番外編 普段お酒を飲まない人にお酒を飲ませたら豹変した①

 翌日、「ドラゴンヘッド」の食堂にて。

 時は夕刻。店はいつも通り、依頼から帰ってきた冒険者や仕事帰りの常連客でごった返していた。

 しかし、いつもなら思い思いに酒を飲み、食事をする彼らが、今日は同じテーブルを囲み、同じ酒と料理を前にしていた。


「それじゃあ、アイルくんとクロノちゃんの新たな門出を祝って――乾杯!」


 店の中心に立っていたグラジオが、ビールジョッキを掲げる。


『かんぱーい!』


 それに合わせて、店にいた客全員が各々手に持つ飲み物を掲げた。

 そう、今日はグラジオ達が企画した「アイルとクロノを送り出す会」が行われていた。


「……私達は観光に行くだけで、落ち着いたら戻ってくるつもりだって言ったのに」

「おおかた、僕達が遠出するのにかこつけて、お酒を飲みたかっただけなんじゃないかな?」

「はぁ……これだから酒飲みは」


 本日の主役であるはずのアイル達は、食堂の端の方でちまちまと飲み物を飲んでいた。

 もちろん、お酒ではなくただのジュースである。

 なお、マオは美味しい料理に釣られかけたものの、大勢の人間がいる場所に来るつもりはないらしく、部屋で待機中である。


「私は未成年だから仕方ないとはいえ、アイルはお酒飲んでもいいのよ? アイルの年齢設定は20歳なんだから、飲んだって問題ないし」

「別に飲みたい気分じゃないから。それに、隣でお酒飲まれると、クロノさんの気分が悪くなるでしょ?」

「……まあ、そうね」


 元の世界で、クロノはかなりの下戸だった。

 アルコール度数の低い缶チューハイでも泥酔してしまい、強いお酒であれば匂いを嗅ぐだけで気持ち悪くなってしまうのだ。


「本当はこういう飲み会みたいなのには参加したくないのだけど……一応主役だから、参加しないわけにはいかないのよね」

「律儀だね、クロノさんは。気分が悪くなったらすぐに言ってね」

「ありがと、アイル」


 と、そんな会話をしていた時だった。


「アイルファー! そんなところでちびちび飲んでないで、こっち来いよ!」

「クロノちゃんも、たまには私達と一緒にお喋りしましょう?」


 突然、アイルはムキムキのオッサンに、クロノはナイスバディな女性に腕を掴まれた。


「え、でも、クロノさんが心配ですし……」

「別に話したいことなんてありませんから、アイルと居させてください!」

「おうおう! 惚気やがってコノヤロウ!」

「本当に仲が良いのね。是非とも馴れ初めを聞かせてもらいたいわぁ」


 抵抗を試みるアイル達であったが、他にも人がやってきて、彼らをがっちりホールドする。


「たまには離れるのもいいだろうが!」

「そうよ。ずっと一緒にいるより、ちょっと離れた方が良いところも見えてくるわよ」


 結局、アイル達は別々のテーブルへと連れていかれてしまったのだった。


◇◇◇


「アイルファーくんはさぁ、クロノちゃんのどこが好きなんだ?」

「年齢結構離れてるだろ? 妹みたいなもんなんじゃないのか?」


 むさ苦しい冒険者のオッサン達に囲まれて、アイルは質問攻めにあっていた。


「すごい遠くからここに来たんだって? 一緒について来てくれるなんて良い子だよな」

「そんな子と結ばれるなんて羨ましいぜ。どこで知り合ったんだ?」

「つーか、あんな若い子と親しくなれたきっかけを知りてーよ」

「え、えーと……」


 アイルが戸惑っていると、目の前にドンッと大きなビールジョッキが置かれた。

 彼が驚いている隙に、そのジョッキにグラジオが並々とビールを注いだ。


「お前ら、質問多すぎだろ。独り身だからって寄って集って既婚者イジメんじゃねーよ」

「なんだよ、グラジオ。てめぇは結婚してるからいいだろうが、俺達は出会いを求めてるんだよ!」

「冒険者だからって、イイ女との出会いが多いわけでもないんだよ!」


 それらの言葉に、グラジオとアイルを除く男全員が力強く頷いた。


「お前らなぁ……」


 グラジオは呆れてため息をつく。


「まあ、流石にそれだけじゃねーよ。単純にアイルファー達のことが気になるってのもある」

