第4話 サビキのイ〇スタ映え、新の迷い


水泳部が志摩崎のプールを借りるようになって、初めての休みがやってきた。


龍馬たちと出掛ける約束をしていた新はTシャツ半ズボンにサンダルというラフさで炎天下のコンクリートへと飛び出す。


自転車を引っ張り出してきて荷台に何やら大きな荷物を載せると、サドルに飛び乗り積乱雲を貫かんごとくに漕ぎ始めた。



新は約束の時間より遅れてしまっていた。


急ぎたいが、歌島は坂のアップダウンが激しく、自転車では走りにくい。


新はそれをもろともせず進み、パワフルに登っていく。


下り坂は自転車が加速するまま走らせ、上り坂は体重を使った立ち漕ぎで越え、海岸沿いの道を走っていった。


歌島港に着くと、先に着いて堤防の先で集まっている龍馬たちが見えた。


自転車のスタンドをロックし、荷物を肩に掛けて龍馬たちの元へ急いだ。


「遅いぞ、俺たちは新に釣具預けてるんだからな」


「悪い悪い」


文句を言う宗に謝りながら新は青いボックスをコンクリートの上に置き、持ってきた釣竿を伸ばして準備をする。


糸の先におもりを付け、その上端のこませかごを付けると、その中に餌を入れた。


龍馬たちも準備ができると、釣竿をしならせてサビキ針を海に沈ませる。


浮きが馴染んできたところで、かごに入れていたこませをしゃくって撒き、食い付いてくる魚を待った。


四人とも何も話さず、ただじっとロッドの先の浮きを見ていた。


それぞれがかごの中のこませをしゃくって、海の魚を騙そうとする。


獲物と勘違いして針に掛かるのを待ち、何分何十分と時間が過ぎていく。


時折四人の誰かが針を引き上げる。


かごの中にこませを補充すると、また針を海の中へと落として魚が食い付くのを待った。



そうして最初の一時間は何も釣果がないまま過ぎた。


浮きを見ているのも飽きて、新はぼんやりと水平線に視線を移す。


今日の空は雲一つない天気で、水平線はモヤが掛かることもなくはっきりと空と海を分けている。


堤防の真下を見ると慌ただしく波が押し寄せているが、沖を見てみるとどこまでも青く平坦のように見えた。


頭上を浮かんでいる鳶が悠々と鳴いていて、時間がゆっくりと流れていくのを感じていた。



新はそんなゆっくりとした時間で安らいでいたが、そのうち宗が退屈して痺れを切らした。


「なんでこんなに魚が釣れないんだよ」


「仕方ないだろ。魚だって釣られるために泳いでるんじゃないんだから」


「わかってるよそんなことは」


龍馬になだめられても宗は魚を待ち続けるのに飽きて堪えられなくなっていた。


眉間をひそめたまま浮きを見つめ、口をつぐませている。



しかし確かに今日は魚の食い付きが悪かった。


新も長い間竿を構えたままで、かごにこませを入れ直すのももう何度もやっている。


成果が出ないまま浮きを見ているだけで、太陽だけが少し傾いていた。



