第三章
第11話 画策! 禁断の秘密合宿計画
休みが明けて日常が戻り、水泳部の活動が始まった。
大会前の決起のつもりで海へ行っていた新たちは意気込みながら部活に参加する。
志摩崎校のプールに集まったが、日焼けした肌を見るやすぐに歌島水泳部員に海へ行ったと知られてしまった。
当て付けのつもりか、赤く焼けた肌に水を掛けられその度に新たちは跳び上がっては騒いでいた。
志摩崎部員にはその騒ぎを白い目で見られていたが、その中にも日焼けした者はいる。
初乃が志摩崎の中で一人だけ、艶やかな小麦色となっていた。
日焼け止めを念入りに塗っていたので新たちほど焼けていないが、初乃も海へ行った証をしっかりと残している。
白い目をしている志摩崎の立場でもなく、からかっている歌島部員の立場でもなく、新たちと一緒にからかわれる立場にいた初乃は、誰にも気付かれないように苦笑していた。
そうして部活が始まって、ウォーミングアップを終わらせていると、新は龍馬が部室から出てくるのを見掛けた。
何かよくないことがあったらしく難しい表情をしている。
気になった新はプールから上がって龍馬に話し掛けた。
「何かあったの?」
「この前台風の話をしただろう? もしかしたら部活が休みになるかもしれないって言ってたけど、正式に休みが決まったらしいんだ。二日休みになって、休日も入れたら三日もプールが閉まる」
話を聞いて新は眉をひそめる。
「三日……仕方ないけど長いね」
新は冷静に答えてはいても、心の中では駆り立てるものがあって焦っていた。
それは大会によるプレッシャーだけでなく、河本という存在だった。
学校対抗レースから少しでも河本に追い付こうと、以前より部活に尽力するようになったが、それが休みとなると涼しい顔ではいられない。
河本に惨敗した時の想いが再燃して表情が苦しくなる。
「宗の奴は喜びそうだけど、大会前の休みは結構痛いよな。元々の休日はともかく、練習するはずの日が二日も休みとなると本番の何秒のロスになるかわからん」
「自分たちのプールならまだともかく志摩崎が決めたことなら口出しできないね。嵐の中プールを開放してくれって言う訳にいかないし」
新も龍馬も休まずに練習していたかったが、どうしても諦めざるを得ない状況になって表情を歪める。
水泳の練習に向けて意気込んでいたというのにいきなり足止めになってしまった。
二人して暗い顔をしている宗と勝平もプールから上がってきた。
相変わらず茶色の髪から水滴を落としながら駆けてくる。
「二人して何やってんだ?」
「今度部活が休みになるんだよ」
「えっ、やったじゃん」
龍馬の予想通りに喜んでいる宗に勝平が「馬鹿、大会前だぞ」と怒る。
龍馬と新が同時にため息を吐いた。
「ここが自分たちの学校だったらプールに忍び込んで合宿するのになあ」
新が呟くように言うと宗が喜々として賛同する。
「いいね、そんな活動だったら喜んで参加するよ。今度はきっと壊さないしさ」
「よせよ。志摩崎のプールまで壊したらいよいよ立つ瀬ないぞ」
ただの皮肉なのか本気なのかわからない宗に、今度は勝平ではなく龍馬が止める。
忍び込んでまで練習したい気持ちはあったが、そんな結末を想定すると新は笑えなかった。
「とにかく今は気にせず練習するしかない。みんな練習に戻ってくれ」
龍馬の声で宗と勝平は戻っていく。
新も練習に戻ろうとプールサイドに腰掛けたが、ふと初乃のことを思って疑問になった。
部活が休みになった今、初乃は何を思っているのだろう。
プールが開かないのなら初乃も休みになるが、初乃は新よりも部活に打ち込んでいて向上心も強い。
良い成績が出なければ灯台で一人涙するほど悩んでしまうのに、練習ができないとなるとどれだけ心が急くのだろう。
初乃のことが心配だったが、新は活動が終わってから確かめることにし、遠くから初乃の泳ぐ姿を一瞥してからプールへと戻った。
その日のメニューをこなしていてもあまり集中できないまま部活の時間を過ごした。
部活が終わって水着から着替えると、龍馬に訳を話してから初乃を待った。
