第8話 困惑!新を襲う新時代の水着ワンショルダー!
歌島高校での授業が終わって、今日も新は志摩崎高校へ訪れていた。
浮かない気分でプールの館内へ入ろうとすると、二階のデッキから誰かに名前を呼ばれた。
見上げると初乃がスカートをひらつかせながら立っている。
新はどきりと胸を掴まれた。
「今日の部活が終わったら、私の行きたい場所に付き合ってくれる?」
新は噂のことを頭の隅に追いやって冷静に答える。
「行きたい場所って?」
「それはまだ秘密。せっかくだから楽しみにしてて」
「部活終わりは結構疲れてるから場所もわかんなかったら渋るなあ」
「いいじゃない、付き合ってよ」
新は苦笑いを浮かべながら額の汗を掻く。
相手が龍馬たちだったら断るかもしれなかったが今回は初乃だ。
強引な誘いだったが、悩みがあったら聞かせてほしいと言っていたこともあり、新は
「わかった」と頭上の彼女へ答えた。
「それと、そこに立ってるとパンツ見えそうだけどいいの?」
「大丈夫だよ、この下は水着だから」
そう答える初乃のスカートは風に煽られてはたはたと揺れていて、見ようと思わなくても新の視線が自然と初乃の足へと誘われてしまう。
水着だとわかっていても赤くなる顔を俯かせて、新はプールの館内へ入っていった。
部活が終わるとすぐに新と初乃は学校を後にした。
初乃に行き先を明かされないまま新は駅に連れられ、急行の電車に揺られる。
二人掛けの座席に座って、くたくたになった体を休ませる。
何度も瞬きを繰り返して、重くなったまぶたと格闘していると、隣の初乃が言った。
「眠い?」
「ごめんけどそうだね。今日も部活きつかったから」
「そっか。それじゃあさ、私の膝使って寝る?」
「えっ?」
「膝枕ってやつだよ。新くんは私に付き合ってもらってるんだからいいよ」
驚く新に初乃は自分の太ももを叩いて見せる。
それが本気かどうか新はわからず、新は困惑する。
「そうかもしれないけど、それは付き合ってる人同士がすることだろう。確かに僕は今君の都合に付き合ってるけど、恋愛ではまだ付き合ってないよね」
「そこまではっきり言われると拒絶されてるみたいで傷付くなあ。恋愛に付き合うって言い方もロマンチックじゃないし」
「そう?」
「そうだよ。仕方ないから恋愛してやるみたいに聞こえて全然ロマンチックじゃない」
「僕には照れ隠しみたいに聞こえるけど」
「照れ隠しなの?」
初乃の問いに「どうだろう」と答えて新は座席に深く腰掛ける。
新が窓を枕にしているのを見て、初乃はつまらなそうに眉を寄せた。
「でもさ、付き合うってどういうことかわからなくならない? 友達みたいに接してるだけでも付き合ってるって言う人もいるし、恋愛感情がなければ付き合ってないって言う人もいるから、結局どっちなのかわからない。だから私には新くんが私の都合か恋愛に付き合ってるのかもわからないよ」
「人それぞれの付き合い方があるからね。人の定義はあんまり当てにならないよ」
「新くんはどう思う?」
新は上を向いて唸る。
「ずるいかもしれないけど、こういうのって本能的なところあるからはっきり決めない方がいいかもしれないよ。一緒にいたいとか、簡単なことで判断してていいんじゃない?」
「うわ、ずるい」
「改めて言われると傷付くなあ」
「だって本当にずるいから」
初乃の反応はもっともだと新は思っていたが、今は仕方ないと新は思っていた。
初乃と河本の噂が頭を過ぎる。
初乃に言われた駅で新は一緒に電車を降りた。
まだ目的がわからないままだったが、駅がショッピングモールの最寄り駅だったこともあって、何かを買いに来たということはわかる。
そのショッピングモールは僕たちが住んでいる場所付近で一番大きくて、ヨーロッパのルネサンス建築のような造りをしている。
建物の中は石材でできた店が立ち並び、広場の真ん中には女神のモニュメントが立つ噴水がある。
天井が空をイメージしたデザインになっていて、館内なのに雲が流れていた。
男だけではあまり訪れることがなく、慣れていない
それをよそに初乃はどんどん先へ歩いて行く。
人の間を通って初乃を追っていくと、水着を売っている店に着いた。
小麦色の肌をした、やたらと艶かしいマネキンが、エスニックなビキニを着て出迎える。
「それじゃあ、海に行く時に着る水着を選んでくれる?」
「えっ、水着?」
「そのために来たんだよ。競泳用の水着は持ってても海に行くための水着は持ってなかったから」
