第27話 新世界Ⅱ
倒れた時に地面についた両手が不思議に冷たかった。指に伝わる感覚は土でも砂でも草でもなかった。それは流れる水の感触だった。体が浮いて、そして引き込まれるように沈んでいった。アキラとケンは逆巻く渦の中にいた。水の中にいるのに不思議なことに息は苦しくなかった。
まるで魚になったように水中で息が出来た。アキラは死の世界にいるのだと思った。長い狂おしいほどの時間が経った。目を開けると真っ青な空が広がっていた。ケンの姿はどこにも無かった。
「アキラ、大丈夫」ユウコとアンがアキラを見下ろしていた。二人に抱きかかえられるように上半身を起こすとそこは白い砂浜だった。
「ここはどこだ」「分からないわ。どこかの島みたい」目の前にはエメラルドグリーンの海が続いていた。波は静か、ヤシの木からは心地よい風が吹いていた。人の気配は無かった。
「ユウコ、君たちはどうやってここにたどり着いた」ユウコの話はアキラの記憶と大きな違いはなかった。「ゼンは俺たちを救うために亡くなった。ケンの行方は皆目分からない」アキラの心中に浮かんだ不安は二人にも伝わった。置かれている状況は想像力の限界を超えていた。
「これからどうするの」ユウコの問いにアキラは答えを持っていなかった。
「いったい何が起きているの。私たちは時間と空間を瞬間的に移動している」アンの疑問にアキラははっとした。時計を見た。最後に時計を見たのはいつだったか。空間は確かに移動しているが、時間は確実に進んでいた。過去に戻ったりはしていない。
「ここは作られた空間に違いない」「どういう意味」「本当の空間じゃないということだ」「仮想空間ということ」アキラはユウコの背後に回り、髪の毛をかき分けた。おかしなところは何も無かった。
「何を探しているの」「仮想空間を作り出す装置のような物が脳に埋め込まれている可能性だ」
「思い当たることがあるわ」アンが不安げに言った。アンはアンドロイド工場で見た光景について話し始めた。アンドロイドは人間に常に従順にふるまうように人工知能にプログラムされていた。
しかし、理不尽な扱いを受け続けたアンドロイドの中から人間に対して、反旗をふるう者が現れた。反逆したアンドロイドには残酷な運命が待っていた。完全に破壊されるか人工知能の再プログラムだった。あるアンドロイドは感情を持たないロボットにされた。そして、あるアンドロイドは統合失調症の実験にされた。その実験とは幻覚と幻聴症状を作り出す装置を脳に埋め込むことだった。
「アン、その装置は小さい物なのか」「かなり小さいわ。5ミリぐらいの大きさ。今はもっと小さくなっているかもしれない」「どこに埋め込むんだ」「耳の中が多いと思う」
「ゼンも同じ光景を見ていたのよ。地下の住民に装置が埋め込まれていたとは思えないわ」ユウコが言うとおりだった。アキラは納得のいく答えを持たなかった。
「これからどうするの」「私たちの目的はヒカルを助け出すことだったけど不可能になったわ」
「私は助けにいかないといけない人がいる」アンは、ダイアナ、ハンナ、エミリーの顔を思い出していた。アキラは波の動きが変化したことに気が付いた。突然、引き潮が始まった。白い砂浜が沖に向かってどんどん広がっていった。その長さは数十メートルからあっという間に数百メートルになった。この光景は既視感があった。それは海底で起きた巨大地震による波の変化だった。引き潮の次には大津波が襲ってくる。
「大変、大津波が来る」「逃げるのには間に合わない。もう逃げるのはやめだ」アキラはそう言うと沖に向かって走り出した。ユウコとアンはアキラの行動に驚いて悲鳴を上げた。
「何をするつもり」「これが現実でなければ死にはしない」「もし現実だったら」「その時は皆一緒に死ぬだけだ」引き潮が終わり、水平線が巨大な壁のように立ち上がり始めた。その高さは優に40m
を超えていた。巨大な壁はまるで怪物の咆哮のような音を上げながら、アキラを飲み込もうとしていた。水中に一瞬で引き込まれ、木の葉のように翻弄された。アキのラは海水を飲み込み、溺れかけていたが、これは現実ではないと心に言い聞かせた。すると息苦しさがしだいに薄れ、水中で呼吸が出来るようになった。ユウコとアンの姿を探したがどこにも見えなかった。
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