第12話 計画不足!企画破綻の末に
それから部活が苛烈を極めていく裏で、秘密合宿に向けての準備が着々と進んでいった。
合宿当日前から必要な道具をプールに少しずつ持ち込んでおき、誰にも見つからないよう水泳部倉庫の奥に隠しておく。
龍馬にキャンプの経験があったこともあって、シュラフや飯ごうなどまで持ち込まれた。
明らかに水泳部には不必要なものまで倉庫の奥にしたためられていた。
台風は秘密合宿の日が近づいてきても予報の進路を変えなかった。
天気予報は見事的中していて、志摩崎高校を直撃する。
部活の予定も休みのままであったが、いつしか新たちは期待感が募っていた。
ずっと部活が休みにならないでほしかったというのに、このまま予定が狂わず秘密合宿の決行になってほしいと思うようになっていた。
そうして部活で忙しい日々を過ごし、期待感を強かに募らせているうちに、計画していた日はすぐに訪れた。
休みに入る前日の部活の後、普段ならそのまま帰路に着く新たちだが、人目を忍んでプール館裏に身を潜める。
戸締りで裏口を開けたままにして初乃が新たちと合流し、校内に誰の人影もなくなるまで時間を待った。
裏口にいても誰かが来るといけないので、新たちは茂みの中に身を隠していた。
既に暗くなり始めていた空が真っ暗になるまで待つと、校内の明かりも消えて全く人気もなくなった。
普段なら虫が騒がしく鳴いているのだが、台風が近づいているからなのか、その騒がしさすらもない。
新たちも声を殺していたので、時折吹く風で揺れている木がやけに大きく響いていた。
その静けさに堪えた後、ようやく新たちは茂みから出て、裏口から館内へ入った。
真っ暗の館内を歩いて、プールサイド横にある部室へと入った。
歌島部員でもよく目にしていた志摩崎の部室だったが、暗くて誰もいないと別の部屋のようだった。
木製の長テーブルには練習メニューなどの書類が散らばっていて、その側のパイプ椅子にはパドルやヘルパーなどの道具入れが乗せられていたりしている。
プールサイドの見える窓はすりガラスのように曇り切っていて、鉄製のロッカーは凹んでいたり錆びていたりした。
それらよりも黒板は使い込まれて白っぽく汚れている。
これからのスケジュールやメニューがチョークで書かれていて、その端には誰が書いたのか「里中、参上!」や「『Solemnity is the shield of idiots.』←?」などと落書きされていた。
「それじゃあまずは倉庫から必要なものも取ってこようか。食料も冷蔵庫に入れて晩飯の支度をしよう」
一同がソファで寛ぎ始める前に龍馬が言うと、宗が不満を漏らす。
「後じゃだめ? ずっと茂みの中にいたから蚊に刺されて痒いんだよ」
「宗の晩飯が減ってもいいならいいぞ」
勝平がスーパーの袋を下ろしながら言うと宗は何も言わず冷蔵庫に食料を詰め始める。
他三人は言われた通り倉庫へ向かった。
持ってきた飯ごうに無洗米と水を入れて浸けておき、既に刻んであった野菜を他の飯ごうに入れて電気コンロで熱し始める。
具材に火が通ったところで野菜ジュースを入れ、吸水させていた米も同時に炊き始める。
野菜ジュースが沸騰したところでルウを投入し、塊が溶けるまで待つと、飯ごうからとてもいい匂いが漂ってきた。
鼻をくすぐるカレーライスの匂いが部室一杯に広がる。
炊けたご飯をそれぞれ用意したお椀に注いでその上にカレーを注いだ。
「飯ごうでご飯炊いてカレーを食べるなんて、キャンプしてるみたい」
「龍馬は本当にキャンプした経験があるからなあ。部室じゃなくて屋外だったら薪割りから始まってたんじゃない?」
感心している初乃に新が冗談を返していると、龍馬が冷静に言った。
「何言ってんだ、キャンプで薪割りなんて基本だろう」
冗談のつもりが事実になっていて新は苦笑するしかない。
その隣で宗が「早く食べようぜ」とごねたので、五人は手を合わせ、晩ご飯を平らげた。
「そういえば、今日はこの部室に全員寝るのか?」
勝平の質問にしたので龍馬が「そうだが」と答えた。
