第21話 中国辺境Ⅷ 墜落

「聞こえる」震える少女がつぶやいた。アンはヘリの轟音しか聞こえなかった。「ダメ」少女がシートベルトを外そうとするのをアンは必死に止めた。格納庫の開いた屋根からヘリが上昇して、周囲の視界が開けた時、少女のつぶやきの意味が初めて分かった。ジェイドを中心として、見渡す限り黒い雲に覆われていた。それは砂漠の嵐でもバッタの大群でもなかった。マイクロマシンがジェイドを占領しようとしていた。マイクロマシンの大群は巨大昆虫を襲い始めていた。人間にとっては恐怖の怪物もマイクロマシンの敵ではなかった。怪物は体のあちこちを食い荒らされ、のたうち回って死んでいった。マイクロマシンが巨大昆虫の攻撃に夢中になっている今が逃走のチャンスだった。

「しっかりつかまっていろ」ソルジャーはエンジンを全開にして、黒雲がわずかに開いた部分に向かって全速で飛行を開始した。

 マイクロマシンは動く物に攻撃をすべて攻撃した。巨大昆虫がまず標的になった。巨大昆虫が全滅すれば次の標的になるのは、このヘリになるのは間違いなかった。ここ危機から抜け出せるかはすべて時間との勝負だった。ソルジャーは雲の一番薄い場所に向かって飛行した。マイクロマシンは意思を持って集団で攻撃する。その集団行動は昆虫の行動パターンと類似していた。

 違うのはマイクロマシンは学習をして、より高度な行動を取ることだった。それはすべて人間がディープラーニングという手法をマイクロマシンに組み込んだからだった。人間が作り出した機械に復讐される皮肉だった。巨大昆虫が機械の昆虫に食い殺される光景は異様だった。巨大昆虫の断末魔が消えた時、マイクロマシンはこのヘリに向かって総攻撃をかけてくる。雲の切れ間を通り抜けた時、背後で雲の動きが急速に変わろうとしていた。

「迫ってくる」マイクロマシンが意思を持った一つの生物のように渦を巻きながら、攻撃態勢を取ろうとしていた。その光景にダイアナは言いようのない恐怖感が湧き上がるのを感じていた。

「逃げ切れるの」アンの問いかけにソルジャーは何も答えなかった。

「みんな死ぬ」少女がアンの問いに答えた。黒い雲がヘリの後方から急速に近づいてきた。風貌に当たる音がしだいに大きくなり、暴風雨に突入したように視界が失われた。同時にローターの動きがおかしくなった。

「操縦が効かない。不時着するからしっかりつかまれ」ソルジャーは必死に安定を保とうとしていたが、ヘリは独楽のように回転しながら落下していった。ヘリは砂地のような場所に墜落した。

「爆発するぞ」ソルジャーとダイアナは右側から、アンと少女は左側から脱出した。マイクロマシンは危険を察知して、ヘリを遠巻きにしていた。ヘリから10mぐらい離れた所で漏れ出した燃料に引火して、爆発が起きた。アンと少女は爆風で砂地に叩きつけられた。マイクロマシンは上空で2度旋回するとジェイドの方向に飛び去って行った。

「奴らはなぜ襲って来ない」ソルジャーが去って行く黒雲を見上げて言った。

「砂漠の真ん中に取り残されたら生きていけないことを知っているんだわ」

「これからどうするの」

「あそこまで行ってみましょう」少女を背負ったアンが黒煙の上がる場所を指差していた。

「ドクターが乗ったオスプレイかもしれない」ソルジャーはオスプレイが無事なことを祈った。ジェイドから離れると奇妙な平穏な時間が訪れた。巨大昆虫も寄生生物もマイクロマシンも砂漠にはいなかった。アンは汗と煤で汚れた少女の顔をハンカチで拭った。少女は泣いていた。

「私たちはここから逃げ出せない」「大丈夫よ。ところであなたの名前を聞いていなかったわ」

「ハンナ」「ハンナ、今こそあなたの力が必要よ。どうやったら生き延びられるの」アンに背負われていたハンナは一人で歩き始めた。その目にもう涙は無かった。4人は立ち上る黒煙に向かって、無言で歩き始めた。

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