御幸OP

 人並み行き交う雑踏の中だった。

誰か一人くらいにはすれ違うんじゃないかな、と、そんな期待をしながら適当にぶらつく。


お盆も過ぎた夏休み。

そんな時期の地元のショーケースの前には、およそサラリーマンと主婦、時々子供と私服の学生たちが行き交っていた。


少し歩いた先で、ふと、見知った顔を見かける。

“彼女”は、商店の一角で、小さく腰掛けて、ぼんやりと視線を漂わせていた。

そんな姿に疑問を持ちながらも、オレは彼女に歩み寄る。


「よう、御幸」

「……コーチですか。

 おはようございます」

「あぁ、おはよう」


おはようという時間かどうかは微妙なところだったが、まぁ、置いておく。


いつも凛とした冷静な振る舞いで、至宝学園女子の扇の要を守っている、

二年の古河禰 御幸(コガネ ミユキ)。


今日は、デニムのオーバーオールに、猫のイラストの描かれたTシャツというラフな姿だった。

それらに加えて、短く切りそろえた色素の薄い髪が、妙に彼女を幼く見せた。

普段見るジャージやユニフォームと違う、彼女の姿は、妙にアンマッチで可笑しく見える。

そんな機微を目敏く捉えたのか、彼女はオレに疑問の視線をぶつけた。


「……?

 何か?」

「――いや、なんでも。

 今日は、一人か?」

「はい。

 もし、二人以上に見えるのなら、眼科か心療内科の受診をお勧めします」

「 イ ヤ 、 ダ イ ジ ョ ウ ブ デ ス 」


「一人で、何してるんだ?」

「――?

 質問の意図がわかりません」


うーん……。


御幸の対応は、いつもこんなものと言えばこんなものだが、ここまでつっけんどんな感じだったろうか?

オレの頭の中がそうだから、そんな風に見えるだけなのか。


「いや、ただ単に何してるのかな、って、気になっただけなんだけど」

「……そうですか。

 強いて言えば、ショッピングと人間観察ですが?」


何か?、と言わんばかりに返答する。


うーん、やっぱり、いつもの御幸の態度とは少し違う気がする。

だが、とりあえず、そこに触れても仕方がないだろう。


「そうか。

 とりあえず、部活の関連で、2、3、話したいことがあるんだけど、いいか?」

「構いません。

 ――私からも、伺いたい……。

 ……いえ、伝えたいこと、が、いくつかあります」

「?

 何だ、先に聞こうか?」

「……いえ。

 後にしましょう」

「……そうか――?」


一体、何を訊こう、言おうというのか。

そっちのほうが気になるわけだが…… 後で、と言われた以上、それに従う他はない。


……こっちの用件を先に済ますか。


人通りを避けて、少し離れた先の公園のベンチに誘導する。

……。


「で、まずは。

 夏休み中の部活の予定だけど―― 

 まず、17日の9時から再開で、クラブハウス集合のミーティングから」

「はい」


「――で。

 その後、合宿が27日の朝集合で、二泊三日で雲條高原の夏海屋旅館。

 ――問題ないか?」

「問題ありません。

 私から、連絡網に回しますか?」

「あー…… それは助かるけど、とりあえずいいや。

 それ以外の話もしなきゃいけないし」

「……そうですか」


事務的に訊いただけで、他意はないのだろう。

食い下がることもなく、それを受け入れる。


彼女―― 古河禰 御幸は、副部長でもあり、そういう役所でもだった。


元々、部長である秋山 璃音の幼なじみで、昔から否応なしに野球の練習を手伝わされていた間柄。

至宝学園女子野球部に入ったのも二番手なら、オレと知り合ったのも学園内に限定すれば二番目。


そういう立ち位置なのか、もしくは生来の性格なのか、それとも捕手というポジション柄なのか。

補佐役、まとめ役、伝達役、調整役。


気づけばそういう些事を引き受けていることが多かった。

――縁の下の力持ち、と言ったところか。


「それで――…… “それ以外の話”、とは?」

「あ、あぁ―― ちょっと、話しにくい話なんだが……。

 えーっと、その――……」

「……」


言い掛けて、止まってしまう。

何度シミュレーションしてみても、慣れない。

一体、どのように切り出せばいいのか……。

口ごもるオレを、一頻り、注意深く見つめてから、御幸が口を開く。


「――今現在、話しにくいようなら、私の話を先にしましょうか?」

「えっ?

 あ、あぁ、うん―― その方が良いようなら、そうして貰うかな……」


我ながら男らしくない。


――とは思うが、“後回しにする提案”に、即座に乗ってしまう。

その内容が気になっていた、というのも、もちろん、本当のことなのだが。


御幸は、そうですか、と小さく言葉を切ってから、少しだけ向き返った。


「――“慶治さん”」

「え――?」

「私は、負けるつもりはありません」


「……?

 一体、何の――……」

「誰にも―― 璃音にも。

 “今回のこと”は、誰にも負けるつもりはありません」

「……」


はっきりとした口調の、御幸の“宣誓”。


“何”についてか、は、明言しない。

だが、それは、言葉以上の強い意志を持って、投げかけられていた。


「あなたが 自分 を わからないのと 同じ。

 私も 今は 自分が わかりません。

 でも、たぶん、今 自分が やれることを 本気でやってみないと―― 私は、きっと 一生 後悔する」


「あ……」

「だから…… 私は、本気であなたの“試し”に応えます。

 それが―― 私のたどり着いた、現時点での“答え”です」


そう言うと、瞳を伏せた。

強い信念を掲げたその瞳を。


オレが言うまでもなくの、突然の“宣誓”に、呆気にとられて小さく頭を掻いてみる。


「――もしかして、聞いてたのか?」

「……」


問いかけたオレに、返事はしなかった。

だが、その無言が、如実にそれを肯定していた。


まぁ、手間が省けたか――。


そんな身も蓋もない感想を心の中で呟いてみる。


璃音の心中を慮ったのか、それとも、試合の善し悪しを語ろうとしたのか。

どちらかはわからないが、古河禰 御幸という人間を鑑みれば、その結果だろう。


まさか、こんなに前向きな返答が返ってくるとは、夢にも思わなかったが――。


「……わかった、ありがとう」

「――いえ」


それにしても、こんな風に、前もって用意していた“言葉”と“問い”に、こちらが掛ける前に答えられてしまうとは……。

古河禰 御幸という人間の空気を読む能力は恐ろしい。

もしかして、エスパーではないかと疑ってしまう。


そんな怪訝な視線を一瞬だけ送ってみると、ちょうど、彼女のそれとぶつかった。

御幸は、一瞬だけじっとこちらを窺ったが、すぐに視線を落としてしまう。

それが、オレには、照れたような反応に見えて、ほくそ笑む。


早々とお互いの用事もなくなってしまった二人は、しばし、この奇妙な空間を味わっていた――……。


――……。

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