「いっつもクロノちゃんとばっかり話してるから、声掛けづらくてなぁ」

「……す、すみません」

「お前が謝る必要は無いだろ。俺達が勝手に話したいって思っただけだし」

「んで、クロノちゃんのどこが好きなんだ?」


 ニヤニヤと聞いてくるオッサン冒険者達に、アイルは間髪入れずに答えた。


「全部です」

「……お、おう」

「ありきたりな答えだな」

「そうですか? でも、僕は本当にそう思ってるのですが。むしろ、嫌いなところが思いつきませんよ」


 目の前のビールジョッキを手に取り、アイルはビールに口をつけた。

 口元だけを出すようにフェイスガードを上げて飲む彼の姿は、どこか気品を感じさせた。

 それは、飲んでいるものは安いビールのはずなのに高級なワインを嗜んでいるかのように一瞬錯覚してしまうほどだった。


「……なーんか、勿体ないよなぁ」


 そんなアイルの姿を見て、一人の男がそう呟いた。


「アイルファーって、顔隠してなかったら相当イケメンだろ」

「あ、それ、俺も思った。なんで顔隠してんの?」


 今まで誰も言わなかっただけで、周囲の人々はアイルがずっと兜を被って顔を隠しているのが気になっていたらしい。

 アイルはちょっと困ったように言った。


「クロノさんに隠しておくようにって言われたので……」

「てことは、クロノちゃんのワガママで被らされてんのか?」

「え? いや、そんなことは……」

「隠さないと盗られるって思うくらいカッコイイんだろ?」

「盗られるって、僕はクロノさん一筋ですし……」

「ええ? たまにはお嫁さん以外の女の子とも親しくなりたいなーとか思わないのか?」

「友人としてならありますが、恋愛対象としては思ったこともないです」


 アイルは本当にクロノを愛している。

 クロノがいる限り、彼の心が他の女性に動かされることは無い。

 しかし、周囲の人々にその本心が伝わるはずもない。


「ホントかぁ? もっと大人の女とお付き合いしたくねーの?」

「クロノちゃんは細いし、まだ未発達だからな。アイルファーも男なんだから、少しくらい目移りしてもしょうがないと思うぜ」

「それに、お前ならもっとボンキュッボンッな女とも付き合えるだろ」

「だよなー。顔見えないのに何となくでもイケメンオーラ感じるって、顔見せたらモテすぎてやばいんじゃね?」

「お、そうだ。今度さ、クロノちゃんに内緒で女の子の店に行こうぜ。可愛い子もセクシーな子もいる良い店知ってるからよぉ」

「おい、お前ら、いい加減に……」


 好き放題に言うオッサン達に、グラジオがキレて注意しようとした時だった。


 ――バキッ!


 彼らの目の前で、アイルがビールジョッキの取っ手を

 そのビールジョッキはガラス製で、大きいものなので取っ手は丈夫に作られている。

 それを、彼は片手で握り潰したのである。


「あ、アイルファーくん……?」


 一人がようやく声を絞り出す。

 俯いていたアイルは、その声に反応して顔を上げた。

 後に、彼の兜の奥にある顔を見てしまった者はこう語っている。

 「まるで最上位種の魔物であるドラゴンに囲まれたかのように、生きた心地がしなかった」と。


「……彼女を悪く言うのは止めていただきたい」


 普段よりも低いトーンで、アイルはそう告げた。

 周囲の人々は声を出すこともできず、首振り人形のように黙って何度も頷いた。


「わかっていただけたなら良かったです。あ、グラジオさん。ビールジョッキを壊してしまってすみません」


 アイルは元の優しい声に戻っていた。


「……え? あ、ああ、いや。元はと言えばコイツらのせいだから、コイツらに弁償させるよ。お前らもそれでいいよな?」

「お……おう。悪かったよ、アイルファー」


 アイルはグラジオが粉々に砕けた取っ手とビールジョッキを片付けるのを手伝い、新しいジョッキをもらう。

 この時は、少し空気がヒリついてしまったものの、今度こそ楽しくお酒が飲めると皆が思っていた。


「――きゃあ!」


 そんな甲高い悲鳴が、女性陣のテーブルから聞こえてくるまでは。

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