プレ・オープニング 2

 ――……。


「じゃあ、反省はここまで!

 後は、各自言ったとおり、今回の試合で、“良かったこと”だけを抜粋してまとめてくるように!

 明日から4日間は、お盆の時期で学校も閉鎖だ。

 各自、気をつけて夏休みを満喫するように。

 宿題もちゃんとやっておけよー。

 試合日程上、遅くなったけど、後半には夏の強化合宿もあるからな!」

「「「はい!」」」


今回の試合と、今大会通しての反省を、まとめて挙げて聞かせる。

やっとのことで少しだけ、“普段”を取り戻した声が聞こえた。


「じゃあ―― 解散だ。

 みんな、よく頑張った。

 お疲れ様!」

「「「お疲れさまでした!!」」」


はっきりと返事をして、温いグラウンドの土から腰を上げる。

ユニフォームの土をキレイに払い落としているところだけを切り取ってみると、やはり女の子だ。

さよなら、と挨拶を交わしながら、ぼんやりと、そんな当たり前のことを考える。


そして誰もいなくなってから、ふっ、と、息を吐く。

やっと、同じ年頃の女子の野球部の、コーチ兼監督という大任をほぼ果たし終えたのだ。

ホント、色んな意味で何事もなくて良かった。

決勝で負けたのは残念だったが、オレ自身は何も後悔はしていない。

今更ながらに、自分のことを顧みる。


オレの名前は、前波 慶治(マエナミ ケイジ)。

私立至宝高等学校、現役の高校三年生だ。

今現在、日本では、何年か前から大々的に宣伝を始めていた女子興行硬式野球・“ガールズベース”と、

それに連なる高校女子硬式野球・“ハイ・ガールズベース”が、俄に盛り上がりを見せている。

先刻述べた、この夏で終えた私立至宝高等学校 女子野球部のコーチ兼監督の大任、と言うのもそれに大きく関わっている。


何故、自分がそのようなものに関わることになるかと言うと、その理由は一年と少し前―― オレが、二年の頃の1学期まで遡る。

現在の部長が入学してすぐの頃に、学校挙げての球技大会―― その、ソフトボールの試合で故あって知り合って、なんやかんやと手伝わされた。

あの時は、まさかこんなに大きな事になるとは思わなかった。

……だが、ここでの経験は、オレにとって大きな糧となった。


誰もいなくなった校庭を眺めていると、不意に目頭が熱くなる。

……そんな時だった。


「――コーチ」

「ん……?」


後ろからの声で、現実に振り返る。

声だけで、誰かはわかったのだが。


「あぁ、璃音―― まだ、帰ってなかったのか」


秋山 璃音(アキヤマ リオン)―― 女子野球部の部長であり、主に先発を務めるピッチャー。

件の、オレをこの部に巻き込んだ張本人。


「……お話が、あります」

「あぁ、何だ?」

「ここじゃ、ちょっと……」

「……?

 今日は、ほかの部活、休みの日だし、誰もいないけど」

「――それでも、です!

 クラブハウスの裏まで来てください!」

「あ、あぁ…… わかった」


そういうと、璃音は、一目散に数メートルしか離れていないクラブハウスの裏に逃げ込んだ。


――何だ、アイツ。


そんな悪態を胸の中でついてから、オレもゆっくりとそちらに歩を進める――……。


――。


「――待たせた。

 璃音、お前、肩は大丈夫か?」

「はい、平気です。

  誰 か さ ん の お か げ で 」


妙にそこだけを強調する。

7回で交代させたことを根に持っているらしい。

やれやれ、と、肩をすくめてみせる。


「お前は、至宝女子のエースなんだからな。

 投げられなくなったら、みんな、困る」

「わたしが、エースだから、退かせたんですか?

