Realize on Dream 1-2

小さな町、久利亜町には都市部へ向かう大きな道路、直結の電車がある。そのため中心部に行くと人の行き交いが多い。その中心部に近い久利亜高校は俺が2年間と4ヶ月くらい通った場所。野球部とバレー部が強豪として有名で、各部活も彼らに合わせ活気づいた練習を行なっている。

バレー部は終業式を終えたのかすでに練習を始め、声を出しながら俺の横を走っていった。


「こんな暑い日によくやるよ」


ボソッと呟いたつもりだったが聞こえた部員がいるらしくこちらを見ている。


(さ、触らぬ神になんとやらだな)


そそくさとその場を通り過ぎた。今じゃこんな夏真っ盛りの中で走れない。


しかし、この様子だと終業式とか朝会はもう終わってるのか。遅刻して長い時間が経ったわけじゃない。

下駄箱でボロボロの上履きに履き替え、くすんで色がはげた階段を登った。

帰らず踊り場で駄弁っている女子や、下校しようと昇降口に向かう生徒と何度かすれ違った。

いい年して走っておっかけっこしてる高校生たちにぶつかりそうになるも、一歩よけてまた階段を昇り始めた。


「遅い!」


「げ!」


目の前にはスポーツウェアを着た工藤勲がいた。教師とコーチを兼任し太い眉毛と四角い顔が特徴な先公だ。勇猛な顔と名前から、一部の生徒からはイサ公と呼ばれていた。


「イサ公か、どうした。俺は今から教室に入るところだぞ」


「その前に、なぜ遅刻した」


「なぜって、まあ用事」


「はっきり言え!お前はいつも遅刻の言い訳をはぐらかす!俺はもっと具体的な理由を聞いているんだ!」


「…めんどくせぇ」


「面倒くさいとはなんだ!もしや俺には言えない事をしてるんじゃないだろうな」


「してねぇよ!だぁもう!わかったよ、ちょっとゲーム屋よっただけだよ!」


「またゲーム屋さんに迷惑をかけたのか!」


「だからそうじゃねぇって!ちょっとゲームが…ああ説明がめんどくさい!!」


「また面倒くさいだと…!そんな言葉を使ってると癖になるぞ!」


「もう癖になってんよ!いいから通るぜ!」


「あ!こら待て!」


目の前の巨体をかいくぐって走り出した。イサ公を撒いて、屋上に行こう。教室に行くのは後だ。

とりあえず廊下の角が勝負だな。


「おい!廊下を走るな!音無」


あいつも走ってやがる!人のこと言えねぇじゃねぇか!

だが冷静になれ、タイミングを見誤るな。

廊下の角まで10m。


後方との距離を確認しつつ、曲がり角で一気に、離す!


「音無!そこは行き止まり…ってあれ?いない。くそ!下に降りて外出たか!」

スポーツシューズの足音は下へと向かった。


「よいしょっと」


通風口を開け、顔を出す。


「もう行ったみてぇだな」


イサ公から逃げ切った。よくある光景で誰もが、またかと口にしていた。

でもこれはきっと、最初で最後の追いかけっこだったんだろう。




イサ公から逃げきり、息をついた。周りを伺いながら階段を上る。

もちろんそのまま教室に向かったらイサ公に捕まってどやされるに違いない。

俺は屋上まで歩みを進めて、「立ち入り禁止」の張り紙を無視してドアノブを回す。

この屋上は俺とあいつらの溜まり場で、普段は鍵がかかっている。しかも、俺ら以外は入れないと思っているから誰もこない。


「ん?開かねぇな。よいっと」


ドアノブを少し上に持ち上げ、もう一度回すと鍵の開く音がした。

扉を開くと生暖かい風が屋上の踊り場に吹き込み、舞った埃がラメみたいに光っていた。

ま、当の俺はあまり気にしたことはないけど。


「あ!兄貴!おはようございます!」


「もう昼だぞ」


「知ってますよ。まあ今日の初めの挨拶なんで!」


「ああそうかい。奈帆もおはよう」


「おざーす」


こいつらは高校で連んでる仲間で、男は佐々山理樹。喧嘩っぱやいけど実力が伴っていない。小学生のころ、喧嘩で負けているところを助けてやったところから「兄貴!」と呼ぶようになった。俺としては悪い気がしないし、友達もいなかったしで、お互いにちょうどよかった。


女は水瀬奈帆。理樹の初めての彼女で、こいつのために俺は散々恋愛相談に付き合わされた。一個下の後輩らしく、俺には敬語(かどうかも怪しい言葉)を使う。屋上でサボりをしてた時に理樹が思い切って彼女を誘い、こうしていつも三人でサボっている。

昔馴染みの弟分が、好きな女を連れ回しているのを見ると、背中がかゆくなる。人は好きなやつができると、こうも前が見えないもんなんだなと客観的になれる。


「兄貴、もう終業式終わりましたよ」


「知ってるよ」


「じゃあそのままサボっちゃえばいいのに」


「真面目っすねー」


「間に合うと思ったんだよ」


ほら、と俺はケーブルだけカバンから出した。

「なんすか、これー」


「奈帆、これゲームのケーブルだよ」


「ふーん」


「ヴァーサスこの辺に隠してあんだろ」


俺は屋上の端にあったブルーシートを上げた。

「えっと、兄貴。その辺にあったゲーム機もうないよ」


「はぁ?!なんで」


「奈帆とこの間ゲームしようと思って探したけど見つかんなくて」


「せっかくやろうと思ったのにねー」


「なー」

二人のやりとりなのか、ゲームがなかったからなのか、俺の口からマッチを擦ったような舌打ちが発せられた。


「イサ公が持ってたか?」


「そりゃないと思うけど」


「まあ鍵も簡単に閉められるし入った様子もばれた形跡はないな」

鍵は簡単に開けられる。しかも閉める時も外側から鍵をかけて開ける時と逆に手順を取ればいい。鍵の開閉も俺たちしか知らない。

「奈帆、明日から夏休みだけど忘れもんねぇよな」

「あーあるかも!」


「え?!なにさ?」


「なんか」


「…そっかー」


「いいからその忘れた何かを探しにいけ!」


気がついたら二人のアホみたいな会話に憤っていた。


「うお!兄貴がキレた…」


「体操着とかは置きっぱだった」


「それは持って帰んないとな」


じゃ兄貴!と立ち上がって理樹は声をかけた。


「奈帆の教室から体操着取りに行ってくる」


「ああ、俺は職員室でも寄って、ゲームがないか見てくるわ」


二人は振り返り、話しながら屋上を出て行った。


「…あー!ラブラブ野郎め!」


思い切って壁を蹴ってみると、痛すぎて立ち上がれなかった。

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