「初乃ちゃんに気を使って更衣室で寝ることにしない? 男だらけの中で寝るのは初乃ちゃんが引くと思うからさ」
勝平の紳士的な提案に初乃は慌てて否定する。
「そんなこと気にしなくていいよ。それに更衣室は閉めちゃったから入れないよ」
「それじゃあ仕方ないね。ごめんねえ男だらけでさ、初乃ちゃん、新」
「ちょっと待て勝平。なんで僕にまで謝るんだ」
新の追求に勝平は答えずに誤魔化す。
新と初乃が顔を赤くしているのに対して勝平が口笛を吹いていると、その話を聞いていた龍馬が不意に「あれ?」と声を漏らした。
その声を耳にした新たちは突然どうしたのかと雑談を切り上げる。
見ると龍馬はらしくもなく苦し紛れの笑みを浮かべていて、何かを失敗した時のような表情をしている。
龍馬の醸し出している不穏な雰囲気に、雑談をしていた三人が振り向いて注目した。
ただならぬ雰囲気に気付いて宗まで注目すると、龍馬は告白するように話した。
「後で使うと思って俺たちは水着を更衣室に入れたままなんだが」
龍馬に言われて新たちまで「あっ」と間抜けな声を漏らす。
話を聞いていなかった宗は独り言のように「えっ、更衣室締めちゃったの?」と言っている。
初乃が驚いて言う。
「ごめん、更衣室は他の人が締めちゃってるの」
「いや、俺たちも水着を置きっぱなしにしてたから、事前に話し合わなかったミスだ。計画不足だろう」
全員の責任のはずだったが龍馬が一人で背負い込むように言う。
しかし今は誰の責任か話し合っても変わらない。
勝平が全員に尋ねる。
「どうすんだ? 練習するための合宿なのにこれじゃあ練習できないじゃん」
「洗い替えの水着も閉じ込めちゃってるよ。これじゃあこのまま帰った方がいいかもしれないね」
諦めようとする宗に勝平が「お前は早く帰りたいだけだろ」と言う。
しかし水着が着られなくなってしまった今、宗の言うとおり諦めざるを得ない状況になってしまった。
五人は途方に暮れて、しばらくの沈黙が流れる。
そんな中、新が初乃に尋ねた。
「鍵さえ開けられればどうにかなる。更衣室の鍵はどこにあるの?」
「職員室の中にあるけど、警備員がいると思うよ。プール館には来ないはずだけど、校内はさすがに見回りしてると思う」
「でも行かなきゃ練習はできない。実は、さっきプール館裏で待ってる時、校舎の窓が一箇所開いてるのを見つけたんだ。まだ閉められてなければそこから入れる」
「本当に?」
話を聞いて新たちは裏口からプール館の裏に出た。
辺りに注意して懐中電灯も点けずに確かめると、新の言うとおり窓は少しだけ開いたままだった。
校舎側に何かが立て掛けられているようで、中からは開けっ放しの窓に気付かない。
鍵が開いているので反対側の窓を開ければ中へ入れそうだった。
それを見て、初乃と新が画策する。
「たぶん用具倉庫の窓だね。職員室に近いからあんまり廊下を歩かなくて済むかも。鍵を戻さないといけないから二往復はしないといけない」
「二組に別れて、忍び込むのは一人か二人がベストかな。職員室で鍵を取ったら外のグループに渡して、更衣室を開けたらすぐに戻す」
「そうするのが一番スムーズかもね」
「ちょっと待った。二人とももう校舎に忍び込むつもりなのか?」
話を進める初乃と新を龍馬が止めた。
二人はともかく龍馬たちはまだ忍び込む覚悟ができていない。
「警備員に見つかればどうなるのわかってるのか? 志摩崎の初乃ちゃんはまだしも、歌島の俺たちが見付かれば、ただ注意されて追い出されるだけじゃ済まないかもしれないんだ。二人はわかってるのか?」
龍馬に問われた初乃と新は無言で頷く。
二人とも迷いなどないようで、何を今更と言わんばかりの表情をしている。
龍馬は、リスクを省みない二人に呆れて言った。
「それなら校舎に忍び込むのは二人がやってくれないか? 更衣室を開ける役は俺たちがやるからさ」
新と初乃はゆっくりと頷く。
あっという間に進んでいく話には勝平と宗も口を開けるばかりだった。
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