第7話 初乃の噂の相手
水泳部の活動が終わって、新たちは志摩崎高校を後にしようとしていた。
制服に着替えてもまだ髪が乾いていない四人は、太陽の沈んだ方へ歩く。
今日は雲が多いためか暗がるのがいつもより早い。
「新、さっきはどうしたんだよ。対抗レースで二位だったのに納得いかない顔してさ」
勝平にまで気付かれていたのか、帰り道でも新は追求される。
龍馬がそれに続く。
「河本先輩に何か言われて対抗してた。そうだろ?」
新は歩きながら素直に首を縦に振る。
「初乃さんと水泳の話をしてたらいきなり先輩が来て、ライバル同士で馴れ合うなって言われたんだ」
新は真剣に話していたが、勝平と宗が龍馬に「初乃って新がゴーグル貸した相手か?」と尋ねて水を刺す。
龍馬はため息を吐きながらも頷いて話を進める。
「それで、あの時言い争いになりそうになって、そのまま対抗レースに出たのか」
新は「うん」と頷く。
そして龍馬に同意を求める。
「歌島と志摩崎がライバルだったとしても、仲良くしちゃいけない理由なんてないんじゃないの?」
「……確かに新の気持ちはわからなくもないし、否定する気もないけど」
龍馬が何か言いたそうに口を動かしているので新は更に続ける。
「だって先輩が言ってたことは、龍馬と
「間違ってるな。そりゃ絶対に間違ってる」
即答だった。
龍馬の手の返し様に「おい」と言う宗。
新の言う通り、龍馬の恋人は志摩崎で、龍馬は歌島高校だから二人もあてはまってしまうが、龍馬のベタ惚れ具合がすさまじかった。
その二人の横で勝平は苦い顔をしていたが、やがて確かめるように新に尋ねた。
「よくわかんないけど、つまり新は初乃さんを盗られそうになって嫉妬してたってことでいいのか?」
新が思わず足から崩れそうになる。
まだ初乃への好意を明確に自覚していないようで、宗の質問によって動揺していた。
「初乃さんのこと好きなのか」
龍馬が更に追求してくるが新は答えられない。
新の中では初乃への好意は肯定もできなければ否定もできなくなっていて、自分でもどちらか判断できない。
まだ新と初乃が会って3日しか経っていないので無理はなかったが、灯台での件は確実に大きなきっかけになっているはずだった。
新自身も判断できなくて迷っていると、突然背後から新を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい!」
新たちが振り向くと、噂をしていた初乃がこちらに駆けてきていた。
新たちの帰り道とは違うだけに、新は驚く。
「どうしたの?」
新が動揺が収まらないままに、初乃は話す。
「今度一緒に海に行かない? 学校が夏休みに入ってから、次の部活の休みにみんなで行くの。大会前だからって練習しかしてなかったら根詰まっちゃうし、練習を頑張るために一日ぱーっと遊ぼうよ」
新は初乃の提案が意外すぎて目を丸くした。
河本と新の話を聞いておきながらまだ歌島と交流を持とうとしてくれている。
それが意外で新は驚きすぎて動揺さえしていたが、宗が構わず賛同した。
「海、いいねえ! しばらく行ってなかったからちょうどいいや」
続いて勝平が「俺たちまで行っていいの? 初乃ちゃんは新と行きたいんじゃない?」と茶化す。
初乃は「からかわないでよ、恥ずかしいじゃない」と照れ笑いしていたが、新はまだ蚊帳の外。
それでも龍馬が「彼女も連れて行っていいか」と了承を得始めて、海に行く話はあっという間に進み始めた。
新は一歩離れたところから海水浴へ行く話に葛藤していた。
「ライバル校同士は馴れ合うべきじゃない」と言っていた河本に初乃は否定しなかった。
それなのにこのまま予定を立ててしまっていいのかわからない。
初乃と海へ行きたい気持ちがあっても素直に話を進めていいのかわからなかった。
新の気などしらずに、龍馬たちは海へ行く話で盛り上がり始め、イルカの浮き輪を買おうかなど、ビーチバレーをしようかなどと勝手に話し始めた。