それでも魚を待つのが苦でなかった新がのんびり時間を過ごしていると、不意に背後で「カシャリ」という音がした。


振り向くと、宗がスマホをこちらに構えている。気づかぬうちに写真を撮られていた。


「なんだ、またSNSか。釣りはもう飽きたのかよ」


「片手間にできるのがいいところなんだな」


「それ魚が掛かっても気づくのか?」


「大丈夫大丈夫。ほら勝平、ポーズ取って!」


龍馬の問いも空しく、今度は勝平にカメラを向けられる。


宗に写真を撮られそうになった勝平は慌てて手をかざした。


「写真は苦手って言ってただろう!」


「いいじゃんそんなの」


「俺みたいに太ってるやつSNSに載せても映えねえだろ、やめろ!」


勝平がそう言うと、宗は納得してカメラを下げる。


「そりゃそうだな」


「納得すんなよ! 事実でもちょっとはフォローしてくれよ!」


「あっ、勝平の竿、掛かってる!」


宗と勝平がコントを繰り広げていると、ようやく勝平の竿がしなった。


新に言われて勝平が慌ててリールを引く。


しばしの格闘の後に獲物を釣り上げると、青白いアジがコンクリの上をぴちぴち跳ねた。


それも他ぜんぶの針にも魚がかかっていて、さきほどまで寂しかった堤防が一気に華やかに彩られた。


「やっぱり粘り続けるやつに掛かるんだな」


勝平が勝ち誇ったような顔で宗に言う。


活きの良いアジを見せ付けられると宗は悔しそうな表情で凝視し、そして勝平の釣果を撮るのも忘れて自分の竿を構え直した。



新は苦笑しながら二人のコントを聞いていたが、相変わらず魚は掛からないままだった。


再び静けさが戻り、新たちはゆっくりと魚を待ちながら時間を過ごす。


鳶の泣く音がまた耳に届き始めた。


「あれ、あの子って確か……」


内港側で釣っていた龍二が不意に言った。


何を見付けたのかと思って新は振り向く。


「志摩崎水泳部の人じゃないのか? 江崎初乃ちゃんだっけ?」


港の側を走っている女の子を見ると、その人は確かに見知った顔で、先日ゴーグルを貸した人だった。


今日は水着ではなくTシャツとショートパンツを身に着けていてとてもラフな格好をしている。


もしかしたら自主練習で走っていて、志摩崎からこの歌島まで来たのかもしれない。


「あぁ、あの人ってあれだろう、新が気になってる人だろう?」


宗に言われて新は釣竿から手を離しそうになる。


「だから違うって!」


「でもあれだけ熱烈な目で初乃ちゃんを見てたらそう思われても仕方ないって。認めちゃえよ、あの子のことが好きなんだろう?」


「違う!」


先日も否定したはずのことでからかわれ、面倒くさがりながら言う。


それでも宗はからかって笑うので、龍馬がその横から言う。


「まあまあ、あんまりからかってやるな。新がここまで否定するということは勘違いだったということだ。これだけ否定するってことは、初乃ちゃんのことをなんとも思ってなくて、誰かが初乃ちゃんに告白して付き合い始めても何の文句はないんだ」


