第7話 この頃流行りのおかしい子
私にとって、中村さんという人物はまるで嵐の様な人だった。
仕草、言動、行動、そのどれもが私の好みに合致して、初めて母に連れて行ってもらったあの店で会った時には、雷に打たれたかの様な衝撃を受けた。
やや気怠そうな感じの、ダウナーなオーラを出してはいるけどとても優しくて気遣いも細やか。
出会いは一年以上前だったけど、私は事あるごとに携帯の不調を訴えて……もちろん虚偽だけど。
とにかく理由をつけては中村さんに会う為にあの店へと足を運んだ。
あの人と過ごす時間だけが、あの頃の私にとっての生きがいだったと言ってもいい。
先に言っておくと学校に友達がいないとか、いじめられているだとか、そういった悲惨な事情は私にはない。
ちゃんと学友はいるし、たまにではあるけど遊びに行くことだってある。
ただ私が通っている高校は所謂お嬢様高校というやつで、簡単な話女子高だ。
校則でアルバイトも禁止されているから、異性との出会いなんて教師くらいしか対象になりそうな人はいないし、大体の先生はもう相手が決まっていたり結婚していたりと私には縁がなかった。
つまらない三年間を過ごすことになりそうだ、なんて思っていた矢先の、中村さんとの出会い。
あの日から私の人生は色を変えた。
しかしある日を境に中村さんはあの店から姿を消した。
それも忽然と、前触れもなく。
中村さんを見なくなってから、店内に入ることはなくとも店の前をうろちょろしたりして、中村さんがもしかしたらバックヤードにでもいるんじゃないかって期待をしたりもしたが、ある日意を決して他のスタッフの人に聞いてみたところ、中村さんは店を辞めた後だった。
事情については聞かせてもらえなかったが、どうもいい話ではないという雰囲気が漂っていて、中村さんの名前を出しただけで他のスタッフがピリついているのがわかった。
だから私は、この人たちは全員私の敵なんだと判断して、その店には二度と足を運んでいない。
携帯が本当に調子悪くなったりした時は、以前中村さんから教えてもらったことを実践していた。
具体的には、わからないことはネットが教えてくれる、というもの。
幸い家にネット環境があって、親のものだけどパソコンもあったので調べものには事欠かなかったが、それでも中村さんに教えてもらえることはもうないのだと考えると涙が出そうになったこともある。
だけどちゃんと中村さんが生きているのであれば、何処かで必ず会えるはずだと、私は学校のある時間以外と門限までの時間は中村さん捜索に時間を費やした。
友達にいらない詮索をされても面倒なので、適当な理由をつけては誘いを断り、探し回ること半年ちょっと。
たまにはゆっくりしなさい、という母の言葉もあって私はたまには母の手伝いでもして親孝行しとこう、などと思い立った。
そしてまず買い物に付き添って荷物持ちでも、と思って安いスーパーがあるのよ、という母についていった先で、私はとうとう見つけた。
キョロキョロしたりすることもなく、手際よく籠に買うものをどんどんと詰めていく姿。
無駄の少ない動き。
何よりあのダウナーな雰囲気。
見間違えようがなかった。
長いこと私が探し求めていた、中村さんその人だった。
「中村さん……ですよね?」
「……え?」
焦ってはいけない、と思いつつも体が言うことを聞いてくれなくて、思わず声をかけてしまう。
そして声をかけられた中村さんは、きょとんとしていて何だか可愛らしかった。
確か年齢は私と二十近く違うと聞いていたが、年齢よりもずっと若く……いや幼くさえ見える。
そして中村さんは、私のことを覚えていない様だった。
ショックすぎて思わず犯罪係数が四百とか超えそうな勢いだったが、ここにドミネーターとかなくてよかったと思う。
再会してすぐに体が破裂してスプラッタとか、中村さんにとってはトラウマにしかならないもんね。
私が先走って中村さんに声をかけたのを、母も見ていた様ですぐに私に追いついてきて母も中村さんに挨拶をして、中村さんは漸く私のことを思い出してくれた様だった。
やっと、やっと再会できた。
その思いだけが先走って、母が諫めるのも構わず私はとにかく押しまくった。
住んでいるのは何処なのかとか、連絡先であるとか、聞けることは何でも聞いておきたかった。
近くに住んでいる、と言っていたので、もしそれが本当なのであれば私も最悪歩いてだって通い妻が出来る。
そして中村さんが離婚して子どもがいるけど一人暮らしであることは、一年近く前に本人から聞いている。
もしかしたらお付き合いしている人がいるかも、と思ったこともあったが、長きに渡る独自の調査の結果それはない、という結論に落ち着いた。
