第3話

・劉那星の記憶を彼女の口調で


 宇宙人と言われて、まずどんな風貌を想像しますか?

 私は全身銀色で頭が大きく細い体の小人をまず思い浮かべます。そして上手な英語を喋って空中に浮かぶ円盤から光とともに、ゆっくり大地に降りてくる。

 彼らを目撃した者は誘拐され、改造やインプラントなどの身体を操作されてしまう。多くの場合は彼らの調査のためにです。

 侵略を考えている悪い宇宙人もいるけれど、地球人も馬鹿じゃないから、友好的な宇宙人と密かに結託していて、襲撃に備えているのです。

 そんな想像を学生時代から続けていました。でも、オカルト雑誌を講読して研究するほどでもなくって、こういう事も面白いよねって友達と話しすると、あんたってロマンチストよねって、あきれられるんですけどね。

 そうかな。面白くないでしょうか。

 私の故郷、北京は夜でも明るいのですが郊外の山に足を向けると、なかなか美しい夜空が広がっていて、光る砂が黒い絨毯にちりばめられているようでした。嫌なことがあったとき、良い事があったとき、私は散歩がてら夜空を見る為に友達を誘って足を運び、見上げて夢想していました。

 よく男性には勘違いされました。私は宇宙人を小さな頭の空想にとどめているのですが、それを利用とか、狙いだとか言われてわけがわからない話になり、体を寄せて来るのを避けるといつも、つまんねぇ、と言い出されました。

 最初に断ればいいのに。趣味が一緒だ、なんて言うから、じゃあ今夜行こうよ、と私は返事する。すると途中で男性は帰ってしまい、私は明け方まで一人ぼっちなんです。寮に帰るとルームメイトは決まって、今回こそやったんでしょうね、と寝そうに尋ねてくる。私はベッドに潜りこみ、流れ星を三つ見たよ、と返す。

 星という字が名前にあるせいでしょうか。星は好きです。でも、詳しくはありません。とことん調べて研究者にでもなればいいのでしょうが、そうしてしまうと、自分が嫌いになりそう……今までの楽しい空想が、妄想に変わるのが怖かった。

 実家は裕福ですから、小さい頃から衛星放送で他国のテレビ番組をよく見ていました。すると英語、日本語が身についてしまって。大学もそれなりのところへ。

 教育者を目指していました。いつか教え子にこんな話で、一緒に笑ってほしかった。

 でも、まさか、実際にこんなことがあるなんて。さすがに驚きました。


 マーヤー・ガンディーさんは、先ほど叩かれた頭をさすりながら言いました。

「1947年、ロズウェルで飛行物体が墜落した。よく分からない物体だったそいつを、当時の合衆国陸軍が回収したから、もう、一般人は国家の陰謀だとか、いわずにはいられないよね」

 先輩たちについて歩いていくと、行きかう人の数が、だんだんと少なくなっていきました。セキュリティーも厳重になって、いくつもの身分証明をして、廊下もせまくなっていくのです。

「ナシンちゃん、事実を風化させる方法、効率のいい嘘って、何だと思う」

 エレベーター内で、マーヤーさんは真顔で尋ねてきました。

「私は嘘が下手なので、わかりません」私はそう言いました。


「シンプルなものさ。ちょっとだけ事実を曲げればいい。その曲げたところを、あやふやに否定する。それだけさ」そして、それが難しいことでもある、とマーヤーさんは続けました。

「けれども国というのは、いつも疑惑を国民に与えているからね。まぁ、合衆国はそれを賢く利用したのだよ。

 墜落したのは正真正銘、気象観測用の気球だったのさ。あえてそこを追求させた。国民が本当に気球なのかと尋ねると、必ず軍事機密の、と付け加えた。秘密にする必要がないのにね。そうすると関心は別の方向に行く。あれは異星人の宇宙船だったのでは、とか。何故だか分かるかい? 軍事機密という言葉の魔力さ。国家権力を否定する力は突拍子無いものに限る。何故? やっぱり歯には歯をという国風だろうが……でも、宇宙人を回収したことは事実だった。正確には宇宙人らしきものだけど」

 らしきもの。私はわくわくしてきました。正反対に、マーヤーさんの冷たい視線、私に向けてではなく、エレベーターを降りた目の前にある、網膜認証する機械に向けての嫌悪感が漂います。マーヤーさんは指を咥えました。一人ずつ認証機へ向かいました。