龍馬の話に新は言葉を詰まらせた。それでも龍馬は続ける。


「仮に初乃ちゃんにはもう付き合っている人が志摩崎にいて、歌島の新のことなんか眼中になかったとしても、新にはまったく関係ないんだな?」


龍馬の追求に新は眉間にしわを寄せて口を噛み締める。


はっきりとした答えを出せず、肯定も否定もできずに黙っているしかできなかった。


新の反応を見て龍馬は可笑しそうに笑う。


「なんだよ、相変わらず新は優柔不断だ」


「そう言う龍馬は意地悪だ」


追求して探りを入れてくる龍馬に新は何も言えず不機嫌に口を尖らせる。


三人に笑われているのを背後に感じつつも、新は無視し外港側での釣りを続けた。


歌島を走り去っていく初乃が気になりつつも振り向くことができなかった。




サビキ釣りを終える頃には太陽が沈み切り、夕焼けも全く見えなくなっていた。


電灯のない道がそろそろ暗闇で霞み始めようとしている。


結局、釣果は宗と勝平が一匹釣って、龍馬が二匹、新だけがボウズだった。


釣れなかった新は空のクーラーボックスを荷台に載せて、新は龍馬たちと別れる。


軽いはずのペダルが心なしか普段より重かった。



新たちの暮らす歌島は電灯も少なく、車道しかない道を行かなければならなかった。


路側帯はあるにはあるが、狭いうえに白線は薄れているし、木々に埋もれていたりするし、ないと言っても過言でなかった。


自宅近くへ出ればまだ整った道に出るが、ふと新は道を変えて、さらに上り坂の山道へ上り始めた。



新は自転車のペダルを全体重を使って漕ぎ、暗くて急な坂を上っていく。


荷台に載せている釣り道具が重いが、ボウズになってしまったのでその分は軽い。


行きと同じ重さを荷台に載せてペダルを漕いだ。



田んぼにいるカエルの鳴き声が響いていたが、新は聞こえないくらいに漕ぐのに集中していた。


汗が額から溢れて首筋を伝っていく。


太ももやふくらはぎが強ばり、荒れた呼吸をしながら奥歯を強く噛み締める。


夏になって生温くなった空気を感じながら急な上り坂を進んでいった。



目的地にやってくると、新は自転車を停め、古い鳥居の下を潜り抜けて境内を歩いた。


何十年と経ってすっかり色落ちたその場所はまったく人がおらず、生き物がいる気配すらもなかった。


参道だけは草木が生えないように手が施されているが、参道を外れればもう草だらけで、木造の社じたいも梁も床もすかすかに風化している。


神聖な場所であるにしてもあまり良い雰囲気ではなく、言ってしまえば妖怪の類が現れたって少しもおかしくはなかった。



そんな道を新は怯えながらも一人進んでいって立ち、賽銭箱に10円……いや、思い切って100円を投げ入れた。


鐘を鳴らして二礼二拍手……目を閉じる。


『どうか歌島高校の水泳部を大会で勝たせてください。予選大会で良い成績を残せるようになり、インターハイに出場できるようにしてください』


社に向かって手を合わせながらそう祈る。


気休めでもいいから何かに頼りたかった新は、誰もいない神社で一人目を閉じていた。


それから最近考えていることを全て打ち明けるように社に祈った。


『歌島のプールが直って水泳部が無事に練習できるようにしてください。太っている勝平がダイエットを始めて痩せるようにしてください。宗がもう少しでも大人になって馬鹿をやらないようにしてください。龍馬とその恋人を別れさせないでください。そして僕には可愛い恋人を授けてください。例えば志摩崎の初乃さんのような……』


勢いのまま祈ってしまっていたが、初乃の名前を心に想った途端、恥ずかしくなって爆弾が弾けるように赤面してしまった。


誰もいない静かな境内で、紅潮した顔を一人忙しく扇ぐ。



こんなことを祈ってしまってもよかったのかと一人後悔していると風が不意に吹いて、松がざわざわと騒ぎ、新の体を抜けて服が忙しく揺れた。


驚いた新は我に返ったように境内を見渡すと、相変わらず境内は人気がなく、電灯に群がる虫だけが騒がしく、やはりどこか気味が悪かった。


怯える新はそそくさとその場を立ち去ろうとする。


用事も済んだので、さっさと帰宅してマリカーでもしようと走り始めた。



すると、突然草木の一部がガサリと大きく揺れた。


「ひぇっ……!」


驚いた新からそんな間抜けた声が出た。


しかし気のせいではなく、風で揺れたのでもなく、動物か何かによって草が動いていた。


何が潜んでいるのかとそのまま凝視し、怯えたままいた新だったが、その茂みから参道へ現れたのはただの猫だった。


「ね、猫かー……」


がっくりと崩れ落ちる新。


阿呆らしくて自分が嫌になっていたが、そんな新の気も知らず、猫は気ままに新の足元へ寄ってきてくれた。


新は苦い顔しながら白くて毛並みの長い猫を撫でる。


背中から首の後ろまでじっくり撫でてやると、白猫は心地良さそうに目を細めた。


野良にもかかわらず人間慣れした猫につられて口元が緩む新。


ほのぼのした時間を過ごしている中、新はふとさきほど祈った事を思い出した。


猫に手を舐められながら、新は夜空を見上げてぼんやりと考える。



やっぱり僕は初乃さんのことが好きなのだろうか。



改めて考えると顔から火が出そうだったが、新は否定できなくなっていた。


白猫は新の顔をじっと見つめていた。


体を寄せて、空を仰ぐ顔をじっと眺めていた。

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