第3話 東京 ベース
デスゾーンの外側は、冬空のようにどんより沈んだ活気の無い街だった。日本は、3人に1人は高齢者という超高齢化社会に成り果て、政治経済、そして科学技術もすべてが沈滞していた。エアポッドはベースと呼ばれる本部に向かっていた。アキラがベースに顔を出すのは、2か月に1度の定期報告の時だが、巨大な無機質な建物と官僚組織になじめず、いつも早々に逃げ出したくなるのだった。アキラが出来れば避けたいベースに行くのは最新の設備と最高の医療スタッフがベースにはあるからだった。考えたくなかったが、ケンが懸念したように本部の了解を得ずに任務を途中で中止したことが、問題とされる可能性が高かった。
「エアポッドC11、着陸許可をお願いします。事件関係者を保護しましたが、危篤状態です。医療スタッフの準備をお願いします」「エアポッドC11、着陸を許可します。ベータ2に誘導します」誘導する女性の声は優しかったが、アキラは一度もベースで見たことが無かった。肉声ではなく、合成された声かもしれなかった。
わずかに呼吸をしているが、意識が戻らない少年を医療スタッフがストレッチャーに載せて運んでいった。アキラは両脇を警備員に挟まれる格好で特別室に連れて行かれた。ユウコとケンも別の部屋に隔離されたようだった。まるで犯罪者のような扱いだった。特別室で待たされること1時間余り、やっと現れたのはアキラのチームの監督官と鋭い目付きの男だった。鋭い目付きの男は監察官に違いなかった。監察官は重大な規律違反が疑われる場合に監督官と同席すると言われていた。
「なぜ任務を遂行しないで、帰還した」「少年は危篤状態で医療処置が必要でした」
「監督官に報告して、指示を待つべきだったのではないのか」 「一刻を争う事態と判断しました」
「行方不明の警察官の捜索の結果は」「一人の切断した頭部を発見しました。もう一人の行方は不明です」「任務を途中で放棄して、帰還することにチームのメンバーは反対しなかったのか」
「ケンが疑問を提起しました。ユウコの意見は聞いていません。決断したのは、私です。全責任は私にあります」「君の処分が決定するまで、本部で身柄を拘束する」「少年の容態はどうですか」監察官の語気は荒かった。「君に質問する権限は無い」監督官と監察官が去った後、アキラは今度は手錠をされて、再び警備員に追い立てられるように部屋を出た。ユウコとケンも取り調べを受けているはずだった。
荷物用のようなエレベーターに乗って、下降を始めた時、突然突き上げるような激しい震動によってエレベーターは緊急停止した。ベースはかって夢の島と呼ばれた埋立地よりさらに1キロ先の沖合を埋め立てた人口島の上に建てられた巨大な建築物だった。この人口島は周囲を海に囲まれ、橋も架かっていないため、戦国時代の城のようだった。
外敵に対する防備は万全だが、地震や台風などの自然災害には脆弱ではないかという噂も絶えなかった。アキラは首都直下地震だと直感した。警備員は完全に平静さを失っていた。
「閉じ込められた。助けを呼ぼう」エレベーターの中は照明が消えて真っ暗だった。警備員はエレベーター内の連絡用電話を取ったが、応答は無かった。
「非常用電源は動いていないのか」ほの暗い照明が灯った。「手錠を外してくれ」「逃げるつもりだろう」「どこに逃げると言うんだ。今は助け合う時だろう」警備員は顔を見合わせ、納得したようにうなずくと手錠を外した。
「エレベーターは22階と23階の間で停まっている。23階の扉を開けて、外に出るしかなさそうだ。誰が登る」2人の警備員はどちらも志願する気はないようだった。
「分かった。僕が行こう。すまないが、このかご室の上に出るので、手伝ってくれ」かご室の上に立って、23階のドアを見上げた。不思議なことにあれだけの地震の後なのに余震が無かった。アキラはロープを使って、23階にたどりつくとドアをこじ開けようと力を入れた。わずかに開いたドアの隙間を通して見た光景にアキラは衝撃を受けた。あちこちに人が転がっていた。
その時、エレベーターが突然動き出し、かご室は22階に停止した。激しい銃撃音と同時に警備員の悲鳴が上がった。一体何が起きているんだ。アキラは23階の様子をうかがった。デスクの下に隠れていた女性が逃げ出そうと走り出した時、背後から銃撃を浴びて、もんどりうって倒れた。反撃を試みた警備員も重機関銃の掃射で肉体が四散した。アキラはロープをつかむと上の階を目指した。ベースは何者かによって制圧された。地震だと思ったものは、強力な爆発物だった。ユウコとケンの安否も気になった。ロープをつかむ手が痛んだ。アキラは25階まで登った。この階から上は上層部専用で特にセキュリティが厳重なので、まだ敵の手におちていないことを願った。
ドアの向こう側からは何の音も聞こえなかった。ドアをこじ開けて、中に入るとそこは通信室のフロアと分かった。フロアは非常電源のほの暗い照明が灯っていたが、人影はどこにも無かった。通信機器が破壊されていることから、このフロアが放棄されたことは明らかだった。ベースの人間は退避したのか、それとも拘束されたのだろうか。
アキラは、床に転がっているヘッドセットの通信機を装着すると危険を承知でユウコとケンを呼び出した。反応が返ってきたのは、3回目の呼びかけの後だった。
「アキラなの?どこにいるの」「通信フロアだ。無事なのか」ユウコの声は震えているようだった。
「アルファ1に来て」ユウコの声は突然途絶えた。アルファ1はエアポッドよりも大型の飛行機専用の着陸スペースだった。なぜユウコはそんな場所にいるのか。ケンはどこにいるのか。疑問は尽きなかったが、仲間は見捨てるわけにはいかなかった。アキラはベースの上層階についての情報を持っていなかった。上の階に行くほど入室の資格が厳しく、IDカードと指紋認証がないとエレベーターにも乗れない。アキラは25階の非常階段から屋上まで駆け上がった。
アルファ駐機場にはエアスペースと呼ばれる大型機は1機も無かった。アキラが上空で見た時にはアルファには少なくても5機のエアスペースが駐機していたが、今は1機も無かった。ベースの上層部の連中はさっさと逃げ出したのに違いなかった。アルファ1はアキラのいる場所から一番離れていた。ユウコの姿はどこにも無かった。呼びかけにも応答が無かった。アキラが歩き始めた時、大きな影が突然現れた。上空を見上げて、アキラは驚愕の声を上げた。
空を覆いつくす巨大な飛行体が舞い降りようとしていた。その物体は淡いブルーに輝き、不思議なこと推進音がまったく聞こえなかった。直径は100m以上はありそうだった。手を伸ばせば届きそうなぐらいの高度まで降りてきた時にアキラは押し潰される恐怖を初めて感じた。目の前で花火が炸裂したような閃光が走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます