第13話 完全ステルス! 真夜中の職員室

校舎への侵入を決めた二人は、開いたままの窓に歩み寄り、静かに反対側の窓を開けた。


新が初乃に肩を貸し、窓へ上って用具倉庫の中に入る。


新も龍馬に手を貸してもらいながら中へ入り、校舎には無事に侵入できた。


目を慣らしてから来ていても用具倉庫の中は暗かった。


月明かりが少しだけ差し込んではいるが、光の当たらないところでは一メートル先もぼやけてしまう。


それでも注意深く用具倉庫を調べてみると、文化祭や体育祭で使うものが保管されているようだった。


校門に飾るアーチのパーツや看板。赤組白組の得点板が見える。


その他授業で使うものが置かれていて、広い倉庫だが狭かった。


その倉庫の鍵を内側から開け、新が慎重に廊下の様子を見る。


廊下は月明かりさえも影になっていて倉庫より暗い。


しかし月明かりが当たって警備員に見つかりやすくなるよりは都合がよかった。


志摩崎の校舎は中庭を囲って西棟と東棟に分かれている造りなのだが、こちらから西棟の様子が見えやすくなっている。


月が味方してくれて警備員の位置がわかりやすくなっていた。


新は背後の初乃に「行こう」と囁く。


初乃が口を押さえながら頷いて、二人はゆっくりと廊下に出た。


前方や角から警備員が現れないか警戒して歩く。


気配を気付かれないようにライトを点けれないのがもどかしかった。


職員室に着いて、ゆっくりと扉を横に引く。


中に入って、物音が立たないように閉じた。


「片道歩くだけでかなり神経使うね……」


初乃の囁きに新は苦笑しながら頷く。


普段なら何気なく歩けるというのに、今はまるでビルからビルに綱渡りするみたいだった。


この道を往復しなければならないと思うと新は気が遠くなりそうだった。


それでも職員室には窓があるので廊下より暗くはない。


反対側の壁が見えるほどには視界があり、横並びの机の上にに、先生の忘れ物「地球の歩き方ハワイ」が置いてあるところまで見えた。


初乃に教えてもらって、鍵入れから更衣室の鍵を見付けると、慎重に職員室を出て廊下を歩いた。


用具倉庫へ帰れると、開いていた窓から外の龍馬に鍵を渡す。


その鍵で龍馬が更衣室を開けに行くと、二人に少しの休息ができた。


まだ校舎内にいるとはいえ、身を隠して待機できる倉庫で思わず一息吐いてしまう。


著しく神経を消耗した二人はその場に座り込んで壁にもたれ掛かった。


「あと一往復か。無事に鍵を返せるといいけど」


「警備員は見回りの時間じゃないみたいだし、きっと大丈夫だと思う」


新の心配に初乃がすぐ側で答える。

近づかなければ互いが見えないほど暗く、自然と互いの肩がぶつかっていた。



龍馬を待っていても気配を消すために二人は黙っていた。


新は目を瞑ったりして気を休めていたが、気付けば初乃の肩が少し震えていた。


顔を見ると眉をひそめて口を固く結んでいる。


新の視線に初乃が気付くと苦笑して小さく言った。


「今頃になって恐くなってきちゃった」


少しでも視界を得ようと月明かりを背にしていても影の先は見えない。

誰もいないはずでも疑ってしまうほど倉庫は暗いのだ。


「こんな場所じゃ仕方ない」


そう言って新が手を繋ぐと初乃は驚きつつもすぐに「ありがとう」と答えた。


手の感触がくすぐったくて新は真っ直ぐに初乃の顔を見られない。


「でもごめんね。初乃さんは水着を更衣室に閉じ込めたりなんかしてないから、忍び込まなくてもいいのに」


「これは私の責任でもあるからいいの。それに秘密合宿しようって言ったのも私だから」


新は笑みを浮かべながら「それはむしろ助かってる」と言った。


リスクはかなり伴っているが、今回の合宿で大会への希望が見え始めているのも事実だった。



しかし、そのことについて新はまだ疑問に思っていることがあった。


「でも、どうして初乃さんは忍び込んでまで合宿したくなったの? 前にも隠れて合宿してたって言ってたけど、見つかったら大変なことだよ」


「そうだけど、新くんが焦って練習してるの知ってるから、私もじっとしてられなくなったの。新くんには河本先輩に勝ってほしいし、私だってもっと速く泳ぎたい。だから部活が休みになるって聞いた時、また秘密合宿をしようって思ったの」


初乃から河本の名前を聞いて、新は本心を言い当てられるかのような感覚に陥った。


河本に競泳で勝ちたい。


それは確かに新の心の奥にあることで、惨敗した経験の悔しさから駆り立てられている気持ちだった。


責められるような想いを初乃に汲み取ってもらって、その応援として合宿を開いてくれた。


その初乃の健気さに新は感極まるものがあった。


誤魔化すように何度か瞬きをして堪えるように口を結ぶ。


それから目も合わせず不器用に「ありがとう」と呟いた。



二人とも思いのうちを話すと、照れ隠しに黙りこんでしまった。


倉庫の暗闇も忘れて沈黙が流れる。


それでもまだ話すことがあるようで、初乃が「あのね」と言い掛けるが、突然龍馬の声が響いた。


「盛り上がってるところ悪いんだが、鍵の返却を頼む」


初乃だけでなく新まで、はっと息を飲んでしまう。


頭上の窓を見ると龍馬の手が伸びていて、鍵を持っていていた。


「まったく脅かすなよ。更衣室は開いたんだよね?」


新の質問は窓から伸びるサムズアップが答えた。


二人は一息吐いて立ち上がる。


鍵を手にして扉の前に立った。



廊下は相変わらず足元も見えないほど暗かった。


右手に初乃の手の感触があるだけで他の感覚はない。


それでも警備員が見回りしていないようなので、二人は息を殺して歩き出した。



壁伝いに目的地に向かい、近くまで来ることができた。


今度も無事に廊下を移動できたと新が安心して職員室の扉を開けようとすると、背後の初乃に肩を叩かれた。


何事かと見てみると、口を押さえながら廊下の窓側を指差している。


指先を追ってみると、西棟の一階で懐中電灯の光が動いているに気が付いた。



二人は慌てつつもゆっくりと職員室の中へ入った。


初乃と一緒に口を押さえて心を落ち着かせながら、どこか隠れられる場所がないか探す。


しかし誰かの足音が聞こえてきて、それが二人を急かした。


懐中電灯を照らしていた者が職員室に近づいているのだ。



足音がもうそこまで近づいてくると、二人は机の下へ急いで入り込む。


新が飛び込んで入り、初乃が押し込むように詰めると、それと同時に職員室の扉が開いた。



懐中電灯の光が部屋の中をぐるりと回る。


二人の背後がちかちかと光った。


机の下までは照らされることはないが、死角になっていないとは限らない。


机に潜り込んだ時に椅子を避けたままで、他の机とは相違して不自然になっていた。



それだけでなく、まだ更衣室の鍵を戻しておらず、鍵入れが一つだけ空いたままになっている。


見付かれば明らかに不自然で、鍵を探し回られてしまうかもしれなかった。



新のポケットから鍵を取り出し、初乃は机の下から顔を出す。


見ると懐中電灯は鍵入れとは別方向を照らしていた。


更衣室の鍵を戻すには今しかない。


職員室に入ってきた誰かが背中を向けているのを探る。


すると、不意に誰かが欠伸をする声が大きく響いた。


それを聞いて、初乃は足音を立てないように前屈みで鍵入れに向かう。


金属音さえも立てないようゆっくりと鍵を戻し、すぐに元の場所へ帰る。


懐中電灯の明かりも掻い潜り、新のいる机の下へ駆け込むように戻った。



緊張が高ぶり、口を押さえて肩で息をする初乃。


新も歯を食い縛って初乃の肩を押さえる。


見付かっても可笑しくないような、かなりリスキーな行動だったが、運良く切り抜けて見付からなかったようだった。



それから二人が机の下で息を殺していると、やがて懐中電灯の明かりは職員室の外へと出て、廊下の向こうへ消えていった。


新と初乃の危機は去ったのだ。



それからようやくして二人は倉庫へと戻り、開いていた窓から出て校舎を出ることができた。


待っていた龍馬と合流し、プール館の裏口を通る。


宗と勝平が新たちの顔を見ると、先程まで沈黙を守っていたのが阿呆らしくなるほど盛大に出迎えた。


「お前らよくやったなあ! 警備員は見回ってなかったのか?」


興奮収まらない宗に初乃は苦笑しながら答える。


「見回ってたけど、眠たそうだったよ」


勝平が「見回ってた?!」と驚くので二人は耳鳴りしそうになる。


新が「ちょっとうるさい」とたしなめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る