第25話 東京デスゾーンⅪ ヒカル

「なぜ誰もいない」「おかしい」「会議でもやっているのか」「机の上を見てみろ」ゼンが指し示した場所にはうっすらと埃が溜まっていた。一時的な不在ではないことを示していた。

「何が起きているか分からないが、先に進むしかないな」アキラは中心部に向かって進む決断をした。この地下要塞は同心円状の通路がいくつもあり、45度毎に中心に向かう連絡路があった

 上の階に通じる階段は外延部の通路には無かった。通路戸津路の間にはいくつもドアがあったが、窓がある部屋は一つもなかった。どのドアもロックされていた。ドアに耳を当てても音は聞こえなかった。「この階には誰もいない」ゼンは熱を感じる特殊な能力を持っていた。

「この要塞が放棄されたという可能性はないの」ユウコが言った。

「これは罠なんじゃないか」ケンは懐疑的だった。

「何が待っているか分からないが、上の階に進むしかない。階段を探そう」4人は中心部に向かって進んだ。不気味な静寂が続いていた。

「犯罪者たちはどこにいるんだ」照明が消えた階段を上がりながらアキラがつぶやいた。

「上の階にも人の気配はない」ゼンが答えた。「今まで感じたことのない気配を感じる」上がった階は赤い非常照明が点灯していた。壁や床、天井にも凹みがあちこちにあった。

「一体、何があったんだ」ケンは異常な風景に恐怖を感じ始めていた。4人は突然襲ってきた耳鳴りに頭を抱えた。その痛みは気圧の変化によるものと似ていた。

「この建物が上昇しているのか」ケンは急速に上昇するエレベーターを想像していた。

「そんなはずはない。減圧されているんだ」アキラはこのままでは窒息すると思った。この場所から一刻も早く退避しなくては。足取りもおぼつかなく、意識が薄れ始めていた。目に見えない巨人が壁や天井を激しく打ち付けているようだった。その巨人の怪力によって新たな凹みができた。

「アキラ」ユウコの声に導かれるように力の限りに走った。肺が焼けるようだった。目の前の空間が歪んで見えた。4人はやっとの思いで上の階に逃れた。疲れ切って、肩で息をしながら、床にへたりこんでいた。アキラは床の感触が今まで違うことにしばらくして気が付いた。

 それは、冷たいタイルでも金属でもない緑の草原だった。引き抜いて匂いを嗅いだ。それは本物の草だった。「一体全体、どうなっているんだ」ケンは目の前に広がる緑の草原に呆気にとられていた。草原の向こうは白い霧に包まれていた。霧の中から人影が浮かび上がった。

「あれは」ユウコが指差した方向に4人の目は釘付けになった。その人影は霧をまといながら近づいてきた。4人はその姿に愕然とした。黄金の衣に身を包んだオーラのような光を放つ少年は追い求めてきたヒカルその人だった。

「君はヒカルか」アキラの問いにヒカルは聞こえなかったかのように無表情だった。

「君たちの目的は何だ」「君を救いに来た」「救いに。なぜ」「君は拉致されたんだ」

「拉致、それは勘違いもはなはだしい。私はここに招かれたのだ」

「アキラ、ヒカルは洗脳されている。こんなチャンスはない。ヒカルを連れて帰ろう」ケンは黄金の衣に手をかけようとした。

 しかし、その手は衣の向こうにすり抜けていった。ヒカルは実態のないホログラムだった。

「ここは、投影された場所よ」ユウコが言った。「みんな騙されるな」ゼンは目を閉じていた。その時、空気を裂くような音とともにやりが大地に突き刺さった。

「ここは危険だ。退避しろ」4人は一斉に退避行動を取った。やりは次々に音を立てて突き刺さった。

 一本の矢がアキラの左肩をかすめて、肉を引きちぎっていった。激痛が走り、破れた服が見る見る血に染まっていった。「熱い」ユウコの悲鳴が聞こえた。ケンの髪がチリチリと焼けていた。火球が4人に迫ろうとしていた。草原はいきなり終わり、断崖絶壁が目の前に現れた。その高さは優に50mはあった。崖の下は激流だった。巨大な火球が4人の背後に迫っていた。選択の余地は無かった。

「飛び込もう」4人は同時に激流に身を投げた。激流に翻弄され、河岸に泳ぎ着いた時には体力の消耗が激しかった。

「俺たちは地下要塞の中にいたんじゃないのか」ケンは疲れ切った表情だった。

「この世界が現実なのか仮想現実なのか、知る方法はないの」ユウコが独り言のように言った。

「この水の感触、これが仮想現実とは思えない」ゼンが言った。

「ここは東京のど真ん中でないことだけは確かだ。これが現実だとして、現れたヒカルが現実だとはとても思えない」アキラはこの事態にどう対応すべきかの答えを持っていなかった。

「どうする」ゼンの問いに答えられる者はいなかった。「静かに」ユウコが言った。

「何かが近づいて来る」河岸に生えた背の高い草に視界を遮られていたが、先端が揺れていた。

4人は左右に散開して、近づいて来る物に備えた。現れたのは血みどろの男だった。 4人の目の前に倒れこんだ男の背中は肉が食いちぎられたような酷い傷だった。

「助けてくれ。仲間はみんな殺された」アキラは倒れた男を仰向けにした。

「何があったんだ」「俺たちはお前たちの後を追っていた。地下要塞に入るといきなり砂漠に迷い出た」背中から流れ出る鮮血が草地に広がり始めていた。「襲ってきたのは何だ」「今まで見たこともない化け物だ。あっという間に13人の仲間が八つ裂きにされた」男の口から血が噴き出し、窒息状態で絶命した。

「この先はどうやら砂漠になっているようだ」「川に沿って、上流に行くか、下流に行くか、または絶壁をよじ登るか」「砂漠の選択はないのか」「私たちは完全に敵の手の中で踊らされている。このままではこの迷宮から永久に抜け出せないわ」ユウコの言うとおりだった。

「空間を自由につなげることができるのかもしれない」「そんなことは不可能だ」「パラレルワールドの可能性は」「もしそうならば私たちはこの迷宮から抜け出すことはできないわ」

「何か方法があるはずだ」アキラはそうは言ったが、何も思いつかなかった。

「まだ地下要塞の中にいるとは考えられないのか。映画のセットのような場所を移動しているだけじゃないのか」「あまりにもリアル過ぎて、ここがセットだとはとても思えない」「セットじゃなくて、3Dメガネのような物を通して見ている可能性はないの」「俺たちは実際、メガネなどしていない。それなのにここが仮想現実空間だとすると大変な技術だ」4人の議論は堂々巡りをして、結論が出なかった。

「いつまでもここに留まっているわけにはいかない。ここがどんな場所であれ、どこかに地下要塞とつながる場所があるはずだ。それを探し出さないかぎり、ここからは出られない」

「どこに向かうんだ」「この男がやって来た方に進もう。そこには必ず地下要塞につながる場所があるはずだ」アキラの言うことに誰も反論出来なかった。そこがどんなに危険な場所であっても。

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