 マーヤーさんの話は続きました。

「言葉に表せないそいつは公表できるものじゃなかった。当時は冷戦中だったから、仮想敵国の秘密兵器かもしれないとか……とにかく検査が必要だった。国が検査、検査としている間に、一般国民はロズウェルでの件を、国が異星人の死体を秘密裏に回収した事件、と勝手な解釈をしたのさ。風説の流行によって、結果的にほくそ笑むのは合衆国だというのに……で、事実は風化したのだよ。だって、回収したものは未だに正体不明なのだから、合衆国の知恵不足よりも嘘が目立ったわけだ。ほら、事実と少しだけ曲がっている」


 認証を済ませたスタッフは四人。マーヤーさんは壁にもたれて宙を、ぼおぅ、と見ていました。

「四十年以上、知恵を絞り続けてこれだ。いっそのこと、僕が告発しようかな。国は嘘つきだって……でも、マイナー・タブロイド誌で散々やり尽されたし」

「あんたが最後よ。ぼやいてないで、はやくして」

 ジュンコ・ナミジマさんが急かすと、マーヤーさんは爪を立てて頭を掻きました。そして、ずるずると廊下に座り込んでしまいました。

「ねぇ、主任を変える気はない?」マーヤーさんの質問に、私以外のスタッフはまたか、と漏らしました。


 宇宙人とのコミュニケーションという仕事は、それほど辛いのかと首をかしげていました。

「僕はもう別のことで生計を立てたいのだが、それにはみんなからの解雇要求がないと駄目だってさ。ナシンちゃん、僕なんかが主任じゃあ、嫌でしょ?」

「たしかに、印象は良くないけれど、それと勤務実績は別です。ただ単純に、いい大学を卒業しただけでは、その若さで主任になんて抜擢されませんよ。もっと別の、学歴以上のものが、マーヤーさんにあるはずだから」

「大学なんて卒業していないし、実績もない。頼まれたからやっているだけさ。僕なんかより、ニッキーの方がいい仕事するよ」マーヤーさんは指を指して言いました。

 

 名指しされたニッキー・ロビンソンさんは、スキンヘッドを撫でて、マーヤーさんの前に立つ。膝を曲げてマーヤーさんの視線に合わせると、なだめる様に静かな声を出しました。

「お前さんはよくやっているよ。先任のローディなんかより、よっぽど優秀だ。自信を持て。お前さんが主任になってから辞めたやつがいるか? みんなから仕事についての悪口を聞いたことがあるか? もうフリはいいから、本当の正直なマーヤー・ガンディーに戻れ」

「僕は、いつも自然体さ。そして仕事が嫌になってきた。興味を失いかけている。今、自分のやっていることに理由がないような気がする」

「あやふやじゃないか。せめて自分の気持ちは整理しろ。辞めるとかいう話は、それからだ。もうちょっとだけ頑張ろうぜ、な?」

 ニッキーさんがマーヤーさんの頭を撫でまわす。大きく息を吐いて、頷くとマーヤーさんは、くしゃくしゃになった髪を修正しながら立ち上がり、認証機へ向かいました。

 まるで、お父さんが息子に接するかのようでした。マーヤーさんが幼くみえる。マーヤーさんの心は、思春期の学生のように揺らいで見えました。

「とりあえず、今回をひとつの区切りにしたいな」マーヤーさんが呟くと、盗賊が呪文を唱えたように、ゆっくりと機械仕掛けの扉が開きました。


 そこはさながら映画の世界でした。コンピューターに囲まれた狭い空間。一体、どれが何を表示しているか分からないほどの計器。それらを監視、操作するスタッフの方々が十三人。音をたてず、早足であちらへ行ったり、こちらへ来たり。正直にいうと、息苦しい仕事場です。あくびは勿論のこと、溜め息をつくことすら許されない雰囲気で満ちていました。


 隅に扉が三つ、並んでいます。その内の一つ、左端の扉は、とても人間の力では開けられないような、重たそうな扉でした。

「あのゴツイ扉の奥が宇宙人の居住空間。その隣が僕たちの休憩所。早速、着替えようか。女性が右の部屋、男が真ん中。はい、作業開始」説明するマーヤーさんを先頭に、ロブさんとネス・スミスさんの男性三人が扉に向かいました。