つまり今は中村さんは正真正銘一人。
私が正妻として居つくことだって十分可能ということだ。
早く帰りたそうな雰囲気満々な中村さんを、敢えて放流して少ししてから私も後をつける。
母は頑張れ、と背中を押してくれたので、仮に体の関係になったとしてもそこまで大きな問題にはならないだろう。
いざとなったら中村さんの赤ちゃんとか身ごもってしまえば、私たちを邪魔する者は誰もいなくなるだろうし。
そして私の念願叶って、とうとう中村さんの住居を突き止めた。
尾行なんて初めてやったけど、案外上手く行くものだと思った。
中村さんが閉めようとしたそのドアを、私は疾風のごとき速さで駆け寄ってこじ開ける。
またもぽかんとした様子で私を見ている。
「え、えへへ……来ちゃいました」
ちょっとぶりっ子して言ってみたつもりなのに、彼の心には少しも響かなかった様で私はまたもショックを受けた。
だけど別にいい。
既成事実さえ作ってしまえばこっちの物だ。
若い女が嫌いなんて男はそういないと思うし、中村さんだって男だ。
女の色香に惑わされないということもないだろう。
なので私は玄関先での告白という暴挙に出て、やや無理やりではあるが玄関まで侵入することに成功した。
もちろん、私の告白に心動かされたとか、そういうロマンチックな理由などではなかったのだが……。
そして中村さんは、事もあろうに京都のお客に帰ってほしい時の風習なんかを真似てみせる。
私が知らないとでも思っているのか、滑稽で可愛らしかった。
それからガス抜きをしたいだの、私に嫌われようと必死で様々な言い訳を用意していたが、私からしたらそんなことはどうでも良かった。
自家発電の話についてだけは、少しだけ興味があったけど……自分が家の環境的に出来ないからやらない、と言ったら物凄く引かれた。
その話に起因して、というわけではないが中村さんに関係を迫ると、今日帰ってくれるならキスしてくれる、というとっても魅力的な提案があった。
子ども相手だしほっぺにチューで済まそう、なんて考えていたみたいだが、そうは問屋が卸さない。
やり口が読めていれば、対策だって建てようがあるのだ。
そう、インパクトの瞬間、私は敢えて中村さんの方を向いた。
当の中村さんはそんなことをしてくるとは思ってもいなかったみたいだが、子どもを甘く見過ぎだ。
女の子は中村さんが思っているよりもずっと狡猾で、ずっとエッチな側面を持っているのだ、ということ。
そして私は中村さんの唇を盗むことに成功し、興奮が最高潮に達して叫んでしまう。
「……やった。うおおおお! やった! 中村さんとチューした! あははは! やったー!!」
玄関で、恥も外聞もなく、私は絶叫した。
喜びに打ち震え、そして何故かそのまま私は玄関を出て、家に向かって走っていた。
もしかしたら、その時の私は周りから見たら狂人に見えたかもしれない。
だが、私は勝利した。
これで既成事実は一つ、出来たのだ。
中村さんが私のものになる日はそう遠くない。
そう信じて私は家に帰り、息を整えて母に今日のことを報告した。
「……あ、あんた本気でそんなことしたの?」
「当たり前じゃん。JKは強いんだよ」
「……中村さん、可哀想に……」
「はぁ!? 何でよ!? 私みたいな可愛いJKとチッスできたんだよ!? 内心では絶対嬉しいはずだって!!」
ややというかもはやドン引きで、母は真っ青な顔をしていた。
私のしたことは絶対に間違っていない。
結果として中村さんが良かった、と思えれば全てはハッピーエンドなのだから。
「あんたね……相手の意向も確認しないでそういうことするなんて……昔からちょっとずれた子だとは思ってたけど……」
「ちょっと、何で私の頭がおかしいみたいな流れになってるの? 中村さんのこと、気持ちよくしてあげたら結果的に無問題じゃない?」
「あのねぇ……そういうの、外では言わないでよ? 未経験のお子様が粋がってるのとか、見てる方が恥ずかしいんだから」
「…………」
おかしい。
私がしたことは、間違っていないはずだ。
長い一人暮らしで、男であるところの中村さんは色々溜まっているはずだ。
なら私みたいな可愛いJKに言い寄られたら、ありがとうございます! とか言って寧ろ土下座くらいしてきてもおかしくないって私は思うのに。
世の中何か間違っている。
だけど、明日から通い詰めて絶対あの人の心を手に入れてみせる。
親におかしい子だと思われようと、友達に見捨てられようと、私は絶対に中村さんと結ばれる。
そう心に決めて、その日は寝床についた。
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