四人が話に夢中になり始めたので、新は呟くように初乃に尋ねる。
「河本先輩のことはいいの?」
初乃は新に言われても何のことかわからない。
「なにが?」
「河本先輩に馴れ合うなって言われてたじゃないか。それなのに海なんて」
「ああそのことね。そのことなんだけど、あれで私も火が付いちゃった。河本先輩の事情を知ってたから気持ちはわかるけど、私はやっぱり違うと思う。こうやって誰かと仲良くなってだめになることなんてない」
「河本先輩の事情って?」
「仲が良かった幼馴染みが手の届かないほど速い選手になって先輩が引け目を感じてるらしいの。まだ一緒に泳ぐ時があるみたいなんだけど手加減されて、それが辛いみたい」
「……辛いけど僕たちの事情じゃない」
「そうだけど大目に見てあげて。悪い人ではないの」
新は「わかったよ」と答える。
河本と初乃が妙に親しげなのが鼻についたが、新はそれが嫉妬かどうかは判断できないままだった。
「それで、新くんも海に行くんでしょう?」
初乃の話を聞いてようやく納得できた新はため息を吐いて答えた。
「行くよ。僕も海に行きたいって思ってたからね」
そう言うと初乃は嬉しそうに「よかった」と笑うので、新はそれだけで顔を赤くしてしまいそうになって目を逸らした。
次の日。
歌島高校で昼食を摂っていると、一緒にいた勝平が突然「えぇーっ!」と声を上げた。
その拍子で腹が机を押し上げ、倒れそうになった弁当を新が押さえる。
龍馬も手が間に合って弁当を救えていたが、宗はよそ見をしていたので弁当を受け止められず、弁当のご飯がひっくり返してしまった。
おかずのたらこスパゲティをシャツに付けた宗は、椅子を倒さんばかりに立ち上がる。
「おい! どうしてくれんだ。俺の昼飯が台なしだぞ!」
「わ、悪かったよ。あとで昼飯おごるから。それより新、聞いてくれ!」
憤る宗のこともよそに勝平がスマホを新に見せる。
ご飯粒の付いたところを避けながらスマホの画面を見ると、新も愕然として血相を変えた。
龍馬が隣からのぞき見て声が出るほど驚く。
「初乃ちゃんと河本先輩が付き合ってるって、本当か?」
尋ねられた勝平が答える。
「よくわからないけど、そんな噂が立ってるらしい。初乃ちゃんのことを志摩崎の友達に聞いたら、その返信が返ってきたんだよ」
「どうして勝平が初乃ちゃんのこと聞くんだよ」
「いやだって、昨日あんな話になったから、新のために初乃ちゃんのタイプとか好きな仕草とか調べられないかと思ってさ。そしたらまさかのこの情報だよ。しかも結構有力みたいだし」
新がスマホの画面を読み進めると、去年初乃が河本に付きっきりだったことが書いてあった。
いつも一緒にいたので水泳部員全員が付き合っているものと思っていたらしい。
「そう言えば俺も昨日、SNSで気になる情報見たな」
宗が横から呟く。
「志摩崎の部員が、あの人って先輩と付き合ってたんじゃないのー、とか言ってたんだよ。今思えばもしかしたら初乃ちゃんのことだったのかも」
宗の言っていることが事実かわからない。
勝平の情報はともかく、宗の情報は初乃のことを言っているかさえわからない。
どれも噂に過ぎない話で本当に初乃と河本が付き合っているかどうかわからなかったし、付き合っていない可能性もまだ大いに有り得た。
それでも情報が確かだとすると、初乃と河本の関係が実際どうであれ、勘違いされるほどの時間を一緒に過ごしていたことになる。
それだけで十分に新の心を痛め付けていた。
「……新、そんな顔するなよ。まだ噂が本当だって決まった訳じゃないだろう」
龍馬の言う顔がどんなものかわからなかったが、新は気にしなかった。
脳裏にあるのは、昨日河本のことを親しげに話す初乃の姿だった。
噂が事実でなければ初乃は昨日のように話さない。
勝平の情報が間違いないことを証明しているような事柄だった。
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