 やっぱり、 先 輩 は ひ ど い 人 で す 」

「そりゃ、どうも」


オレは見えるように肩をすくめる。

――普段、部員の前ではあまり見せないが、元々、璃音は、こういうヤツだ。

長らくそっちの方が普通だったので、あっちにそういう風にされると、オレとしてもそっちの対応に戻ってしまう。


「……それで、話って?」

「はい――……」


璃音が、目を瞑り、風を吸い込む。

その姿は、いつも、マウンド上で見ている彼女とは違い、どこか、愁いを帯びた、弱々しいものだった。

その理由に心当たりがあって、胸がズキリと痛む。


「先輩―― わたしは、先輩が、好きです」


季節違いの涼しい風が、二人の頬をくすぐった。

ろくに手入れもされていない、短く切っただけの雑草が、揺れて不思議と音を奏でていた。


――少しの、間、風を数えていた。

そして、やっとのことで声を出す。


「――あぁ、知ってた」

「……ですよね。

 知ってて、知らないフリをしてきたんですよね。

 ―― 先 輩 は 、 ひ ど い 人 ですもんね」

「……悪かったな」


オレの、“悪意的な言葉”を、“いつも通り以上”には責める気もなく、言葉を返す。

お互いに、知っていた同士なんだ。

ただ、それをどうしようもなかっただけ。


「――でも、もう一度伝えたかったんです。

 伝えて…… 置きたかったんです。

 改めて―― この、機会に」

「機会に?」

「はい。

 ――合宿が終わって、夏休みが終われば…… 先輩たちは、受験のために部を抜けることになります」


「まぁ、オレはなんだかんだで、世話を焼きに来るつもりだけど。

 受験勉強とか、あんま、関係ないし」

「それでも――!

 先輩は、部とは、関係のない人になります!

 自由も出来るし、自由に出来る…… もう、我慢しなくて良くなるじゃないですか!

 ――だから…… 言っておきたかったんです。

 わたしは、あなたが、好きです」


「……でも、オレは――」

「――わかってます。

 先輩は、コーチだから、チームメイト全員に、公平に接した。

 それは、わたしが求めたことでもあります。

 ――でも!

 先輩は、夏が終われば、 コ ー チ で は な く な り ま す。

 急に、どうこうできる、って、わたしも思ってはいません。

 でも…… もう、自分のことを考えて、良い頃ですよ――」

「……」


唐突な言葉のラッシュに、思わず口ごもる。

彼女の連ねる言葉―― その、意味を計りかねていた。


「先輩だって、彼女の一人や二人、欲しいんですよね!

 大学まで、持って行く必要なんてないですよ。

 人によっては、高校生活が人生で一番楽しかった時だった、って言います!

 ……先輩に、わたしたちの世話だけで、その時期を終わって欲しくないんです――」


泣き言のように、そう連ねて、塞ぎ込む。

――そのすべてが、“オレのための言葉”だった。

また、今度は温い風が辺り一面を揺らした。

……オレは、ゆっくりと息を吸い込む。


「はぁ――……。

 お前、英太辺りに、なんか変な入れ知恵されたろ?」

「いっ―― イ、イエ、ソンナコトハ、ナイデス」

「 ロ ボ か よ 。

 前に、アイツが珍しく彼女がどうだって話をして来て、変だと思ったんだよな……。

 アイツ、自分から他人の色恋沙汰に踏み込んでくる事なんて、滅多にないのにな。

 おかしいと思ってたんだよ――……」


「……それで、チームメイトに先んじて、って?

  中 々 、 小 ず る い で す ね 、 璃 音 さ ん は」

「そ、それくらいのハンデは、あっても良いじゃないですか!

 わたしは、みんなより、 ず っ と 長 く 、 先 輩 を 好 き な ん で す から!!」


オレの茶化に、直球ストレートの言葉を返す。

その威力に気圧されて、オレは二の句を告げなくなる。


「――それで?

 自分を好きになれ、とは言わないのか?」

「……もちろん、そうなってくれれば、嬉しいですけど。

 でも、それは―― アンフェアが過ぎると思うんです」

「アンフェアって、チームメイトに?

