ドラゴンと小さな魔女

ヨネフミ

1話『出会い』

 緑がいっぱいで、地面には沢山の花が可愛らしく咲き誇っているこの森では、小鳥たちがチュンチュン、と気持ちよさそうに鳴いている。私もそれに呼応するように、ピーピーと、いびきという鳴き声をハモらせる。


「ふぁ〜……」


 沢山の木の葉で作ったフカフカベッドで、木漏れ日を浴びながら、心地よく昼寝をする。それが毎日の日課だ。鳥さんたちにも、顔覚えられただろうな。

 特にすることもなく、早100年。しかし、私は魔女。見た目など、魔法でチョチョイのチョイだ。ちなみに、今の見た目は所謂ロリ少女。髪は、オレンジ色のショートボブ。動きやすいから、ショートにしたのだ。

 すでに起床してしまったが、寝ている時はいつも被っている魔法使いの帽子マジカルハットを顔に乗せている。紫色で、女優帽のような、一目で魔女とわかる帽子。白の服に、帽子に合わせた紫色のマント。ほら、魔女の完成だ。


「私、どうしてこういう魔法しか使えないんだろうなぁ〜」


 見た目を変える魔法は、人二倍くらいに得意。しかし、そのほかの魔法はてんで駄目だ。火だって出せないし、扇から水も出ない。回復なんて、もってのほかだ。何で私って、こんなに素質がないんだろう。これでも一応、魔女の血、通ってるんだよ……。


「魔力も少ないし、私はやっぱり何も出来ないや〜」


 他の魔女が一日にどれほど魔力を使えるのかは知らないが、私の場合は、見た目を変えるだけで精一杯。一度変えただけで、3日はベッドの上で意識を失うんだ。

 そして、この自問自答の流れを毎日のようにやること50年間。もう、どうして魔女って寿命が長いの?


「あぁ、イライラするよ……そうだ、少し、散歩でもしよーっと」


 このままうたた寝していると、頭に血が上りそうだ。気分転換に、散歩だ。


 森の外れまで来た私。何年ぶりだろう。久しぶりに遠くまで歩いた足は、産まれたての子鹿のようにブルブルと震えている。それを、代々私の家で受け継がれている、この魔法の杖ステッキで体を支える。

 どうしてここで足を止めたのかというと、視界の中に、あるもの・・・・が映り込んだからだ。それは、小さくて、子どもの頃に一緒に寝ていた人形のような、可愛らしいもの。それが、倒れ込んでいるのだ。サイズ的には、私が152cmなので、丁度その半分くらいだろうか。


「ど、どうしてここに……?」


 その正体は、黄色をベースとした、フサフサのドラゴンだった。ミニ、と付けた方が良いみたいだけど。


「私、回復なんて使えないし……どうしよう」


 でも、目の前のミニドラゴンは今にも生き絶えそうな表情で苦しんでいる。

 そういえば大昔、魔法学校でヒール系の魔法を教わったような……。賢者では無いので、あくまで魔法を応用した最低限の回復術。水系の魔法を応用して、酸素濃度をどうとかって、言ってたっけ。どうやって使うんだったかな……。思い出せ、私。ピンチの時こそ人は強くなるはず。頑張れ私……!


「ミニドラゴンさん、今回復させるから……!」


 あ、思い出した! これなら、私でもイケるかも! よし、今すぐ実行だ!

 私は、杖に、脳裏に創造した魔力を送る。魔法は、脳でイメージしたことを杖に伝えて発動させる。私には、見た目の創造は得意なのだが、通常魔法の創造は本当に苦手なのだ。


「いっけぇぇ!」


 杖の先端にある赤いオーブが、激しく光る。すると、ミニドラゴンを包み込む青いオーラが出現した。


「……やった、やった! 私にも回復魔法、使えたんだー!」


 しかし、何故だろう。喜んだのも束の間、私は膝を崩してうつ伏せに倒れてしまった────。


 ー ! ― ! ― ! ―


『あんたって、どうして魔法もロクに使えないの?』


『学校で習ったことも出来ないのかよ、魔女失格だな』


『魔女なのに、魔力少なすぎでしょ! 魔力使っても、所詮お洋服の着せ替えしか出来ないって! あっはは!!』


 20歳までは魔法学校で修行をする、というのが魔女の決まりだ。

 15歳のとき。私は、一思いにどこかへ走って行ったんだ。毎日毎日、物心ついた同級生の魔女たちが、群になって私を責めてくる。魔力が少なすぎるだの、魔法オンチだの、様々だ。責める、と言っても二種類ある。愛のある責め、愛の無い責め。私の場合、後者だ。それは、世間一般で言う、イジメだ。

 走ってたどり着いたのが、この森。帰り道も、ここがどこなのかも分からない。

 やっとあの現実から逃れられたんだ。ホッとする気持ちがいっぱいの反面、これからどうしよう、と不安な気持ちも当然ある。

 魔女は、500〜800歳まで生きられるため、長い人生、こんな生き方も良いかな、と思った。


 ……ほっぺがくすぐったい。夢、のはずなのに、やけにリアルだ。ちょ、ちょっと、やめてー!


