第26話 新世界Ⅰ

 ソルジャーは土煙の中でアンの姿を探した。ビルは完全に破壊されて、瓦礫の山になっていた。名前を大声で呼んだ。何度目かにかすかに反応する呻き声が瓦礫の山から少し離れた場所から聞こえた。ソルジャーが土砂を必死に掘り起こすと、埃まみれになった顔が現れた。

「アン、大丈夫か。目を覚ませ」ソルジャーの問いにアンはゆっくりと目を開けた。

「早くここから出して」アンもソルジャーもあちこちに擦り傷が打撲を負っていたが、奇跡的に無事だった。「3人が無事か確かめないと」「地下通路の入り口は瓦礫の下だ。別の入り口を探す必要がある」「方角的にこっちのはず」アンが指差す先には荒地が広がっていた。

「使えそうな武器がないか辺りを探ろう」アンとソルジャーは倒壊した建物の一番近くになる建物に入った。建物の中はがらんとして、役に立つような物は何も無かった。アンもソルジャーも手持ちの武器は心もとなかった。

「仕方ない。3人の無事を確認するのを優先しよう」アンも同意した。ふたりは地下通路が通っていると思われる場所の上をたどった。どこかに入り口があるはずだった。アンが入り口を探し、ソルジャーが周囲を監視する役割だった。あれだけの爆発の後なのに周囲は気持ちの悪いほど静寂に包まれていた。

「あった」アンが砂地の下にわずかに露わになった金属製のフレームを見つけた。ふたりは砂を払いのけ、四角い金属製の蓋を持ち上げた。地下通路に続く梯子が見えた。下に何が待ち構えているかは分からなかったが、躊躇している場合ではなかった。

「俺が先に行く」ソルジャーが先に梯子を降り始めた。アンが蓋を閉めると後に続いた。ソルジャーは小さな懐中電灯で足元を照らしながら、ゆっくりと歩を進めていた。地下通路は黴臭い臭いがしていたが、しだいに臭いが消えていった。それとともに地下通路の様子が変わっていった。

 アンは視界が歪んでいるように見えた。目に何か障害があるのかと疑った。ソルジャーが突然立ち止まった。「アン、何かおかしくないか」そう言った瞬間、光が爆発し、意識が薄れていった。アンは肌が焼けるような日の光に目を覚ました。頭が痛かった。数メートル離れた場所にうつ伏せ状態のソルジャーがいた。声をかけたが返事が無かった。仰向けにしてアンは悲鳴を上げた。両目には眼球がなく、二つの穴があるだけだった。骨と皮だけの無残な姿を晒していた。地下通路にいたはずなのに今は砂漠のような場所にいる。一体何が起こったのだ。

 その場所は今までいた場所とはまったく景色が違っていた。ジェイドの建物群はどこにも見えなかった。蜃気楼だろうか、遠くに鮮やかな緑色の草原が熱気の中で揺らいで見えた。生命の存在を感じさせるものはそれ以外にはなさそうだった。アンは疲れ切った体を奮い立たせて、歩き始めた。暑さのために頭が朦朧とした。草原に近づくにつれて、鳥が上空を舞っているのに気が付いた。直下には禿鷹が集まっていた。禿鷹がついばんでいるのは人間の腹だった。腕や足をついばんでいる禿鷹もいた。辺りには数えきれないほどの人間のバラバラになった死体が転がっていた。

 凄まじい死臭と無残な光景にアンは気を失いそうになった。禿鷹が気配を感じて、急に飛び立った。アンの影を覆い隠すように巨大な影が立ち上がっていった。アンが振り向くと巨大なオニイソメに似た化け物が襲いかかろうとしていた。アンは拳銃で化け物の頭部を狙って撃ったが、まったく効果が無かった。その時、突然化け物の頭部が爆発で吹き飛ばされ、その醜悪な頭部が大きな音を立てながら、アンの目の前に落ちてきた。黄色い体液が飛び散った。

「大丈夫か」草原から現れたのは4人の男女だった。「君はどこから来たんだ」アキラは埃にまみれたアンを助け起こしながら言った。

「分からない。気が付いたら砂漠にいた」「謎は謎を生む。分からないことばかりだ」ゼンがアンの全身を食い入るように見ていた。お互いに名乗りあった後にケンが言った。

「君は人間なのか」「私はアンドロイド、あちこちを逃げ回ってきたの」ケンの顔にあからさまに嫌悪感が現れた。「ここまで来て、そんなことを言うなんて」ユウコが激しく抗議した。

「今はつまらないことで言い争いしている場合じゃない。これからどうするか決めなくてはならない。何か意見はあるか」重苦しい沈黙が続いた。ゼンが重い口を開いた。

「自分たちがどこにいるのか調べる方法がある」ゼンはベルトに付けていた小さな装置を外した。

「昔はGPSと呼ばれる便利なものがあった」地球を回る衛星からの電波をとらえて、正確な位置情報を取得するシステムだったが、国家が破綻した現在では地球を回る衛星は老朽化又は墜落してその機能を完全に停止していた。

