第25話 クロール、スパートの果てに
女子の水泳が終わると、すぐに男子の水泳が始まった。
クロールから始まったので、すぐに新の出番がやってくる。
ジャージを脱いで水着姿になり、キャップとゴーグルを着けるとすぐにプールサイドへ出た。
先程話した河本の姿もプールサイドにあった。
手足を振ったり軽くジャンプしたりして体を温めている。
お互いに目が合ったが、河本が先程の柔らかい表情を見せることはなかった。
敵意を持っている訳ではなかったが、新も本気で河本と試合をするため、険しい表情を浮かべる。
今まで初乃とどういう気持ちで激しい練習をしてきたのか証明するために、手を退くつもりもなければ負けるつもりもない。
激しい闘志が新の中で渦巻いていた。
背後で順番を待っている水泳部員が声を掛けた。
「お前の出番の100メートル自由形だ。力を出しきってこい」
「あんまり緊張すんなよ。これまで頑張ってきた通りにすればいい」
「背泳の練習で覚えたことを見せてやれ」
龍馬や宗、勝平の応援を受け取って、新はプールに向かっていった。
笛が鳴って飛び込み台の上にそれぞれの選手が立った。
観客席を見渡してみると、初乃の姿も見える。
手を振って笑顔で応援してくれていて、新の闘志もまた強まった。
スタートを告げる合図が鳴って、試合が始まった。
新や河本の選手たちは一斉に台を踏み切って着水する。
激しいドルフィンキックを繰り返し、水の中を突き進んだ。
水上へ出た瞬間にバタ足に切り替え、片腕で水を搔く。
肩まで使って水を捉えて後方へ押し出し、水の外へ出すと共に前へと伸ばす。
片腕のところまで戻ると同時に片腕に切り替え、それを素早く交互に動かしていった。
隣の河本を見てみると、差は開いておらず、ほとんど同列のままだった。
以前は差を詰めるだけで全力を使っていたというのに、今は余力を残しながらも河本に迫っている。
まだスパートを掛けていける余裕もあるので、確実に河本を捉えている。
一瞬の間に見えた河本の顔が歪んだように見えた。
あの時、新は河本に向かって豪語していたが、まさか本当にこれほどの結果を示してくるとは予想しなかったのだろう。
甘く見ていたところに付け入るように新は次の50メートルで更に加速する。
ターンをして壁を強く蹴ると河本の先を行こうとスパートを掛けた。
きっと今の自分は河本より速い。
これまでの手応えを感じて新はそう思った。
これからスパートを掛ければ、あの河本先輩にも差を付けさせることができるはず。そう思って新は勝利を実感し始め、泳ぎながらアドレナリンのものとは違う興奮を覚え始めた。
ところが、スパートを掛けても河本の前へ出ることはできなかった。
それどころかむしろ、じわじわと河本が離れていく。
見えていた勝利が新から遠ざかり始めていたのである。
確かに新は河本を追い詰めていた。
前半50メートルでは全く差ができないほど拮抗していた。
しかし、スパートの掛け方は新より河本の方が上手く、後半50メートルで離されて始めてしまったのだ。
だめだ、勝てない。
泳ぎながら新はそう絶望してしまった。
どうやってもスパートで攻めることができず、そのまま試合にゴールしてしまった。新は再び河本との勝負に負けてしまったのである。
プールの底に水中から顔を出してみても試合結果を信じることができず、新は呆然と電光掲示板を見るしかなかった。
一位の河本に次ぎ、二位の順位で終わり、しかもインターハイに出場できず予選落ちという結果を受け入れられない。
しかしこれが新と河本が真っ向から勝負した結果であり、現実だった。
「新、正直ここまで速くなっているとは思わなかった。結果は二位だが、落ち込むことはない」
プールからも上がらず呆然としている新に河本が声を掛ける。
「予選には落ちたが、インターハイに出られなくでもお前の努力は伝わってきた。これからも来年に向けて頑張ってくれ」
そう言って河本は新の肩を叩き、プールから上がっていく。
新も次の競技が始まりそうになってようやくプールサイドへ上がった。
待っていた龍馬たちは新と同じように呆然とした表情をしていた。
新はその顔をまともに見ることができず、何も言わずに横を通り過ぎる。
観客席の初乃の顔など尚更で、逃げるようにプールサイドを後にした。
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