第22話 話し合い

新が志摩崎に着く頃には志摩崎の部員は既に帰り始めていた。


慌ててプール館の中へ入って目的の人を探すと、河本はプール館の戸締りで何人かの部員と一緒に残っていた。


しかし、新の姿を見つけると、憎き相手を見つけたように詰め寄ってくる。


以前よりはずっと冷静だったが、怒りの表情が顔に表れていた。


「何しに来たんだ? 一度追い出したはずだろう」


河本の表情には明らかな敵意がこもっている。


怯みそうになる新だったが、その視界の端で初乃の姿を見つけた。


水着姿の初乃は練習を中断し、驚いてこちらを見ている。


それを見て新は意志を貫く。


「今日は河本先輩と話したいと思って来たんです。部室で話す時間をくれませんか」


河本は目を細めるが、新の申し出に納得して頷いてくれた。



志摩崎の部室は以前泊まった時と変わらなかった。


それでもあれからずっと時間が経っているように思えてしまう。


懐かしさを感じながら席に着いて、机越しに河本と相対した。


「この間のことは本当に申し訳ありませんでした。志摩崎の部員が休んでいる間に練習して、借りている立場でありながら抜け駆けのようなことをしてしまったと思ってます」


「そう思うならどうしてまたこの場所に現れたんだ?」


「このままだと申し訳ないですし、僕もどうしようもなく辛いからです」


「辛いというのは?」


「志摩崎の人に憎まれたままいるのは辛いですし、初乃さんがいないと僕は泳げないからです」


真剣に聞いていた河本だったが、新から「初乃」という言葉を聞いてから脱力した。


肩を落として深く深呼吸してから答える。


「以前にも話したはずだ。いずれは大会で敵同士になる相手と慣れ合う必要はない。そう言ったはずだぞ?」


「そのことなんですが、前から考えていたんです。先輩がどうして慣れ合うなって言うのかを」


「なんだと?」


「……幼なじみがいたそうですね。仲が良かったのに実力が離れて一緒にいられなくなった幼なじみが」


新の言葉に反応して河本は眉を寄せた。


新は話を続ける。


「努力しても親しい人に届かず惨めな思いをするだけだった。だから馴れ合いなんて最初からなければよかったって思っているんですよね」


「そうだ。優劣を決めるスポーツでの馴れ合いなど邪魔なものでしかない」


「でも、僕は初乃さんと一緒に練習しててそうは思いませんでした。いずれは大会で敵になる初乃さんが速くなっても僕は嬉しかったですし、僕たち歌島が良いタイムを出しても初乃さんも喜んでくれました。志摩崎の初乃さんがいるから成長できて、初乃さんも歌島の僕たちがいるから成長できていたんです」


新が真摯にそう言うと、河本は思うところあって言葉を詰まらせた。


新の言葉が河本に受け入れられ始めていたのだ。


「……確かに、歌島が去ってから初乃のタイムは落ち続けていた。このままでは大会でも成績は出ない。しかし、そこまで言うのなら結果も出せるのだろうな」


河本の真に迫った質問に新は喉を鳴らす。


「出せます。大会で先輩と泳いで、結果を出して見せます」


「わかった。それなら大会を楽しみに待っておこう」


大会での約束を取り付けて二人は睨み合う。


それはまるで初乃を賭けて決闘を誓い合っているかのようだった。


新はまだ不調のままであったが、河本に啖呵を切った以上、一歩も退き下がれなくなっていた。



河本との話が済み、新は部室の外へ出た。


新は初乃が待っていたのを見掛けて声を掛ける。


「今ならはっきりわかる。僕の水泳には初乃さんが不可欠だ。初乃さんがいないと真っ直ぐ泳げないんだ」


新がそう言っても、初乃はまだ納得せず困惑したままだった。


しかし新は続ける。


「別れてからの数日間、僕は全く泳げなかった。でも初乃さんと一緒ならきっとまた

泳ぎ出せる。だから今ここでまた初乃さんと泳がせてほしい。一緒に試合してほしいんだ」


新が初乃を真っ直ぐ見つめて言うと、迷っていた初乃も納得して頷いてくれた。


先程は光を失っていた初乃の目にも輝きが戻りつつあった。

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