「ぶはっ!!」


 私は、笑いを吹き出すように目覚めてしまった。


「……って、さっきのミニドラゴンさん!」


 頰を舐めていた犯人、それは先ほど助けたミニドラゴンであった。


「やっと起きたのか……」


「うわ、喋った!」


 目の前にいる、如何にも人間じゃない生き物が、人間の言葉を話した。


「そ、そのだな……龍の種族にも色々で、だな……」


 気取った感じでカッコつけて喋るのだが、ミニでフサフサなので、超かわいい。本当に人形のよう。


「そうなんだね? かわいいね?」


「うるさいうるさいうるさい!」


 うわぁ、かわいすぎる。ペットにしても、なんら違和感のない愛おしさ。


「私を助けてくれたのは、ミニドラゴンさん?」


「その呼び方はやめろ……」


 照れてるのかな。よし、呼び方を決めてあげよう。


「ゴンちゃん、ゴンちゃんって呼ぶね!」


 ミニドラゴンは長すぎるので、省略。ゴンちゃん、なかなかセンスの良い付け方だ!


「うぅ……ま、まぁ、良しとしよう……。お主は、なんと言う?」


「私は、メルだよ。よろしくね、ゴンちゃん」


 おう、と可愛げな返事をするゴンちゃん。


「俺が礼を言うべきだ。弱って倒れていた俺を助けてくれて、ありがとう」


「いえいえ! まさか魔法が成功するなんて思ってなくて……」


「メルは、立派な魔法使いだ。俺のようなドラゴンの体力を、一瞬にして癒してしまったのだからな」


 私のこと勇気付けてくれてるのかな、ゴンちゃん。かわいいの一言に尽きるよ……。


「ところで、どうしてメルは、こんな森にいるんだ?」


 私がここにいる理由を、全て包み隠さずに話した。魔力のことや学校のこと、ついには月一回の、魔女としての進捗状況を伝えたり、新しい魔法の公開などを行う魔女集会にも呼ばれないこと。ゴンちゃんは、親身になって、時にはカッコつけた面持ちで、真剣に聞いてくれた。


「魔女にも色々あるんだよ〜」


「なんか隠してないか? 俺は高等なドラゴンだ。なんでも分かるぞ」


「えっ。本当に?」


 自信満々に、えっへん! という顔でこちらを見てくる。なんだか信憑性が低いなぁ……。でも、かわいいから許す。


「分かった、話すよ。ゴンちゃん、よく聞いてね?」


 顔を崩さずに、首だけ縦に降るゴンちゃん。

 そして私は、ここの森に私が滞在する理由を、全て打ち明けた。


「ということは、メルは魔法学校出身なんだな?」


「そうだよ〜」


「すぐそこだが……」


 と、右を指差すゴンちゃん。


「……へ?」


 私は、驚きのあまり、変な声が出てしまった。長いこと帰り道も分からなかったのに、すぐそこにすぐそこがこの森の出口だ、そうゴンちゃんは言っている事になるのだから。


「……魔法の人間は、バカなのか……?」


「ゴゴゴゴンちゃん、迷ってたってのはナシです! じじじじつは、帰り道知ってました!」


「俺は高等なドラゴンだ。なんでも分かる────」


「ごめんってゴンちゃん! そ、その、私はバカですよ!!」


 急いで弁解しようとした挙句、敬語になってしまった。


「とりあえず、魔法学校に戻ろうか」


「い、嫌よ! ……そんなの、嫌よ……」


 ゴンちゃんが、思ってもいないことを言うので、私はつい感情的になってしまった。

 そんなの、嫌に決まってるじゃん。魔法の才能のない私は、またいじめられるのがオチなのだから。

 すると、ゴンちゃんは大きなため息を一度吐く。


「逃げているだけではダメだ。様々な困難に打ち勝ってこそ、初めて生きる価値を見い出せる、そう言うものではないか?」


「そ、それもそうね〜……」


 一応、作り真面目な顔で返事をする。目の前のドラゴンが、私に真剣な表情で人生論的なことを語っているのだから、それをかわいい、と言う理由だけで微笑んでしまってはいけない、と直感的に思った。

 ゴンちゃんがかわいいからいけないんだ……。

 しかし、ゴンちゃんの言っていることは図星である。いつかは、そこへ戻ってしっかり卒業する、という思いも、実は私の心の奥底にある。正確にいえば、今ゴンちゃんがその話題を認識させてくれたことで、そういう私自身の気持ちにも気づけたのだ。


「こんなに天気が良いのに、うなだれてはいかんぞ、メル」


 すっかり考えてしまった私は、右手に乗せた左手で顔を支え、下を向いてしまっていた。


「……いいよ」


「良くない、空を見上げてみなさ──」


「そうじゃなくって! その……魔法学校の話」


 おぉ!! と、目をギラギラと、この天気にも負けないくらいの目線でこちらを見てきた。


「ま、眩しいよ、ゴンちゃん……」


「だって、今メルが、魔法学校に行くって言ったから!」


 さっきまでの、ぎこちなさ全開の堅苦しいゴンちゃんはどこへいったんだ。ま、かわいいならなんでも良いけど。


「ただ、私が魔法学校に今更行ったところで、またいじめられるだけだよ〜」


「なら、ここで鍛えて行こう。高等なドラゴン直伝の、火属性の魔法を教えてやろう!」


「ほ、ほんと? でも私、魔力少ないし、やっぱり無理だよ〜」


「コツを掴んでしまえば、魔力の消費など抑えられる。それも教えてやるから、安心するのだ!」


 突然かわいい言動をするゴンちゃん。いや、常にかわいいんだけどね。


 それにしても、気になったことがある。どうして、ゴンちゃんが魔力使用のコツなど、知っているのだろうか。

 高等なドラゴンだから?

 ドラゴンって、そもそも魔法は使わないはず。

 じゃあ、どうしてなのだろうか。


 聞こうと思ったが否、ゴンちゃんはすでに指導体制に入っていたので、あとで聞くことにした。

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