Realize on Dream 1-1

百戦錬磨の俺は、手応えを感じなかった。誰を相手しても満たされず、戦いに明け暮れていた。

どれだけ戦ってもその心は常に燃え上がり、強者を求めている、はずだった。


「あ、あれ?…消えたんだけど」


俺、音無竜真は格闘していた。暴力とかでもなく、競技でもない。

右上に「ビデオ」と表示されているテレビでもない。ケーブルもコンセントも、コントローラもしっかり接続されているはずのゲーム機『ヴァーサス』と睨み合っていた。


「昨日は動いてたじゃねぇか…聞いてねぇ」


セーブデータが残ってるか、凄く不安になってきた。昨日までプレイしていた「バトルファイターVS」は過去最高の連勝記録を出していた。これでもしデータがなくなっているとしたら、立ち直れないかもしれない。

ふと顔を上げると時計の針は8時50分にさしかかっていた。


「そろそろ時間か。ちょうどいいな」


俺はヴァーサスとテレビの電源を切り、ケーブルを外した。


「とりあえず持ってくのは…ケーブルは使えるからこのままでいっか」


ヴァーサスをタオルで包み、ナップサックに詰めた。

この町でゲームを直せるのはおっちゃんしかいない。夏休みに入る前にどうにか修理をしたい。

学校も今日が終業式だ。まあこの時点で遅刻は確定だからそれはどうでもいい。

それでも急いでいるのはおっちゃんの店が9時に開くからだ。


(いそがねぇと…今日はまずい!)


すでに夏休みに入っている子供たちは、町唯一のゲーム屋さんに集まる。

一分一秒でもゲームをしたい俺にとって、混雑はどうしても避けたい。

しかし修理に出したといってもいつ直るかはわからない。

またそのたびに朝からゲーム屋まで走らないといけなくなる…。

ヴァーサスの故障が不安を駆り立たせる。


「チャリ…いや走った方がはえぇ!」


おっちゃんの店まで5キロ弱はあるだろう。

だがショーカットすれば、自転車に乗らずとも10分で行けるはず。


(ランニングアクションみてぇだな。)


焦りなのか、楽しみで興奮なのかは自分でもわからなかったが、気持ちが高揚していくことだけはわかった。どんな状況でもゲームに置き換えれば、楽しくなる。

俺は地面を強く蹴り、一直線に駆けた。





ガラガラガラ。


「おっし開店したぞー」


「やったあー!新作ゲーム買えるぜー」


「おっちゃん今日くらい開店早めてよ!」


「焦んな焦んな、田舎町の在庫なんてたかが知れてるだろ。平等にな」


「おっちゃんおっちゃん!俺これね!」


「おいボンズ共、順番守れよ?今レジ行くから」


賑わう声が聞こえる、開店してからそんなに経ってない。

足が悲鳴をあげている。アスファルトの照り返す熱と圧力が、身体を震わせる。


「おっ…ちゃん。おはよ…」


息を切らしおっちゃんの目の前についた。10分は流石に無理だったが我ながらよくここまで…


「てめぇは何してんだ!」


「ぶおは」


思いっきり頭にチョップが入った。スイカ割りのスイカになった気分だ。割ったことねぇけど。


「いっつー、なにすんだ!」


「なんでこの時間にお前がここにいんだってことだ。遅刻してんじゃねぇか」


「いや、これ終わったら絶対行くって」


お店にいた子供達が俺を見るなり「来たぞ!」と声を上げた。


「お兄ちゃんだ!学校は?」


「これからだよ、気分乗ったら行くよ」


「ずるー」


「ずるくねぇよ、お前ら何しに来たんだ」


無邪気にはしゃぐ数人の子供達はあれだよとショーケースを指差した。


「あれなんてやつだ?」


「お兄ちゃん《ニューゾーン》知らないの」


「やらねぇ、古ゲー専門だからな。だが、どんなゲームも大好きだ!」


子供たちは「古ゲー」ってなに、と疑問を浮かべていたが、俺から説明するのも野暮だろう。

きっとお前たちが今遊んでいるゲームがなるものだなんてことは、俺には言えなかった。


「兄ちゃん!兄ちゃん!」


一方で元気に裾を引っ張る男の子が話しかけた。


「俺、これみたいにサッカー選手なれるかな!?」


見せたのは人気ゲーム「ウイニングサッカープレイヤー」だ。サッカーゲームの名作でウイサカの愛称で親しまれている。11人というプレイヤーを操るにもかかわらず、ボールに近い選手へのコントロールが単純化されていて子供に人気だ。

俺は目線を下げ、男の子の肩に手を乗せた。


「もちろんだ。なんなら、お前ら全員プロになるまで鍛えてやるさ!お前たちの夢、背負ってやるぜ!」


「「はーい!」」


子供たちはすごく嬉しそうにはしゃいだ。


「てめえは学校で学を鍛えてこい!!」


「あいた!」


おっちゃんは頭がかち割れるほどの手刀を振り下ろした。


「いてて、ゲームの話はまた持って来てやるから、ウイサカは今度な」


「え?もう行くのー?」


「そそ、おっちゃんと話があるから」


「あ?俺に用か」

俺はカバンからヴァーサスを出した。


「なんだ、ヴァーサスじゃねぇか。また古いもんやってんな」


「いいだろ別に。故障っぽいんだ。みてくれねぇか」


「ったく、新作ゲームも出てるのに変わりもんだな」


「余計なお世話だ」


「こいつはこっちで修理してやるから早く学校行け」


「じゃあ修理費タダな、じゃ!」


走ってそのまま学校へと駆けた。おい!こっちが損してんじゃねぇか、と聞こえたが車の音でかき消えた。ということにしておこう。

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