし、やってやろうじゃない!」
ゴンちゃんのペット的なかわいさに免じて、明日は行ってあげよう。
それに、こんなきっかけでもなければ、私は一生このままでいてしまう気がするから。
「そのいきだ、メル! オォォ!」
「ありがと、ゴンちゃん」
「よーし、これから最後の修行を……って、なんか言ったか、メル?」
「ううん。何でもないよ〜。さ、最後の修行、どんとこい!」
「任せろ!!」
私が乗り気になればなるほど、ゴンちゃんの目は神々しく光り輝いていく。
最初は私が救ったのかも知れないけど、今は私が救われている。
優しいな、ゴンちゃんは。
こんなダメ魔女に、ここまで尽くしてくれるなんて。
ありがとう、ゴンちゃん。おかげで、今の私は、あの時より少し輝けている気がするよ────。
ー ! ― ! ― ! ―
「いーやーだーよ〜、ゴンちゃん!」
「一度決めたことを、そう簡単に変えるんじゃねぇ。そんなんじゃ、高等なドラゴンの名が廃るぞ」
「この際だからいうけどさ〜、カッコつけてる時のゴンちゃん、超かわいいから〜!」
「っ……」
翌日。私は、魔法学校までの道のりを、黄色をベースとした、フサフサの、超かわいいミニドラゴンによって強制送還させられているのだ。
理由は明白。
別に、今更行くのが怖くなったのではない。
「アレでいいと思うぞ?」
「だから、いーやーだ〜! またバカにされるじゃん!」
昨日の晩飯前、ついに待望のあの呪文が、成功したのだ。
何故だか、視界が低い。私の見えていた高さの、半分くらいだろうか。
しかし、それはすぐに理解することができた。
『見た目、ゴンちゃんじゃん! な、なんで!』
てっきり、巨大で勇敢な、神話を謳ったような龍になることを期待していたのだが、想像は妄想でしかなかった。
『な、なんだか恥ずかしくなってきた……解除しよっと……』
というのが、前夜の全貌だ。
そんな魔法を披露しては、またいじめられるに違いない。いや、確実だろう。
「メル、
「そう……なの?」
「あぁ、そうだ」
説得に成功した、やった! と言わんばかりの表情を、なんとか顔に現れないよう必死に食い止めるゴンちゃん。
しょうがないなぁ……。
いじめられたら、また森に籠もればいい。その時は、ゴンちゃんにまた魔法でも教えて貰えばいいんだ。
「ごめんね、駄々こねたりして。さ、行こ」
「オォォォォ!!」
向かっている道中、私は、やはり気になっていたことを聞くことにした。
「ゴンちゃんって、ドラゴンなのに、どうしてそんなに魔法に詳しいの?」
「……」
「ゴンちゃん……?」
「……」
なぜか、そっぽを向かれてしまった。ちらりと見えたのは、一筋の涙。
「泣いてるの? どうして、泣いてるの?」
「ふ、ふんっ! 泣いてなんかいないぞ! ほら、魔法学校が見えてきたぞ、ダッシュで競争だ!!」
泣く理由がわからないよ、ゴンちゃん。
考えても出口の穴は開きそうにないので、走り出したゴンちゃんのもとへ駆けていく────。
ー ! ― ! ― ! ―
「──本日は、魔法学校のクラスアップ試験の日です。皆さん、今日まで費やした汗や涙を、全力で発揮しましょう──」
「げっ、よりにもよって、今日は試験日か〜……」
「公の場で、
「あ、うん……」
一年に一度、魔女としての地位が上がる日。魔女集会などの役職にも、直接関わってくるのが称号制の嫌なところ。おかげで私は、一度も呼ばれたことがない。
火属性の魔法などで焼けてしまわないよう、会場は大きな野原。
「──31番、ムーゼンシアは、前に出て、アピールを開始してください──」
あいうえお順に呼ばれ、一人ずつ前に出て、自分の一番得意な魔法を披露する。
審査員は、全員で3人。そのうち2人は魔法学校の教師で、残り枠は、魔女集会の首席となる。つまり、現役魔法学生の中で、もっともクラスが高い人が、3人目だ。
私の番号は、32番。次なのだ。
「なんか、不安になってきちゃった……」
「トイレか? トイレなら、あっちにあるぞ」
「ゴンちゃん、高等なドラゴンなら、レディーにそんなこと言わないの〜」
「じゃあ、魔女はトイレに行かないのか?」
「そうじゃなくってさ〜……もう、ゴンちゃんはかわいいんだから〜」
そんな茶番を繰り広げて、少しでも緊張をほぐそうとする私たち。
時間は待ってくれず、ついにその時はやってきた。
「──32番、メルは……って、いないんだったわね。33番──」
「ちょ、ちょーっと待った!! 私、いる! メル、試験受けます!」
危なく、飛ばされるところだった。長い間受けていなかったので、32番、と呼ばれたことさえも、奇跡に感じているのだから。
審査員のテントの前まで来た、私とゴンちゃん。
少し落ち着いてから周りを見ると、見知ったいくつかの顔が、軽蔑の視線を私に向けてくる。
「メル」
「私、もう何も気にしていないから。がんばろ、ゴンちゃん!」
目力で返事をしてきたゴンちゃんは、いつもよりたくましく見えた。
「──で、では、32番、メルは、アピールを開始してください──」
「よし、ゴンちゃん……って、あれ?」
また、ゴンちゃんから涙が出ている。今度は、溢れて零れてしまったような感じ。
「メルぅぅ……。こ、こんな俺を……召喚して、くれて、ほんどにありがどう……」
「ど、どういうこと? 全く分かんないよ〜……」
「ほんの少しだけど、楽しかった。ありがとう、メル」
涙を拭ったゴンちゃんは、少し平常に戻りながら言う。
「──早くアピールを始めて下さい──」
当然こんな時を待ってくれることもなく、淡々としたアナウンスは流れ響く。
「ねぇ、全然分かんないよ〜。ゴンちゃん!」
「さぁ、メル!
「う、うん……」
なんだか、うるうるしてきた。この感情すら良く分からないのだが、今は涙を流す時だ、そう感情のどこかで告げている。
その感情に逆らえず、思うがままに泣いてしまった。
「メル、落ち着いたら、修行をしたあの森に行くといい」
「……わ、分かった……」
「さぁ、時は来た! ついに名誉挽回のチャンスが! 俺のかわいいご主人様、メルの
ゴンちゃんは、気合いいっぱいに、審査員と会場に向かって叫ぶ。
どこか悲しそうな、でもそれを乗り越えるほどの決意の篭もった声で。
それなら、私も応えるしかない。ゴンちゃん、いくね。
「はぁぁぁぁ!!」
「オォォォオ!!!!」「
様々な歓声が、私の心の浅い所を通過し、奥底へと響き渡る。空っぽだった私の中に、様々な感情が入り交じってくる。
そして、私も、私の中のゴンちゃんも、きっと同じ気持ちだと思う。
それを口に出すと、たった一言で済むのだ。
『──ありがとう──』
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