 ……アイツらの中に、そんなの気にするヤツ、いないと思うけどなぁ」

「――それは、先輩が ひ ど い 人 だからわからないだけです」


……連発だ。

最近、言われなくなってきたのになぁ。

懐かしさとともに、少しの切なさを覚える。


「それに―― そっちよりも、もっと大切なことがあります」

「大切なこと?」

「アンフェアなのは…… 先輩の、気持ちに対して、です」

「オレの…… 気持ち――?」


「――先輩は、至宝女子野球部のメンバー集めに、設立に、育成に―― そして、今年の大会に。

 先輩は、コーチとして、チームのために、並々ならぬ、数え切れないほどの努力と、苦労を重ねてくれた。

 その間、自分自身を消し去ってまで……――」

「オレは、別に、そんなつもりは……」

「 言 い 訳 は 聞 き ま せ ん 」

「 あ 、 は い ……」


オレが否定する前に拒否されてしまう。

頑固な彼女のことだ。

オレのことを見透かした上で、ベストだと思ったことを押し進めるつもりだろう。

――やれやれ。

そこまで寵愛されることに、つい、ため息が漏れてしまう。


「――だから、先輩には、今からでも、高校生活を楽しんで欲しい。

 ……幸せに、なってほしい。

 そのために―― 今、コーチと、ただの男の子と女の子、その中間にいる間に、もう一度、考えて欲しいんです」

「……」


「合宿が、夏休みが終わるまでは、クラスメートや、ほかの女の子と接する機会はないですよね。

 だったら、その間は―― わたしや、みんなを、もう一度、見つめて欲しい。

 というか、見つめ直してください」


「――決定事項か?」

「はい、決定です。

 ……別に、ムリに誰かを好きになれ、って、そんなことは言いません。

 それでも、もし、先輩が好きになる人が―― わたしと、先輩が作った、この至宝女子のメンバーなら……。

 ――わたしは、嬉しいと思うから」

「……」


――不器用だな、ホント。

不器用で、真っ直ぐだ。


……あの頃から、全然変わっちゃいない。

いや―― 少しだけ、強くなったかな。


――その意固地に、オレは答えなきゃいけない。

そう、素直に感じられた。


「はぁ―― わかったよ」

「え…… ホントですか?」

「なんだよ、お前が言い出したんじゃないか」

「いえ―― ちょっと、自分でも、ワガママかな、って……」


ちょっとどころか相当だよ、と喉まで出掛かったが、どうにか押しとどめる。

ただまぁ―― オレがもう部外者…… とまでは言わないが、責任者ではなくなることは決まりきったことなんだ。

いつまでも同じ学校の、同じ年頃の異性に対して、“保護者めいた感情”を持ち続けるのは良くない。

そこから、“恋愛感情”に発展するかは、正直言って、自信はないけれど。


「どっちにしろ、オレの仕事もお前らに任せて、離れて行かなきゃいけないんだからな。

 そのついで、で良いなら、璃音の言う、 そ の 座 興 に 付 き 合 っ て や る よ 」

「むー…… 言い回しが、割とひどいと思いますけど」

「あぁ、オレは ひ ど い 人 だからな」

「そうやって、開き直るところが ひ ど い 人 なんです!」

「そりゃ、どうも」


「――で、宣言するべきなのか、それ」

「出来れば。

 みんなも、“コーチ”のことを男子だとは思ってないと思いますし」

「……オレが言うのも何だけど、 何 気 に ひ ど く ね ? 」

「――自分で、ご自身が何もせずに好意を受けられるほど、すばらしい男性だと思っているんですか?」


満面の笑みで、ドスの利いた言葉を掛けられる。

――あれ、オレ、璃音に告白されたんだよな、最初……。

その事実自体に、自信なくなってきたぞ。


「――なんで、そんな男を好きになったんですかね、璃音さんは」

「さぁ~……  気 の 迷 い 、 ですか、ね」


オレがそう聞き返すと、彼女は更に破顔一笑した。

悪戯っぽいその瞳で、からかうように、そう答えた。


――ふぅ。


彼女は、“それ”を語るつもりはないらしい。

これ以上の追求は無駄と判断する。


「まぁ、いいや。

 どっちにしろ、この休みの間に個々人と話はしようと思ってたんだ。

 そのついでに、この話はしてみるよ」

「話―― 全員と、ですか?

 何の、話です?」

「いや、何のって―― 基本は、オレがコーチ辞めるに当たっての挨拶と、その後に請け負ってもらいたい部の役割について。

 それと、さっきの反省会で出した“宿題”の回収。

 ――後、一部は、フォローも兼ねて」

「――そう、ですね……」


結果的に負けたとは言え、オレは、自分の監督としての采配に間違いはなかったと思っている。

悔しいが、あの結果は、前回の地区優勝校・國陽との、チーム力の差だ。

――だが、それをすんなりとは認められない幾人かに、傷を負わせたのは確かなのだ。

そのフォローは、オレの務めだろう。


「――やっぱり、先輩は、“コーチ”ですね」

「そんな誉めるなって」

「……今の流れでは、わたしの言葉は “ 呆 れ ” なはずですけど」

「えっ、マジで!?」


オレの素の反応に、璃音は、はぁ、と息を吐く。

その後で、それも先輩らしいですけどね、と、小さく笑った。


「じゃあ、先輩は、休みの間にみんなと話をするんですね?」

「そうだな。

 いろいろ全部ひっくるめて、一人一人話そうと思う」

「わかりました、じゃあ――」


と、締め掛けたところで、もう一度向き直る。

上目遣いで、オレの顔を伺った。


――?


