理月OP
ここは、この辺りで唯一のバッティングセンターだ。
施設としてはなかなかの充実ぷりで、80kmから150kmまで計8台、変化球指定の出来るマシンすらある。
ストラックアウト用のピッチングマシンもあったりして、至宝学園女子のみならず、周辺の野球部や、野球好きに重宝されている。
――ここに来れば、誰か一人くらいいるかと思ったが――……。
遅い球速のバッティングマシンから、順繰りにバッターボックスを覗いていく。
いないな、と思いかけたところ―― 最速の150kmの端っこで、やっと見慣れた顔を発見する。
整ったバッティングフォームで、150kmのストレートを難なく打ち返していく。
人間の投げる そ れ とは違うとはいえ、年頃の少女が軽々と打ち返す様は、圧巻を通り越して、異様ささえも感じさせた。
そうこうしている内に1ゲーム・20球が終わりを告げたようで、小さく息を切りながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
その途中で、オレの姿に気付いたようで、彼女は花が開くようにパッと笑顔を咲かせた。
「やっほー、コーチ、おはようさん!
何しとんや、こんなとこで!」
「よぅ、理月。
相変わらず元気だな」
「なんやー、変な言い方やな!
それやと、うちがいつでもアホみたいに元気な、万年お天道娘みたいやない!」
……いや、実際その通りだが。
明るい関西弁の彼女―― 一年の 結川 理月(ユイカワ リツキ)。
彼女も、当然、至宝学園女子の一員だった。
守備位置は外野が多く、守る方と言うよりも打つ方を得意としている。
その胴体視力と、スプリンターのしなやかな筋肉で、見かけ以上に強く、遠く、打球を飛ばす。
至宝学園でも、指折りの打者だった。
元々、生まれ故郷の関西で、女子野球部のある高校へ推薦入学が決まっていたが、“家庭の事情”でこちらに転校。
なんやかんやあって、この至宝学園に入学することになった。
「それで、何やの?
うちを探しとったん?」
「あぁ、時間、構わないか?」
「ちょーっと、忙しいんやけどなー!
まぁ~、コーチのためやったら、しゃあないな~。
ちょっとだけやでー?」
「ホントに忙しいのかよ。
……まぁいいや」
そう言って、併設されている休憩室に移動する。
折り良くも、誰も使っておらず、落ち着いて話せそうだった。
「とりあえず、練習再開と合宿の話」
「お、やっとかー。
待ちわびたわ~」
「やっと、って。
部活休みなのは、たったの四日間なんだけど……」
「だって、四日もやで!
やることないし、暇やわー。
遊び回るほどお金もないし、そうそうこんなところにも来れんし――……。
やっぱ、部のみんなと、わいわい練習してるのがいっちゃん楽しいわ!」
「――そうか」
それは監督・コーチとしては光栄に思うべきなのだろうが――……。
理月の青春は、それでいいのだろうか。
そんな余計なお世話を思い浮かべてみる。
「まぁ、練習再開は、17日の朝9:00、グラウンド集合」
「はいはい、それでそれで」
「まずはミーティングからな。
で、合宿が、27日から4日間」
「ふむふむ、そんでそんで」
「雲條高原の、小夏の実家・夏海旅館な。
持ち物は、まぁ、ふつうの旅行セット一式と、いつもの部活装備。
ほかはこっちで用意してるから」
「―― は よ ボ ケ ぇ ー や ! 」
「 な ん で だ よ !」
突然の逆ギレツッコミに、素でツッコミ返す。
ど こ に ボ ケ る 必 要 の あ る 箇 所 あ っ た 。
そんなオレの心の中を読んだかのように、理月は続ける。
「ボケる箇所、三箇所もあったで!
それをスルーするなんて、ボケ失格や!
ツッコミ殺しもえーとこやで!」
「いや、別に、ボケ役になったつもりないし―― 漫才コンビ組んだ記憶もないし」
「アカンわー、コーチ――……。
そんなんじゃ、関西でやってけへんでー」
「いやいやいや……。
ボケツッコミしない関西の人もいるからね――」
「 お ら ん わ 、 そ ん な ん ! 」
「 い や 、 い る か ら ! 」
「そんなん関西人やない。
ただの似非や、似非!」
謝 っ て 、 全 力 で 謝 っ て !
個人の性格や向き不向きってあるから!
「 話 ズ レ た や ん !
は よ 戻 し ー や ! 」
「 誰 の せ い だ よ ! 」
「まーまー、それはえーから、はよう」
「はぁ――……」
流されるように押されて、もう一度思考を張り巡らせる。
部活の話と、合宿の話はした。
――した、はずだ。
……と、いうことは、残るはアレだけだ。
そこに考えついて、オレの額にしわが寄る。
それに気付いたのか、理月はスマートフォンをタップするかのように額の前の空を切って見せた。
「なんや、顔真似か~?
あんま、似とらんでー」
「――いや、してないし。
……誰にだよ」
突然の不名誉なダメだしに唇を尖らせる。
そんな様子を、理月のヤツはケラケラと笑いながら見ていたが。
ふぅ、と、大きくため息を吐く。
「なんやなんや。
はっきりせぇへんなー、珍しい。
何かあったんかいな?」
「何か―― は、あったよ。
部長とな」
「部長?
アッキャマン先輩と?」
「あぁ、えぇと――……」
オレは、やっとのことで事情の説明に取りかかる。
始めこそ、うんうん、と、相槌を打ちながら聞いていた理月だったが、話が進むにつれ、黙り込んでしまった。
「――と、まぁ、そういうことでな」
「……」
「なんで、理月にも、協力してもらって……」
「……イヤや」
「――え?」
「――うちは、認めへんからな!」
「は…… え?」
突然上げられた声に、思わず素っ頓狂な声を返す。
……一体、どうしたって言うんだ?
いつもの、明朗快活な理月とは打って変わった印象に、呆気に取られる。
そんな間にも、理月はおもむろに立ち上がり、わなわなと拳を震わせた。
「コーチは―― コーチは、コーチや!
そうやなくなるなんて…… うちは、認めへん!」
「い、いや――…… ちょっと、待て――っ」
「いーや!待たへんっ!
うちがえぇって言わん限り、コーチはコーチのままやからな!」
――そう、捨て台詞を残して、颯爽と去っていってしまう。
追いかけるように部屋を出たオレだったが、その頃には、理月はもうセンターの出口から消えていくところだった。
ポカン顔のままのオレは、しばし呼吸も忘れたままで、いつもとは違う印象の理月の後ろ姿を見つめていた――……。
――……。
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