「ちょっと待って。男は右の部屋を使って。私たちが真ん中の部屋を使うから」

 ジュンコさんでした。私にもおおよその見当はつきますので、同意しました。

「ナシンがそう言っている理由、分かるでしょう、マーヤー?」


「信用が落ちた、ということだね。願ったり叶ったりだ」

 ふてくされたようなセリフと表情を浮かべて、マーヤーさんが右部屋に入ってしまいました。ネスさんたちも、そこまで警戒しなくても、と呟いて右部屋へ向かいました。

 右部屋の扉が施錠された音が鳴ると、ジュンコさんが真ん中の部屋へ。私は、勿論、彼女に続きました。


 先ほどの仕事部屋より狭いはずですが、複雑な計器類がない分、広く思える。人もいません。白い壁、シングルサイズのベッドが四つ、テレビ、ソファー、テーブル、給湯スペース、ロッカーがありました。

 ジュンコさんは白衣を脱ぎ、大荷物を持ってロッカーへ直行しました。

 私もロッカーへ。先ほど着せられた宇宙人の着ぐるみを脱ぎ、ロッカーに押し込めました。パンツ・スーツを下に着ていたので、着ぐるみの中はさながら亜熱帯気候です。うっすらと汗をかいています。この私の身なりを見て、ジュンコさんは少し驚いたように尋ねました。

「中国人女性の礼服って、チャイナ・ドレスじゃないの?」

「あ……チーパオのことですか? 私は漢民族ですから着たことないです。厳密に礼服というと漢服なのですが、もう洋装でもいい風習になっているので」

「私は着物。でもね、窮屈だから好きじゃないのよ」

 知り合いの日本人女性は、みんなそう言います。見た目の華やかさというのは、努力なしでは得られないということでしょう。

「お金の問題もありますし、みんな揃って洋装、というわけにはいかないのでしょうか」

「やっぱりそう思うよね? 私はずっと進言しているのに、マーヤーのやつ、日本人は着物だって聞かなくて……感性で生きているやつに理屈は無用ってことよ。ほんと、腹立つ」

 そう言いつつジュンコさんは、慣れた手つきで長襦袢に袖を通す。私は見ているのもなんだから、給湯コーナーでコーヒーを二人分淹れました。

「マーヤーには気をつけてね。ただの阿呆だから」ジュンコさんは桜色の艶やかな振袖を見事に着こなし、壁に掛けられた鏡を覗き込み、髪を整えながら続けました。

「天才だとかまわりは持ち上げているけどさ、自覚もないし、第一、人間に興味を持たないし」

「でも、天才なのでしょう? どの分野の方なのですか?」

「本人は哲学だって言っているけど……そうそう、こんな話があるの。マーヤーの発想から作業完了までの三十分間」

 美人に磨きが掛かったジュンコさんは、ソファーに腰を降ろして、コーヒーを一口飲み、教えてくれました。

「私が彼と初めて会ったときもコーヒーだった。昼休み、カフェテラスの隅っこで、マーヤーはスペアリブのオーブン焼きを前にうつむいていた。私が、食べないの、って声をかけると、食べ方を知らないだって」

 インドはヒンドゥー教徒が多いから、菜食主義の方も多いといいます。でもカーストによっては、お肉を食される方もいらっしゃいます。余談ですが、中国人だって猫を食べる方は稀です。椅子も車も食べません。あれは悪い冗談ですからね。

「じゃあ何故オーダーしたの? 当然の疑問よね。彼は表情を変えずに、なんとなく背信行為を味わいたかった、だって。

 私は彼に興味を持ったわ。その頃は見るもの全部が新しくて面白かった。で、マーヤーはどうやって作ったのだろうと呟くの。私が味付けした豚肉をオーブンで焼いたものよ、と答えると、それは大胆な料理だ、創造主も舌を巻くだって。私は彼を面白いやつ程度に思って相席した。話をすると、彼は三日前に合衆国に来たばかり。私も日本から来たばかりで、縁を感じたわ」

 ジュンコさんの瞳が透きとおった水晶のように優しい光を放ちました。

「彼はね、頭が良かった。話をしている間もずっと考え事をしている素振りなの。遠くを見ているように、ぼおっとして……人と目を合わさないのは、きっと心を覗かないようにしているのね。頭が良すぎて心まで分かるから……なぁんてね、思い返すと、すごく恥ずかしいことを考えていたわ。

