全力投球!ガールズベース~至宝女子恋愛編~
流水 氷雨
プレ・オープニング 1
――夏が終わった。
オレの…… いや、彼女たち10人の夏が終わった。
八月某日、真夏の燦々と降り注ぐ、高校球児たちが使い古した後の地方球場だった。
逆転決勝の一打を受けて、打ちひしがれて倒れ込む。
そんなマウンド上の少女を、年長者で、チーム唯一の異性であるオレは、何も出来ずに呆然とベンチで見つめているしかなかった。
何人か、と言わず、守備位置にいるほとんどの少女らは、涙を禁じ得ずにいた。
立ち惚けて、また、しゃがみ込んで。
声を上げて、また、声を殺して。
(――あぁ、終わったんだ)
そんな様子に、もう一度、現実を思い知る。
ただ一人、自分の横に腰掛けていた少女が、ふ、と、肩に触れる。
跳ねるようにその瞳を見返すと、彼女は、歯を食いしばって微笑んだ。
『ありがとう』、と、心の中で呟くと、おもむろに立ち上がる。
そして、全員に集合命令を出す。
我に返り、ゆっくりと戻ってくる選手らに、捕手、三塁側から順に、労いの言葉をかける。
中翼のひときわ小さな少女は、ごめんなさい、と譫言のように何度も繰り返していた。
オレは、よく頑張ったよ、と、ありふれた言葉をかけることしかできなかった。
最後まで戻って来なかったのは、投手の少女だった。
彼女は、ベンチ横の少女が歩み寄り、促すまで、ずっと球場の土を見つめていた。
やっとのことで全員が揃い、相手のチームと礼を終えるまでの数分は、今まで自分が過ごした人生の総時間よりも長いものに思えた。
「ハイ・ガールズベース大会、地区予選決勝試合!
至宝学園女子野球部 対 國陽高校女子野球部 の試合は、3 対 4× で、國陽高校女子野球部の勝利とする!
全員、礼!」
「「「ありがとうございましたッ!!」」」
深々とお辞儀をする少女らを、ベンチに戻って遠巻きに見ていた。
地区大会の決勝。
これに勝てば、全国の切符を得て、さらなるトーナメントに挑むことが出来たのだった。
だが、そこは一発真剣勝負の世界だ。
敗者は潔く去らなければならない。
オレは、手近にあった荷物を軽くまとめながら、彼女らが戻るのを待っていた。
――。
――――。
――。
球場の側のバス乗り場。
そこから、やや離れて、全員で円を組む。
皆、泣きはらして、疲れ果てて、いつもの溌剌とした表情は陰もなかった。
「まずは――お疲れ」
「お疲れさまでした!」
「……お疲れさまでした」
……数人が返事を寄越したのだけを確認する。
幾人かは、返事をしようにも声にならなかったのだろう。
そして、残りはする気にもなれなかったのだ。
――オレ自身にも、経験があった。
「前回の地区優勝校―― 全国の、ベスト16の、國陽高校女子だ。
設立二年目でここまで戦えたのは、素直にすごいと思う」
「……」
心からの言葉だったが、彼女らからの返事は先ほど以上になかった。
いくつかの言葉が喉に突っかかっているのが目に見えた。
小さく頭を掻いてから、もう一度、目線を戻す。
「――これが、君たちの今の力だ。
それは、良くも悪くも。
誰もミスはしていない、それは、誇って良いところだ。
だからこそ、誰のせいでもない。
誰のせいにも出来っこない。
これが、今の、至宝学園女子の力だ」
「……はい」
「オレは、次の春で卒業してしまうけど―― みんなには、まだ一年ある」
ピクリと、肩が震えるのがわかった。
それは、皆、同時に。
オレは、ありがちな台詞でくくろうとして、不用意な言葉だったことを今更に気付いた。
「――別に、卒業したからって、完全な部外者になるわけじゃない。
来年も、オレが育てた至宝学園の頑張りを楽しみに、観に来るよ。
その時、もっと強くなっていたら、オレはうれしい」
ありったけのゴマカシの台詞を並べて、くくってみせる。
―― あ ぁ 、 ダ メ だ 。
も う 、 全 然 ダ メ だ 。
オレだって辛いんだ、冷静に、人の上に立つような真似、してられない。
さっきから今まで、いったいいくつのポカをやらかしているんだ。
だ っ て 、 オ レ 、 高 三 だ ぞ ! ?
彼女らと、一つ、二つ―― っていうか、同学年の人も一人いるんだよ!
さっきの台詞どうすんだよ、マジで!?
頭の中でぐるぐると問題が提起されては、衛星軌道上に追加されていく。
――と、悶々として黙り込むと、目の前の一人が手を差し伸べるように、はっきりと挙手する。
先ほど言った、唯一のオレの同学年、三年生だ。
「私も、コーチと同じで、今年で卒業です。
高校での野球は諦めて、大学で再開するつもりでした。
去年、コーチや部長から声をかけてもらったときは、本当にうれしかったです。
私は、このチームでプレー出来たことを、誇りに思っています」
やんわりとした声でそこまでを言い切ってから、彼女は目を瞑った。
その上で、力を込めて言葉を紡いだ。
「――ですが、来年は、今年よりももっと辛い試合になると思います。
準決勝で当たった十二宮高校女子は、来年は更に力を付けてくるでしょう。
國陽ももちろん、今年も地区優勝の、全国大会の経験を生かして強くなるでしょう。
私はこのチームが好きだからこそ、辛辣な言葉を掛けたいと思います。
今、迷って、立ち止まれば、来年、同じ場所にはいられないでしょう。
幸い、私も、コーチも、まだ卒業までには間があります。
夏休みの内には、強化合宿もあります。
正式な試合はもうないけれど、私は、まだ、みんなと野球をして、強くなりたいと思っています」
言い切って、微笑む。
先輩風を吹かすのはこのくらいで良いかしら、と付け足した。
ありがとう、と、片手で空を切ってみせる。
「その通りだ。
負けたからこそ、やることは山積みだと思ってる。
もちろん、オレが出来ることは何でもするつもりだ」
「「「はい!」」」
何人かの声が響く。
“先輩”の檄で、いくらかは立ち直ったらしい。
それでも、いくつかの顔は沈んだまま、浮き上がっては来なかったのが、懸案ではあったが……。
ちょうど、バスのエンジン音が響いてきたので、仕方なく立ち上がるように促す。
とりあえず、帰ってからだな。
人数分の車を出してもらうほどの余裕がなかったので、帰りは公共機関の乗り継ぎだ。
どうにかその程度の体力は残っているようで、疲労困憊の体にむち打って、全員が歩き出す――……。
――……。
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