プール館の玄関で待ち、初乃を見かけて話しかける。
「ねえ、今度の部活が休みになるって聞いた?」
話を聞いて初乃は表情を歪めた。
やはり初乃も休むより練習したいと思っているようで、明らかに反応は悪かった。
しかし、それから何やら周囲を見回すと初乃は新の腕を引っ張った。
「ちょっと来て」
「えっ、どこに?」
「プール館裏」
初乃はそれだけ答え、新を連れてすたすたと歩き始めた。
新は初乃に引っ張られるまま早足で付いていき、プール館と校舎の間を通って、緑のフェンスと細い木に囲まれた狭い場所に着く。
黒っぽく寂れた階段とプール館裏口の扉があるが、人が滅多に来ないのか、どれも色褪せていて古ぼけていた。
初乃はこの場所に連れてくるなり新に告げる。
「実はね、休みの日にここから中に忍び込もうと思うの」
「中って、館内に?」
「そう。プールが閉まってる三日の間、合宿のつもりで練習しようと思うの。休みの間は誰も来ないし、部室で寝泊まりすればできないこともないでしょう」
話を聞いて新は既に唖然としていたが初乃は続ける。
「プール館の玄関は警備員が戸締りするんだけど、窓とか裏口は生徒が戸締りすることになってるの。玄関を締めたら誰も来ないから、休み前日の戸締りで裏口をこっそり開けておけば後から忍び込めるよ。うちの学校はプールだけは設備が良いし、部室にソファも冷蔵庫もあるから、必要なものさえ持ち込めば数日は過ごせる。合宿が終わったらそのまま部活にも参加できるから、合宿前日も含めたら四泊五日で練習できるよ。ただ問題は一人だけじゃ心許ないってことなんだけど、新くん、一緒に来てくれない? 龍馬くんたちも来てくれると助かるんだけど――」
「ちょ、ちょっと待って、もしかして初乃さんってこれまでもプールに忍び込んだことあるの?」
初乃が質問に「うん」と頷いて、新は再び唖然とする。
すらすらと話を進めていく初乃さんに新は口を開けたままだった。
しかし、既に初乃と同じことを考えていた新は、呆気に取られてはいても全く否定的ではなかった。
「実はさ、僕たちもできればプールに忍び込んで練習したいと思ってたんだ」
「本当?」
「本当だよ。歌島のプールには忍び込んだこともあったから、自分たちのプールならなって思ってた」
その過去があって髪が茶色になり、志摩崎に来ることになっていたのだが、新は話せなかった。
プールを壊してしまったことはこの界隈で有名だったが、そのことも初乃が知っているのかはわからない。
「それじゃあ龍馬くんたちにも話をしてもらっていい? 私も準備をしておくよ」
初乃が笑いながらそう言って新は快く頷いた。
初乃にこの計画を話された時は意外だったが、新は初乃に初めて強い親近感を覚えていた。
後日、部活に向かいながらこの話をすると、龍馬は声を上げて豪快に笑った。
話が意外すぎて、新がしつこく説明してもなかなか龍馬たちが信じてくれなかった。
「本当に初乃ちゃんが忍び込んで合宿しようって言ったのか?」
龍馬が笑いまじりに尋ねてくる。
「本当だって。初乃さんがプール館の裏口を開けておくらしいんだ。嘘だったら忍び込めもしないよ」
「それなら本当かもしれないけど、初乃ちゃんもやる時はやるもんだ。お前ら思ったより似てるんじゃないのか?」
そう言われて冗談かと思ったが、妙に納得してしまう自分がいて新は驚いた。
戸惑いとも取れるその驚きを誤魔化して、「まさか」と新は笑う。
豪快に笑う龍馬と一緒になって笑い合った。
「しかし、これで今度の部活は休みにならなくなったって訳だな。今度の休みは俺たちと初乃ちゃんだけで秘密合宿だ」
龍馬が張り切って堂々と宣する。
合宿と大会に向けて意気込む新だったが、その横で宗が「せっかく休みだと思ったのに」と呟いたので、その額に向けて勝平が無言のツッコミを入れた。
いまいち気持ちが引き締まらないようだった四人だったが、これでも普段よりは真剣であった。
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