「それって僕が来る必要あったの?」
「あるよー。だって自分で選ぶより男子に選んでもらった方がいいでしょ。変な水着を買っちゃっても言い訳にできるし」
「うわ、ずるい」
初乃は新の言葉も聞かず、ラックに掛かっている水着を物色し始める。
水着の掛かったハンガーを片手に提げ、その片手で別の水着を探して行く。
ラックの商品を見終わるとすぐに他のラック、棚と回っていき、まるで新と一緒に来ていることを忘れてしまったかのような勢いで商品を漁っていった。
店の商品を全て見終わるだけで随分と掛かっていて、新はすっかり時間を持て余していた。
初乃の水着に全く興味がない訳ではなかったが、新の目からすればどれも同じようにしか見えなかった。
新は足が棒のようになっていくのを感じているしかない。
「ねえ、私はどの水着が似合うと思う?」
初乃はビキニタイプとワンピースタイプの水着を見せて言った。
ここまでタイプの違う水着なら新でもわかるが今度は迷ってしまう。
「初乃さんはどんな風に思ってるの?」
「恥ずかしいからできるだけ露出が少ないものがいいけれど、それだどあまり競泳水着と変わらなくて、それでどっちがいいか迷ってるの。だから新くんが着てほしいものを選んでほしいと思って」
「なるほどね」
「それで、露出の少ないワンピースと露出の多いビキニどっちがいい?」
「その聞き方だど露出の多さで選択を迫ってるよね」
しかも心なしか露出の多い水着を選ばせようとしている。
言ってしまえば水着など関係なくて、露出して欲しいか露出してほしくないかの質問になっている。
そもそも、この店全ての水着を見た後に水着のタイプを尋ねるところからおかしい。
最初にタイプを聞いておいてその中から買うものを選ぶはずだ。
要するに水着選びをさせることによって初乃は新をからかおうとしている。
新が顔を赤くする姿を見たいのだ。
だとしても、新は目の前の本能のままに従うしかなかった。
「……ビキニかな」
「どうしてビキニ?」
「なんとなく初乃さんのイメージに合うかと思って……活発な人はビキニの方が似合うよ」
まともな理由を言っているのに真っ直ぐ初乃の顔を見られない。
目線も合わせず顔も赤くしているので、初乃はにやにやと笑みを浮かべた。
「そうだね。新くんが言うなら買おうかな」
「それで、せっかくだから僕の水着も買っておこうかと思うんだけど」
「ふふふふふふ。えっ?」
新が話を紛らわそうとしているのに、話すら聞こえないほどニヤニヤ笑う初乃。
紅潮している新は口を強くつぐむ。
「ああ、新くんの水着だね。格好いいの選んだげる」
初乃はぱたぱたと女性用から男性用水着売り場へ行ってしまう。
新も慌てて付いていくが、初乃は上機嫌のようで足取りはとても早かった。
新の水着を選ぶというのに、選ぶのは新ではなく初乃が夢中になって物色していた。
先程と同じようにハンガーを腕に掛け、その片手で次の候補を探していく。
新はその間もやはり蚊帳の外になっていた。
「新くん、ワンショルダーの水着なんてどう?」
新はそのタイプの水着を聞き慣れていない。
「ワンショルダー? ショルダーだから肩掛け?」
「そう思うかもしれないけど違うの。えっと、この水着なんだけど――」
初乃が見せてきた水着はブーメランタイプよりも更に布面積が小さく、大人ものとは思えないほど腰部分が細い。
その時点で既に、怪しい予感がしていたが新は尋ねる。
「えっと、これって腰入るの? 足すら通るかわかんないんだけど」
「足は片方しか通さないよ。この水着の着方はね――」
そう言って、近くにあったマネキンにそのワンショルダーとやらの水着をあてがって見せる。
するとその水着は股間と一片方の腰しか覆っておらず、もう一方の腰はなんと剥き出しの状態だった。
股間とおしりに掛けてのラインもかなり際どく、おしりに至っては片方丸出しの状態だ。
「こんなの水着じゃない!」
「私にビキニを着させて露出させようとするなら、新くんもこれくらい露出してもらわないと」
「そんな、不公平すぎる!」
残念そうにワンショルダーを諦める初乃だったが、本気だったのか定かではない。
明らかに冗談のような提案だったが、新の目には初乃が本気だったように見える。
新は恐怖しながらもワンショルダーを身に付け海水浴へ行った時のことを想像する。
