第6話 東京Ⅱ

 アキラは目を開けようと努力したが、瞼の自由がきかなかった。後頭部がずきずきと酷く痛んだ。体を起こそうとしたが、力がまったく入らなかった。薄暗い部屋にいることは瞼を通して感じる光の具合で分かった。自分が覚醒しているのか夢を見ているのか判然としなかった。

「目を覚ましたようよ」近くで女性が話す声が聞こえた。「この男は使えそうか」「まだ何とも言えないが、人命救助を命令より優先する男だ。協力し合えるかもしれない」アキラには数人いるらしい男女の会話の意味がまったく分からなかったが、自分が拘束状態にあることだけははっきりした。

 腕に鋭い痛みがあった。突然、体中に力がみなぎり始めた。あれだけ努力しても開けることが出来なかった瞼もすっと開いた。天井も壁も真っ白だった。ベッドの先にある窓にはカーテンがかかっていて、外の景色は見えなかった。

「アキラ、話が出来るか」目の前に現れた男は異様だった。一人の男の顔は鮮やかな緑色をしていた。隣の男の皮膚は魚の鱗で被われていて、銀色にキラキラ光っていた。ハイブリットヒューマン略して、2Hと呼ばれる新人類だった。2Hは米国が遺伝子操作することによって、秘密裏に生み出した人類だった。その最初の目的は長期間に渡る火星探検に耐えうる人間を作り出すことだった。まず試されたのは植物と人間のハイブリット化だった。植物の持つ光合成の能力を人間が獲得すれば、光から自ら炭水化物を作りだせるのだ。その結果が緑の肌を持つ人類だった。

 次に試されたのは魚類と人間のハイブリット化だった。深海での活動を可能にするため、遺伝子操作が行われた。成功したかどうかは極秘事項だったが、鱗を持つ男がその証拠に違いなかった。

アキラは突然、あの少年の謎が解けたと思った。少年が突然現れた謎は、少年がカメレオンのようにまわりの景色と同化させる能力を持っていれば可能だった。

 デスゾーンに隔離されているのは凶悪な犯罪者の他に2Hも含まれていた。その数ははっきりとは分からなかったが、数百人程度、多くても千人以下と言われていた。数は少なくても、その特殊な能力ゆえにベースの上層部は2Hを恐れていた。デスゾーンの最重要監視対象は凶悪な犯罪者とされていたが、2Hも重要な監視対象になっていた。

「ここはいったいどこなんだ」緑色の男は銀色の男にうながされるようにゆっくりと話し始めた。

「ここはデスゾーンの中だ。安心したまえ。私たちは君が考えているような犯罪者ではない」

「ベースを襲ったのは君たちだろう。あの連中とは私たちは関係ない。少年の行方を知りたいだけだ」アキラはこの時、自分が救った少年がすべての鍵を握っていることを知った。

「あの少年はそんなに大事なのか」緑色の男は思案しているようだったが、決心するように口を開いた。

「少年の名前はヒカル、変身する能力を持っている。犯罪者はヒカルを以前からつけ狙っていた。我々も少年を厳重な警護のもとにおいていたが、少年らしい好奇心から外部の世界を知りたかったのでしょう。その結果、ヒカルはベースから連れ去られて、デスゾーンのどこかに拘束されてしまった」アキラは緑色の男の話すことが真実なのかを推し量っていた。

「犯罪者がベースを襲ってまで、少年を拉致する理由が分からない。そして、君たちが私に救出を頼む理由も分からない」「チームで救出してもらいます。ユウコとケンも一緒です」

「断ればどうなる」「その選択肢を選ばないと確信しています」「承知したとして、私にどんなメリットがあるんだ」「ここから、大手を振って出て行けます。そして、もっと大事なことは、この世界の謎が解けるかもしれないのです」「この世界の謎とは何だ」

「アキラ、なぜデスゾーンが存在するのか。なぜ2Hとマイクロマシンが生まれたのか。知りたくないですか」「そんなことは歴史の授業で習っている」緑色の男と銀色の男が声を上げて笑った。

「習った歴史が正しいとは限らないでしょ」アキラに選択の余地はなさそうだった。

「ヒカルのいる場所は分かるのか」「行く場所はこちらで指示する。3人には武器も渡します」

「分かった。だが、探す方法はこちらにまかせてくれ。それが条件だ」緑色の男が手を差し出した。

アキラはその手を握ったが、ひんやりしていた。


 アキラがユウコとケンと離れ離れになってから、丸一日も経っていなかったが、もう何週間も会っていないような気分だった。実際、ユウコとケンの顔には疲労感が色濃く漂っていた。二人はこの予期せぬ展開に戸惑い、極度の不安に陥っているようだった。三人がいる部屋は正面の真っ白な大きなスクリーン以外は淡いピンク色で統一されていた。

「アキラ、本当に彼らに協力するつもりなの」ユウコはささやくように言った。

「他にここから出る方法があるのかい」この部屋には三人以外には誰もいなかったが、どこかで監視しているのに違いなかった。「ここの警備は隙だらけだ。部屋に鍵もかかっていないようだし、黙って出て行こう」アキラはケンがここがデスゾーンの中だと分かっていての発言なのかと訝った。

「待たせたな」ピンク色の壁から四人の男女が湧き出るように現れた。その出現の仕方があまりに突然だったためにユウコは悲鳴を上げた。

「隠れて見張っていたのか。信用していない証拠だな」アキラは非難するように言った。

「それはお互い様だろう。君たちは私たちを信用するしかない」一番年長らしい男がスクリーンの前に立った。その横にすらりとした美しい女が寄り添うように立っていた。

「作戦について説明する」年長の男にうながされて、女が話し始めた。女が指差すスクリーンに画像が現れた。

「デスゾーンの3次元地図です。ヒカルが拘束されている場所はここ」指差した箇所が拡大された。その場所はかって皇居と呼ばれた場所だった。天皇はすでにこの場所から退避して、古の都、京都に移っていた。皇居には江戸城築城時の秘密の地下通路があると言われていた。

「ここには犯罪者たちが作り上げた巨大な地下要塞があります」3次元地図は回転して、横からみた地図に変わった。地下要塞は何と5層の広大な物だった。

「地上から地下5層の最深部まで最大110mあります。そのため、この地下要塞は、100メガトンの水爆にも耐えられます」こんな巨大な地下要塞がデスゾーンにあることにアキラは心底驚いた。

「この地下要塞の詳細な構造図はあるのか」「ありますが、残念ながら最新の物ではありません」

「どうやって調べたんだ」「内部に協力者がいます。ちょうど1年前のことですが、大規模な改装が行われて、要塞内部は以前よりより複雑な迷路構造になってしまいました」

「地下要塞にはどのくらいの人間がいるんだ」「約200人です」アキラ、ユウコ、ケンの三人はほとんど同時にこの救出作戦が成功の確率が限りなくゼロに近いものだと思った。

「たった三人で本当にヒカルを救出できると思っているのか」四人の男女は押し黙ったままだった。

「正直に言おう。確かに困難の作戦だと思う。しかし、どうしてもやる必要があり、君たちの助けが必要だ。どんな協力も行う」「私たちは君たちの協力者として、作戦を遂行をするということなんだな」   年長の男は意を決したように言った。

「デスゾーンを支配する犯罪者たちは君たちが考えているよりずっと危険だ。2Hは彼らに支配されている。このデスゾーンでは我々は監視されている。だから、君たちがどうしても必要なんだ」

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