「――それ、わたしも、ちゃんと、入ってます?」

「えっ――?

 いや、璃音とは、今話してるし、いいんじゃないか?」

「良くないです――!

 ちゃんと、わたしも、一人の女の子として見てください、って言ったじゃないですか!」


怒濤の剣幕でまくし立てられる。


――あれ、 そ う い う 話 ?


単なる連絡事項的な勢いだったんだけど―― もっと、一人一人に踏み込めってこと?

 一 気 に 難 易 度 が 上 が っ た 。


「はぁ―― 先輩は、一度、逸田先輩の爪の垢でも煎じて飲み干せばいいと思います」

「あんな出来過ぎの“若年寄”と比べられてもな……」

「逸田先輩が出来過ぎなんじゃなくて、先輩が乙女心をわからなさ過ぎなんですよ……」


すねたように口を噤んで、俯いてしまう。

――ちなみに、逸田というのは、逸田 英太と言う。

先頃にも名前の挙がった、オレの級友だ。

まぁ、なんというか、言われている通りの人物。


「わぁーったわぁーった。

 お前のところにも、ちゃんと、休み中には行くから」

「……本当ですか?

 約束は、守ってくださいよ!」

「わかってるって…… 義理堅いのだけが取り柄だからな」

「義理堅い…… 取り柄――?」


露骨に訝しがって、眉を顰める。


 ホ ン ト 、 オ レ は 璃 音 に ど ん な 評 価 を さ れ て い る ん だ ろ う 。


というか、本当に告白だったのだろうか。

もしかしたら、罰ゲームとかドッキリかもしれない。

そんな疑念すら湧いてくる。


「――ま、まぁ、お前も、そろそろ帰って休めよ。

 フルイニングではないにしろ、連日投げ抜いたんだからな」

「はい」

「今日は、これ以上投げるのは禁止だぞ。

 ちゃんと休めよ」

「  …  …  …  …  」


「――はい、わかりました」

「――今の間が気になるな……」

「 大 丈 夫 で す 。

 わたしは、無茶はしても、無理はしません。

 ちゃんと、休みます」

「あぁ、そうしろ」


無茶はしても、無理はしない、か。

オレと初めて会った頃にも、璃音はそう言ったっけ。

――それからというもの、璃音の野球人生は、無茶ばっかりだ。


「それじゃあ…… お疲れさまでした。

 先輩も、ちゃんと休んでくださいよ」

「オレは、別に疲れてもいないけどな。

 まぁ、ご忠告はありがたく受け取っておくよ」

「はい。

 それじゃあ、さようなら」


小さくペコリと会釈をすると、跳ねるように背を向けて駆けていく。

そんな後ろ姿を目に入れながら、オレはこれまでの高校生活を思い浮かべていた。


何も考えずに走っていた時間と、無為に過ごしていた時間。

そして、そこから、半分以上―― 一年三ヶ月に渡る、至宝女子野球部との時間。


――どの時期のオレ自身が一番良かったか、なんて、考えるべくもない。

これからのことも含めて―― 彼女には、ありがとう、と、伝えなければならないだろうか。


でなければ、オレは、もっともらしい悩みを抱えて、あの頃を歩んでいたことだろう。


この先、どうなろうとも。

オレは、たぶん、この時間を後悔はしない。


ふっ、と、息を吐いてから、璃音の出した“課題”に目をやる。

コーチではなく、一人の生徒として、みんなを、見つめ直す―― か。


一年と数ヶ月の間に、“オレの問題”は解決されたろうか。

一生懸命になることに怯えていた自分―― それは、解決されたと思う。


やり残したこともたくさんある。

そんな結果を、これで良かったと諦めではなく、誇れたんだ。


後は――……。


「……そうだな。

 みんなと、話してみるか――……」


今日は、忠告通り、もう休もう。

オレは、自分の荷物を拾い上げて、自宅への帰路に着く――……。

――……。

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