サンオイルを塗って日焼けを楽しむ女性客、ビーチバレーに白熱する男性客で賑わい、あまつさえ子供連れの家族までいる青天白日の海水浴場で、誰よりも布面積の小さいワンショルダーを着る自分。
どう考えても指を差して笑われる結末しか見えず、新は一人戦慄していた。
その後、初乃にはワンショルダーを諦めてもらったが、初乃の提案で結局ブーメランタイプの水着を買うことになった。
この水着も布面積は小さいが、ワンショルダーほどではないので仕方なく新は受け入れることにする。
あれほど布面積の小さい水着を迫られた後だとブーメランはまだ救われているように思えた。
買い物が済んで新たちは再びに電車に乗った二つの買い物袋が何も入っていないかのように軽く、新の片手だけで事足りてしまう。
本当に水着が入っているのか気になって中を覗こうとすると、初乃に「なんか恥ずかしいから覗かないで」と怒られてしまった。
変なところで羞恥心が働く初乃に新は渋々謝っていた。
電車に座っていると、行きよりも強い眠気が新を襲った。
足元から暖気が流れ込んできてそれが睡魔に拍車を掛ける。
部活動の疲労が溜まっている上に、慣れない場所で時間を過ごした疲れもあって体も重い。
それに、新の心にずっと付きまとっていたこともあり、初乃との時間が楽しくなかった訳でもないのに、心まで重たくなっていた。
「さっきよりもうとうとしてるね。今日は付き合ってくれてありがとう」
「僕も楽しかったからいいよ」
話している最中でも眠気がやってきて、重い目を閉じてしまう。
普段の新なら「この次は僕に付き合ってもらおうか」などと話に乗じるかもしれなかったが、その気力もなかった。
その疲れきった新は、聞こうと思っても聞けなかったことを思わず尋ねてしまう。
新の心につきまとっていて、ずっと堪えていたことだった。
「河本先輩と付き合ってるって本当?」
突拍子もない質問に初乃は驚く。
「どうしてそう思うの?」
「志摩崎高校の間で噂になってるって聞いたんだよ。去年ずっと一緒にいたからみんなそう思ってたらしい」
話を聞いて初乃は「あー」と呟く。
妙に納得している初乃の反応を見て、新は噂が事実のように思えてしまう。
胸が火傷のように痛む。
「去年は水泳部に入ったばかりで頼れる先輩を知らなかったの。河本先輩が唯一アドバイスしてくれて助けてくれたから私も頼るようになって、気が付いたらずっと先輩と一緒にいた。だから噂になってたんだと思う」
初乃が去年ずっと河本と一緒だったことは事実だった。
そのことだけで新は表情を歪めてしまうが、続けて初乃は言った。
「でも河本先輩とは付き合ってないよ。去年までは確かに河本先輩ぐらいしか親しくなかったけど、恋愛の話なんてしなかったし、付き合うかどうかの話にもならなかった」
「先輩を好きにはならなかった?」
「ならなかった。先輩だってただの後輩だとしか思われてないだろうし」
「これからも好きにならない?」
「ならないと思う。先輩として頼ってもそれはない」
初乃の言葉を聞いて新の不安はようやく収まり始める。
河本先輩と親しい事実がまだ胸に残っていたが、交際している事実はなく好意もないことが証明されて晴れ晴れとしていた。
暗雲が晴れて安心感が胸を満たすと重荷が外されて再び睡魔がやってくる。
幸福感に満たされて、堪えていた眠気がピークに達しそうとしていた。
眠ってしまいそうになっている新に初乃は言う。
「でもよかった。今日の新くんはいつもと様子が違ったから心配してたの」
「そう?」
「そうだよ。でもそれって私の噂を気にしてたからなんでしょう。河本先輩と付き合ってるかもしれないのに、一緒にいて大丈夫かって考えてたんだ」
「そりゃ考えるよ」
「じゃあ嫉妬してたりもするのかな。私にはいつもより不機嫌そうに見えたんだけど」
初乃は新をからかうつもりで言っていたのかもしれないし、純粋に心からの疑問だったのかもしれない。
しかし新は眠気がピークに達したのか、あるいは誤魔化そうとしているのか、何も答えず目を閉じていた。
寝ているのか寝ていないのかわからない新を見て初乃は苦笑する。
「本当にずるいなあ。電車乗り過ごしても知らないからね」
目を閉じたまま動かない新を覗き込んで初乃は一人呟く。
幸せそうな表情で寝入り込んでいる新を見て、初乃は人知れず笑った。
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