「これは超精密なジャイロで、私が移動した方向や距離を正確に記録している」

「つまり、どういうことなんだ」「現在地が地下要塞からどれだけ離れているかが分かる」

「この世界が現実なのか空想なのかが分かるというわけか」ゼンは電子装置の小さな画面の数字を読み取ろうとした。表示されている数値は意外なものだった。

「これはありえない。装置が壊れているに違いない」ゼンは首を横に振った。

「結果を教えて」「数値は地下要塞から130mしか離れていないことを示している」

「つまり、あの崖を飛び降りて、急流に翻弄されたのにほとんど離れていないというのか」

「そんなことがありえるのか」「装置が壊れていなければ、これが現実の世界ではないことになる」

「もしかしたら、私たちは閉鎖された空間にいるのかもしれない。ある程度の広さをもった空間を拡張して見せているのでは」「仮想空間の世界にいるというのか。

「そう考えると矛盾はない」「あれは何だ」ケンが上空の粟粒のほどの点が数を増して、急速に近づいてくるのを指さした。草原と砂地の境に5人はいたが、落ちてきた物体は衝撃とともに砂塵を巻き上げた。5人の周辺には様々な大きさの物体が落ちてきた。手のひらサイズの物から大きな物は乗用車くらいの大きさがあった。

 落下の衝撃は凄まじく、10mぐらいのクレーターのような穴が出現した。落ちてきた物体は熱を帯びていた。「隕石だ。ここにいると危険だ」5人は隕石から逃れるために走り始めた。隕石の熱は走っている5人にもはっきりと分かった。アキラの肺は空気を求めて、喘いでいた。これ以上、全速力で走るのは無理だと思い始めた時、左のほうから悲鳴が聞こえた。ケンがうつ伏せに倒れていた。その肩から血が流れていた。

 アキラとゼン真っ先に倒れているケンのもとに駆け付けた。ユウコとアンが続いた。助け起こそうとするとケンは激痛で悲鳴を上げた。右足の骨が折れていた。周りに次々に隕石が落ちてきた。草原が炎を上げ始めていた。地面が激しく揺れ、音を立てて隆起した。アキラがケンの左側に回り、助け起こした時に見上げた先に見えたのは信じられない光景だった。火山がまさに溶岩を噴出する瞬間だった。

「ダメだ。戻ろう」ゼンの悲痛な声が響いた。ユウコとアンの後をケンを背負ったアキラが追った。ゼンはケンの背中を押す格好で最後尾を走っていた。真っ赤に溶けた溶岩の熱が背後に迫っていた。「アキラ、疲れたら変わろう」「ゼン、俺たちのことは気にせず、先に行ってくれ」

「アキラ、もういい。足手まといになるから置いていってくれ」ケンはアキラの耳元で言った。

「仲間を見殺していけるか。死ぬときは一緒だ」溶岩のスピードは人を背負って走るスピードを上まわっていた。振り返る勇気は出なかった。

「ゼン、何をするつもりだ」ケンの声にアキラは立ち止まり、振り返った。ゼンがマントを広げて、流れてくる溶岩に立ちふさがろうとしていた。ゼンはバリアで溶岩を食い止めていた。

「アキラ、ここで食い止めるから、その間に逃げろ」バリアで食い止められる時間はゼンの体力にかかっていた。マントは耐熱性のある物だが、バリアが無くなれば一瞬も持たないはずだった。

「俺の行為を無駄にするな。さっさと逃げてくれ」ゼンの悲痛な訴えにアキラとケンは涙を流しながら別れを告げると再び走り出した。もう後ろを見なかった。

 ゼンが食い止めているおかげで真っ赤な溶岩は左右に分かれ、二筋の流れになっていた。これが一筋になればゼンもアキラもケンも生きてはいなかった。ユウコとアンの姿を探したがどこにも見当たらなかった。溶岩の放つ灼熱に体中から汗が吹き出ていた。アキラの体力が限界に達し、意識が朦朧とし始めていた。

「アキラ、もういい。置いていってくれ」ケンはアキラの手を振りほどこうとしていた。地面は燃えるように熱かった。赤黒い光る舌のような溶岩がゆっくりと二人に迫っていた。

「ケン、見てみろ。溶岩の速度は落ちている。じきに止まる」確かに溶岩の動きは鈍っていた。アキラはゼンの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。

「ケン、さあ行こう」アキラは再び走り始めた。自分では走っているつもりでも、歩くよりは早いという程度だった。額から流れ落ちる汗が目に入った。もう限界だった。アキラはケンを背負ったまま前のめりに倒れた。じきに溶岩に二人とも飲み込まれるだろうと思った。

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