第14話 東京デスゾーンⅥ 再会

 ユウコは奔流に押し流された時に、天井に設けられていた点検口の鉄枠に奇跡的につかまることが出来た。鉄枠に必死につかまっていた時間がどのくらいだったかは気を失っていたので分からなかった。気が付いた時は水はすっかり引いていて、10m以上の高さの所にいた。

 鉄枠に体がうまく挟まっていたために落下を免れたのだった。下はコンクリート、落下していれば間違いなく死んでいた。この高さから飛び降りれば怪我をする可能性が高かった。ユウコは点検口を開閉する円形のハンドルを回してみた。錆びついて最初はビクともしなかったが、徐々に回り始めた。ハンドルを3周ぐらいした時に点検口が突然開いた。

 人がやっと一人通れるくらいの大きさだった。垂直に伸びた点検口の壁には梯子があった。明かりで照らした先の様子ははっきりしなかったが、この垂直通路を進むしか助かる道はなさそうだった。

梯子は錆びついていて、何年も使われた形跡が無かった。数十段上ったところで、出口のハンドルが見えてきた。このハンドルもかなり錆びていた。腐食が進んでいて、ハンドルが壊れていたらと思うとユウコの不安が一気にふくらんだ。円形のハンドルは回そうとすると錆びがボロボロと落ちた。

ゆっくりと力を加えていった。ハンドルはびくともしなかった。ユウコは覚悟を決めて、ハンドルに全力をかけた。1秒、2秒、そして突然ハンドルは動いた。不安が一気に希望に変わった。上りきった所は薄暗く、埃っぽい場所だった。


 ワタルをアキラと若者の間にして、地下水路を進んだ。若者の名前はゼンという名前だった。アキラとゼンは完全武装だったが、ワタルは身軽な方がいいと銃とナイフだけを携帯していた。水に流れた方向に1キロぐらい進んだところで、ゼンが天井を見上げて、指をさした。点検口のハッチが開いていた。

「あれを見てください。最近開けられたものです。おそらくユウコはあの点検口から脱出したのでしょう」ユウコの生存を裏付ける物を発見して、アキラは少し安心した。

「アキラ」ワタルの脅えた声が後ろで聞こえた。地下水路の前方から何かが近づいてくる物音が聞こえた。そして、背後からも呻き声のような不快な音がした。

「囲まれてしまったな」ゼンは両手で機関銃を構えた。銃の先端からレーザーが照射されていた。

 ゼンは前方、アキラは後方から迫ってくる死臭が漂う人間に向かって、銃撃を加えた。ワタルはアキラの背後で震えていた。「ワタル、懐中電灯で照らしてくれ」ワタルは右手に懐中電灯、左手に拳銃を持っていた。「ワタル、頭を狙え」

 アキラは襲いかかってくる死人を次々に倒していたが、その数は一向に減らなかった。撃ち尽くした弾倉を放り投げ、次の弾倉を装填した。その時、前方で激しい爆発音とともに光があふれた。「アキラ、走れ」ゼンは爆発音にひるんだ死人の横を走り抜けようとしていた。ワタルはすでに走り出していた。アキラは閃光弾を投げると走り出した。死人は閃光と爆発音に驚き、すぐには追ってはこなかった。100mほど走った所で、ゼンは避難口を開けようとしていた。

「あれは死人じゃないのか」「今は説明しているひまはない」ゼンが言う意味が分かった。奔流が迫ってくる音が近づいてきていた。


 ケンは2体のロボットを従えて、地下通路を進んでいた。近くにあの怪物はいないようだった。怪物が嫌がるという電子装置の効果だろうか。怪物のかわりに現れたのは紫色の甲冑と一体化したスーツを着込んだ連中だった。まるで戦国時代からタイムスリップしたかのように刀を携えていた。ケンはこの一団が見かけの派手さ以上に恐ろしい男たちだということを一瞬で見抜いていた。

「おやおや、また変なのが現れたな。俺たちの縄張りに踏み込むとはいい度胸だ」ケンを見つめる眼は冷酷非情だった。ケンはロボットが後方の敵に気が付いて、警告するのを聞いた。

