第14話 合宿一日目、初乃に感化される新

更衣室の鍵を開けられた新たちは、シュラフをそれぞれ更衣室に持ち込み、男女分かれて寝ることにした。


更衣室にはベンチを挟んでロッカーが並び、離れたところに洗面台が設置されている。


広い場所ではないのだが、ベンチが四つあるので、新たちはその上にシュラフを置いて横になった。



明かりも落として男四人は早めに寝始めたのだが、新だけは目が冴えてなかなか寝付けなかった。


ベンチの長さが足りず足先が飛び出す上に、勝平のいびきが大きくて寝心地が悪いのだが、それだけが理由ではない。


隣で寝ている初乃のことが頭から離れようとせず、頭が休まろうとしなかった。



最初は初乃が隣の部屋で困っていないかどうか心配をしていると考えていたが、新はそれだけでは落ち着かない。


それでも新は初乃が開いていくれた秘密合宿を無為にしないために、明日に備えようと無理に目を閉じていた。



朝になって、昨晩の残り物を食べると新たちはすぐに水泳の活動に移った。


準備体操を済ませてウォーミングアップに何往復か泳ぐ。


今日は普段と違って新たちだけなので、プールがかなり広かった。


「プールを独り占めできるなんて普段は到底ないよ」


宗が興奮気味に言う。


「これだったら腕も足もフロートにぶつからないだろう。一人一レーン使えるんじゃないのか?」


龍馬が仁王立ちしてプールを眺める。


「いやでもさ、普段離れて練習してるから、初乃ちゃんがいるってのも新鮮だよな。海に行った仲だし大歓迎だけど」


勝平が腹を揺らして笑う。

新も龍馬たちと同じように、誰もいないプールが新鮮だったが、別の話題に構わず話を投げかける。


「勝平、背泳を泳ぐから少しフォームを見てくれない?」


突然の話で勝平は豆鉄砲を食らったような表情をする。


「いいけど、新はクロールなのにどうして背泳なんだ?」


「クロールだけじゃなくて、他の種目もやってみようと思って。歌島では勝平が専門だからさ」


「そうだけど、なんで背泳――」


言い掛けたが、隣のレーンで初乃が背泳ぎしているのを見て納得する。


「あぁ、なるほどー」


「深い意味はない。ただ勧められたから泳いでみようと思って」


「そういうことにしておく」


勝平がからかうように笑ってきて新は顔をしかめる。


弁解したい気持ちもあったが時間が惜しかったので早速泳ぐ準備をした。



勝平に見てもらいながら新は背泳をスタートした。


クロールの時とは違って慣れていないバサロスタート。


鼻に水が入ってしみるが構わず水中でキックする。


水面に出ると、伸ばしていた両腕で交互に水を掻いていく。


水中から水上、水上から水中へ腕を回していき、足側では水柱が上がる。


しかしその繰り返しの動作がどこかぎこちなかった。


初乃や勝平のように、背泳を泳ぎ慣れている人と比べれば、探り探りに泳いでいるようだった。



クイックターンも試してみる。

壁に当たる手前でうつ伏せになって、そこからクロールのフリップターンと同じように前転するのだが、距離を誤って早くうつ伏せになってしまった。


壁を待っているうちに勢いが死んでしまい、遅いターンになってしまう。


ターンだけで数秒のロスになってしまった。



フォームを見てもらうのでゆっくりと泳いでいたが、それでもまだどこかぎこちない。


柔軟な泳ぎではなく基本が身についていないので、力を込めて泳げばすぐにフォームは崩れてしまいそうだった。



新自身も泳ぎのぎこちなさに気付いていたのか、泳ぎ終わっても表情は堅かった。


首を傾げながら勝平に尋ねる。


「実際やってみるとフォームがあってるかわからないし、前を見れないからターンのタイミングもわからないよ。その内壁に頭ぶつけそうだ」


「プールの上に旗が吊るされてるだろう。それで距離がわかるから、あとは水を何回掻いたかでタイミングを掴むんだ」


勝平の話に新は「なるほど」と頷く。


「それからバサロキックを練習するともっと速くなるかもね」


「あぁ、大会規定で15メートルまでって決められてるやつだっけ?」


「そう。どうしてそんなルールがあるかって言うと、普通に泳ぐより速いからなんだよ。大会では限界があるけど、身内で試合する時とか有利になるかもな」


「それ勝てても大分嫌われるんじゃないの?」


揶揄して二人は笑い合う。


しかし新が真剣に話を聞いて活かそうとしているのを見て、勝平は眉を曲げた。


「本当に背泳を練習する気なのか? 得意種目に集中した方が良い成績出せるかもしれないぞ」


「最初はそう思ったけど、今はクロールの好タイムも背泳に鍵がある気がするよ。しばらく練習してみる」


勝平は諦めたようにため息を吐く。


「わかったわかった。でもメドレーの背泳枠は俺だぞ。太ってて背泳しか泳げないんだからな」


「わかってるって。その浮き袋が水中にあると邪魔だもんな」


「うっせえ!」


勝平と友情ならではの会話をして新は早速練習を始める。


速く泳ぐことを泳がず、フォームを意識した練習で繰り返しプールを往復する。


その様子をしばらくプールサイドから見ていた勝平に龍馬が水から上がって尋ねる。


「どうだ、新の背泳は」


「悔しいから本人には言ってないけど、いい筋してるよ。慣れてないからまだぎこちないしフォームも崩れそうだけど、肩まで使って水を掻いてる。背泳ではクロールより肩の動きが重要になるけど最初からみんなが柔軟に動かせる訳じゃない。それを新ができるのは単にクロールやってたからじゃないよ。たぶん素質がいいのはクロールより背泳だ」


龍馬は仁王立ちしながら「へぇー」と感心する。


そして眉をひそめている勝平に言う。


「知ってるか? 新がクロールやってる理由は特になくて、ただ成績が良かったからやってるだけなんだ。もしかしたらこれを機に背泳に移るかもしれないな」


「そうなると俺がうかうかしてられないな。太ってるから背泳しかできないってのに」


勝平は自らの腹部をぽんぽんと叩き、それに従って脂肪がぐよんぐよんと揺れる。


龍馬がその様子を見て、ぼそりと「痩せる気はないのか、前から思ってたけど」と言った。

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