 やがて所長がやってきて早速、仕事の話かね? 食事ぐらいゆっくりしたまえと話に入ってきたの。私が適当に受け答えしていると、突然、マーヤーが、あれは何ですか? と監視カメラを指差すの。気になるとトコトン追求するのよね。私と所長が監視カメラの説明すること二十分。マーヤーは突然メモを取り出して、凄まじい勢いで何か書き出した。五分後に筆を止めて所長に、これ使います? だって。メモに書かれていたのは0と1の羅列。馬鹿らしいけれど、スペアリブと監視カメラをもとに、マーヤーはウイルスを考案して、作ったのよ」

「ウイルスですか?」

「コンピューターウイルスだけどね。一時期流行したわ。アグニっていうの」

 アグニとは感染したコンピューターのデーターを全て指定のサーバーに送信した後、コンピューター自体を発火させるという、凶悪なコンピューターウイルスです。現在では対応ソフトが普及して、被害はないのでした。

「本当に、すごい人なのですね……」

「毎日がそれの繰り返しならね。そんなひらめきは三ヶ月に一度あるかないかよ」

 コーヒーを飲み干して、ジュンコさんは溜め息をつきました。

「知恵と知識と性格は別物。感覚だけで生きる人間ほど、やっかいなやつはいないって、付き合ってみてよく分かった」

 ジュンコさんの瞳が鈍い光を放ちました。鉄のような、重たく、冷たく、落ち着いたというより、あきらめた、疲れてしまった、と言いたげでした。

 仲よしなのですね。分かり合いすぎて嫌いになるぐらい知ってしまったのでしょう。

 扉から呼び出し音が鳴る。みんなが待っているのでしょう。ジュンコさんは立ち上がり、私に背中を向けて、呟きました。私には呪文のように聞こえました。

「もっと知りたいのよ」


 すると扉が開きジュンコさんの目の前に、白地のクルタ、黄色のドーティを腰、頭はターバンを巻いた、よく分からない格好をしているマーヤーさんが立っていました。

「やっかいでしょう。ナショナリズムの欠片もないの」振り返ったジュンコさんは笑みを浮かべます。疲れの漂う、営業用笑顔でした。

「何のことか分からないが、まあいいか」マーヤーさんは私たちに背を向け、歩き出しました。

 御自身は気がつかないのでしょうが、ジュンコさんの目は、マーヤーさんだけを追っています。いつも瞳に入るように動かせていました。

「僕とジュンコ以外は洋装か。これじゃあ、狭い世界と思われても仕方がない」

 マーヤーさんの言うとおり、ネスさんとニッキーさんと私は洋装でした。仕方がないのです。礼装だけは世界共通になりつつありました。

「ナシンちゃん。世界の実状は欧米文化の横行だなんて雰囲気をかもし出さないように。食事は個人の宗教、国柄を取り入れて――といっても、最初だけで後は自由だ。断食してもいい」

 だからニッキーさんに調書をとられたのか。基地見学の前に、私は好きな食べ物から趣味まで、様々なことを聞かれたのでした。


「マーヤー、一ついいか」ニッキーさんです。申し訳なさそうに、声のトーンが低い。

「仕事内容について、ナイシンには、ほとんど説明してない」

「自己紹介の調子で何となく分かっていたさ」

 左端の重い扉を開けるために、マーヤーさんは暗証番号を入力していく。十桁以上の数字の羅列を平然と、お喋りしながら正確に入力していきました。

「宇宙人の生態調査だ。彼らが何を考え、何をするか、それをみんなで調べよう。あわよくば、地球人の起源が分かるかもしれない……というのが表の仕事」

 マーヤーさんは淡々と喋りました。

「彼らにあからさまな質問はしないこと」

 電子音が鳴り、扉が開きました。

「質問しなければ、何もわからないじゃないですか」私の素朴な疑問でした。

「うん。だから何もわかっていないのだよ。一緒に生活しながら何気なく尋ねる。この魚を知っていますか、この肉を食べたことはありますか、とかね。露骨に問いただすと彼らは口を噤んでしまう」

