第4話 USA マーセラス・シェール鉱区

 リグがゆっくり動いていた。ここはアパラチア盆地のマーセラス・シェール鉱区の最後の採掘現場だった。2010年代に最盛期を迎えたシェール革命は半世紀も経たないうちに終末に向かっていた。米国に残っているリグはここを含めて、10本もない。供給過剰による激しい価格競争により、産油国も米国も資源の枯渇という悲劇的な結末を迎えていた。リグは分厚いコンクリート壁で守られていた。壁の上には東西南北の4箇所に重機関銃が設置されていた。恐いのはオイル泥棒ではなかった。奴らはすべてを破壊尽くすバッタの大群のようだった。

「来るぞ」レーダーの画面に最初に現れたのは複数の点だったが、それが集まって雲のようになっていった。「凄い数だ」声が震えていた。「どこから来るんだ」「全方位からだ」青い空にぽっかり現れた黒雲は巨大化して、リグに迫ってきた。

「無駄撃ちするな。近づいて来たところを撃ち落せ」4箇所に設置された重機関銃は6銃身のガトリング銃で電動モーターが銃身を回転させながら、1秒間に100発の7.62mmの銃弾を発射出来る最強の機関銃だった。

 最初の攻撃は西から始まった。敵は太陽を背にする作戦を取った。突撃してくる黒雲に向かって発射された銃弾が命中すると火花が飛び散った。4基の重機関銃の間にはM60機関銃を持った兵士がぐるりと配置されていた。その数は40丁以上だった。ガトリング銃の銃弾交換の合間はM60が応戦した。バラバラになった破片はキラキラと光を反射しながら地上に落ちて行った。

 黒雲は極小の飛翔体だった。その形状は昆虫型や鳥型など多岐に渡っていた。奴らは無秩序に攻撃してくるわけではなく、相互に通信し合い防御の弱い場所を攻めてくるのだった。

「次は南から来るぞ」「このままでは持ちこたえられない。空軍に応援要請をしろ」リグを守る要塞内部に設置された地対空ミサイルが発射された。このミサイルは対航空機用ミサイルを改良したもので、空中で爆発すると四方八方に鋭利な金属片を撒き散らす。その効果は絶大で数千の飛翔体が一気に破壊された。初めて、黒雲の勢いが鈍った。次々に発射されたミサイルが飛翔体を撃墜して、地面がバラバラになった破片に覆い尽くされた。

「引き上げていくぞ」空を覆った黒雲が去り、眩いばかりの青空が広がった。兵士から安堵の声がもれた。極度の緊張から解放された兵士が休息に入ろうとした時、見張番の兵士が大きな声を上げた。

「北東方向の地面が盛り上がっています」全員が一斉にその方向を見つめた。最初は蜃気楼のように地面がうねっているように見えた。うねりは次第に大きくなり、四方すべての地面が津波のように押し寄せてきた。

「奴らは地面の中だ」兵士に恐怖が伝播した。ガトリング銃とM60機関銃から凄まじい数の銃弾が波に向かって撃ち込まれた。波頭は銃弾に砕け散りながら、怒涛のように襲いかかってきた。地対空ミサイルは地下の敵には使えなかった。ミサイルを操作する兵士の頭上が突然暗くなった。見上げた兵士の顔に驚愕の色が浮かんだ。退散したはずの黒雲は要塞の真上にいつの間にか集結し、今まさに垂直降下を始めようとしていた。兵士たちは完全にパニック状態に陥った。

 押し寄せる敵に半狂乱のように機関銃を乱射し、銃弾が尽きると手榴弾を投げつけた。波頭がコンクリート壁に達すると灰色の壁が一瞬で黒色に変わり、水面が上昇するように兵士たちに迫った。垂直降下して来た黒雲は逃げまどう兵士に襲いかかった。顔に取り付かれた兵士たちの悲鳴が上がった。数秒後に現れたのは、皮膚を食い破られ、骨が露出した顔だった。眼球が抉り出された2つの穴が虚空を見上げていた。要塞を守る兵士が全滅するのに要した時間は数分間だった。


「R323、状況はどうなっている」リグからは何の応答も無かった。F35ライトニング戦闘機の3機編隊はリグが視界にとらえられる距離まで近づいていた。要塞からは複数の黒煙が上がっていた。レーダーには移動する物体の反応は無かった。

「様子が変だ。油断するな」要塞の上を旋回して、多くの兵士が倒れているのを確認した。手を振って助けを求める姿はどこにも無かった。動いているのはリグだけだった。

「本部へ。R323は全滅したようです。敵の姿はどこにも見当たりません」「こちらもR323とは連絡がまったく取れない。救護ヘリを向かわせているので、援護を頼む」「了解」要塞の上空での旋回行動を崩した瞬間、視界の端に影のような物が見えた。その影はあっという間に編隊に迫って来た。コックピットの後方左右のエアインテークに飛び込む激突音と同時に火花が散った。

 F35ライトニング3機編隊はジェットエンジンを一瞬で破壊されて、黒煙を上げながら墜落した。3機の内、1機は空中爆発した。残りの2機は火を噴きながら地上に激突して四散した。白い傘のような物がゆらゆらと空中に漂っていた。緊急脱出に成功し唯一人のパイロットは荒野に転がるように落下すると引きずられないように急いでパラシュートを外した。ジェットエンジンを破壊したのは知能を持ったマイクロマシンだった。

 奴らが人類に対して、牙を剥き出しにしてからすでに数十年が経過していたが、自己増殖能力と驚異的な環境適応能力を獲得していた。人工知能を持ったマシンが生命と同じように進化を始めたのだった。マイクロマシンは空中、地中、水中あらゆる場所で活動可能だった。集団行動も単独行動も自由自在、組み合わさることで形態も大きさも変えられた。

 パイロットは落下した射出座席を探した。救護ヘリが到着する前に座席に装備されている通信機と武器を取り出すためだった。奴らは驚くほど狡猾だった。人類が作り出したマシンが人類を滅ぼそうとしていた。当初、科学者たちはマシンには寿命があり、危機はいずれ去ると思っていた。

 しかし、マシンは減るどころか爆発的の増殖し、知能も高度化していった。マシンの増殖の謎は解明されていなかった。その謎が分かれば、人類は再び食物連鎖のトップに返り咲くことになるのだった。パイロットは敵に気配を悟られないようにゆっくりと歩を進めた。

 救護ヘリが近づいて来る音がわずかに聞こえてきた。急がないと救護ヘリは奴らの餌食になってしまう。「救護ヘリへ。R323には近づくな。全滅だ」「君は誰だ。どこにいる」「応援に来たが、撃墜された。生き残ったのは俺だけだ」「分かった。君の位置を教えろ」「リグの南東、約500m地点だ」

「了解、位置を確認した。周囲に奴らの気配はあるか」「いや。静かだ。奴らは特攻攻撃をかけてきた。どこに潜んでいるか見当も付かない」救護ヘリはサイレントモードに切り替えて、パイロットの近くに着陸態勢に入ったが、ローターによって砂が空中に巻き上げられた。

「早く乗れ」救助ヘリの開け放たれたドアから兵士が手招きしながら叫んでいた。パイロットが走り出し、救助ヘリの兵士の差し出した手に触れようとした瞬間、灰色の地面が一瞬にして黒色に変色した。液体のように滑らかな動きが津波のような激しさに変わり、あっという間にパイロットと救助ヘリを飲み込んでいった。

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