 後方の敵はロボットに任せることにして、ケンは前方の敵に集中した。生物学者の武器庫から持ってきた日本刀が役に立つことになった。紫の軍団は戦国武将の作法のように一対一の勝負を挑んできたからだった。ケンは武術には自信があったが、紫の軍団は武術の達人ぞろいだった。鋭い剣先が上腕をわずかに切り裂いた。激しい痛みが襲った。

 後方では激しい金属音が響いていた。ロボットは痛みを感じないため、相手の動きを覚えて徐々に反撃を開始し始めていた。ケンは必死だった。一対一の対決に加勢が加われば敗死が確実だったからだ。背後で激しい金属音とともに火花が散った。空中を飛んだ物体が壁に当たって、ケンの目の前に転がった。人間ならば悲鳴を上げていただろうが、転がったのはロボットの首だった。

このままではやられると思った瞬間、ある考えが閃いた。ケンは背後に飛び去る残ったロボットと背中合わせになった。対戦相手はその行動をひるんだと思った。ケンは早くと念じていた。

 それはあっという間の出来事だった。あの耳障りな金属音がかすかに聞こえたと思った時には紫の軍団は、見るも無残に切り裂かれていた。ある者は胴体を真っ二つにされ、ある者は手足が切断され、そしてケンの目の前にいた男の首から上は無くなっていた。ケンがあやうく殺されかけたあの怪物が今度はケンを救うことになった。怪物を遠ざける電子装置の有効範囲をミニマムからマックスに変更した。それにしても怪物の動きは目にも止まらぬ速さだった。デスゾーンは地上も地下も想像を絶する場所だった。アキラとユウコは無事なのだろうか。たった一人では、この作戦は実行不可能だった。それを確かめるには先に進むしかなかった。


 ユウコは遠くで悲鳴を聞いたような気がした。地下通路は暗く、湿った空気は生臭く淀んでいた。悲鳴は短く、連続して聞こえた。その声は男で、複数人だった。もし、その悲鳴がアキラとケンだったらと思うとユウコの心臓は激しく鼓動した。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた。暗い通路を数十メートル進んだところで、ユウコは立ち止まった。床と壁に鮮血が飛び散っていた。血溜まりには鋭利な刃物で切断された頭部が浮かんでいた。

 勇気を奮い起こして、前に回って切断された男の顔を見た。その顔はアキラでもケンでもなかった。おぞましい姿に変わり果てていたが、不思議なことに男には恐怖の表情は浮かんでいなかった。この男は恐怖を感じる前に殺されていた。そして、通路の先には別の切断された男の首が転がっていた。いったい何人の男たちが虐殺されたのだろう。

 ユウコは地下水路で失った武器を死んだ男たちから調達することにした。なぜか男たちは刀を主武器にしているようだったが、ユウコが選択したのは銃器だった。銃の腕前には自信があったが刀は不得手だったからだ。銃と弾薬を取り出そうとした時、暗闇に沈んだ通路の奥から、金属が床と触れる音がかすかに聞こえた。アドレナリンが一気に噴き出した。

 遮蔽物になる物がないかを探したが、何も無かった。壁際に身をひそめ、暗闇にじっと目を凝らした。暗闇に浮かび上がったのは薄汚れたロボットだった。故障しているのか足を引きずっていた。

ロボットの後ろに隠れるように歩いていたのは見覚えのある顔だった。

「ケン、無事だったの」ケンの顔に笑みが浮かんだ。「ユウコ、お前か」二人は再会を喜び合った。

「新しい仲間を見つけたのね」ユウコはロボットを見ながら言った。

「なかなか役に立つ奴だよ。もう1台いたが、この連中に破壊された」

「随分、凄腕のロボットなのね」惨殺と言っていいぐらいの惨状だった。

「この紫装束の連中を殺したのは別の奴だ。遺伝子操作が作られた怪物だ。俺もあやうく殺されかけた」ユウコの顔が一瞬にして、こわばり辺りを見回した。

「心配ない。この装置を身に着けていれば奴は襲ってこない。それより、アキラはどこにいるんだ」

「実は地下水路でアキラたちと離れ離れになってしまったの。アキラがどこにいるのかは分からない」今度はケンの顔がくもった。

「進むも地獄、退くのも地獄、進退窮まった感じだな」ユウコは進むしかないと決断していた。

「アキラは俺たちを見捨てることはしないな。先に進むしかないな」ケンもユウコと同じ気持ちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る