「何故ですか?」

「それもわからないのだよ」

 扉の向こうには、真っ白な空間でした。何も無い、二十メートル四方の部屋。壁はクッションのような、弾力のある素材で出来ていました。

 部屋の片隅に、私より小さな、一体のマネキンが転がっていました。

「あれが宇宙人の入れ物さ」マーヤーさんは、マネキンを指差しました。

 

 ネスさんが歩み寄ってマネキンの頭を起こします。マネキンの後頭部に何か、ケーブルのようなものがついていました。

「まだだ。来ていない。遅刻かな」マネキンを床に置いて、ネスさんは腕時計を見ました。


「ナシンちゃん、あれがさっき言ったロズウェルで回収されたものだよ。あれに宇宙人が入ってくるのさ」ニッキーさんです。


私は「近くで拝見させてもらっても?」と言いましたが想像したほどの興奮は、もうありませんでした。


 どうぞ、とニッキーさんにエスコートされて、私は宇宙人の入れ物に近づきました。

 触ってみるとプラスチックのような滑らかさです。でも、かたい。弾力のない肌でした。間接もあるのに、力を入れても曲がりませんでした。

 目や口、鼻、耳、髪の毛に体毛も、生殖器もない。本当にただのマネキンのようでした。

 私は騙されているのでしょうか? これは、さっきの仮装のように、新人の反応を見て楽しむというものでしょうか?


「ここを見てみろ」ニッキーさんは真顔で、マネキンの後頭部を指差し「ここが、唯一の外部接点。このケーブルは外の機械に繋がっていて、それらはパラボラアンテナに繋がっている」と、説明をしてくれました。

「そこから入ってくるのさ。不定期に、予告して」

「サイボーグとかアンドロイドの類ですか?」

 私が質問するとニッキーさんは、マネキンの腕をつかみ、あろうことか、人間でいうところの肘を、曲がらない方向へ二つ折りしようとした。ニッキーさんは顔を真っ赤にして力を込めました。

「折れないだろ? 記録では戦車が体当たりしても無傷だったそうだ。こんな機械が量産できたなら、俺たちの文明はもっと発展する」

「オーバーテクノロジーというやつですか?」

「ああ。俺たちはこれをP・Cと呼んでいる」

「略語ですか? どういう意味です?」

「Problem Child(問題児)」左手首を揉む日本さん。本気で力を入れたという証明だったのでしょう。

 私はマーヤーさんに聞きました。

「内部はどういう仕組みなのですか」

「わからない」きっぱりと、一刀両断されました。

「Ⅹ線も赤外線もP・Cは通さない。解剖を試みたが、メスはおろかウォーターカッターでも傷つかない。ゆえに、外科的分析は不可能という結論さ」

 なんとなく、想像がつきました。つまり、精神的に解明するしかない。一時、WEBで流行したような解剖実験ではなく、言葉を交わして、どういう素材で作られたのか、作成過程、作成目的、作成者を聞き出すのが、この仕事だったのです。

 疲れをおぼえました。

 おかしいとは思っていたのです。みんな『宇宙人』というけれど『異星人』とは一言も発していないのですから。隠語だったのでしょう。

『宇宙人』とはいわばプログラムのことで、私たちの仕事は彼らと会話し身体の謎を解明する。決して知的好奇心だけではなかった。

「みなさんの気分、何となくわかります」

 幻滅しました。私は、馬鹿でした。

「はしゃいで、すみませんでした」


「謝るなよ」ネスさんです。私の肩をポン、と軽く叩いて白い歯をみせてくれました。

「あいつらの中にも、結構面白いやつがいる。子供を相手にしている仕事、幼稚園の先生と思えば、やりがいのある仕事さ」

 それもそうですね。でも、自分たちの仕事を、選んでしている人には無縁だけれど、利用される気分は、良いものではありません――これが本音でした。

 そのとき、私はもう少し、考えていればよかったのです。

 

 ただの小娘が何故、合衆国の秘密基地に?

 大した成績も、卒論もない私を抜擢した理由は何だったのか。もっといえば、抜擢した人の本意、思想、精神、感情――そして彼の目的とは?

 すべては、遅いのです。私は、あの人のようにはなれません。

 私の疑問は尽きませんが、あの人の行動は、絶対に真似してはいけないという結論は出せます。

 でも、私はそのとき、笑うことで精一杯だったのです。


 #

 これは劉那星という子の記憶なんだ。こうやって視点をごろごろ変えていくよ。次は……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る