第38話 事の顛末は意外なほど呆気なく

 アイル達はすぐさま瓦礫をどかしたが、パッシオは既に事切れていた。

 突然の出来事に呆然とする彼らだったが、ふと、クロノがあることに気づいた。


「……瓦礫はどこから落ちてきたの?」


 パッシオに瓦礫が落ちる前から、彼が立っていた場所の天井は崩れていた。

 クロノが上を見上げると、崩れた天井のさらに上にある天井、つまり上の部屋の天井にぽっかりと穴があいていた。


「まるで、くり抜かれたみたいな穴だね」


 同じように上を見上げていたアイルがそう呟いた。

 穴はパッシオの真上にあり、ちょうど人一人を押し潰せる程度の大きさをしている。

 それはまるで、パッシオを狙って何者かが天井に穴をあけたようだった。


「……いずれにせよ、他の被害者のことを聞き出せなくなったわね」

「手がかり無しで探さないといけないね」

「いや、手がかりはあるぞ。さっきも言っただろう、この屋敷には地下室があると」

「そうか! 地下室で薬を作ってたなら、実験もそこでやっていたかもしれない」

「その地下室への入口はどこ?」

「教えてやるのは構わないが……そろそろ人が来るぞ。奴らにこの状況を説明するのが先決ではないか?」


 アイル達が耳をすませると、「暴食」の言う通り遠くから人の声がしてきていた。


「地下室の入口は目立つように扉を開けておいた。あと、地下室の中に生命体の反応はない。貴様らが急いで中を調べる必要は無いだろう」

「何から何までありがとうございます」


 アイルが「暴食」へ頭を下げれば、「暴食」は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「貴様らの助けになれと、我が君より仰せつかったのだ。貴様らを思ってのことではない。それよりも、他人に見つかる前に指輪を使え」

「……町中の時もそうだったけど、アンタはその姿のままで私達から逃げようと思わないの?」

「我が君や他の者達を置いて逃げるなど裏切り行為ではないか。それに、我が君は貴様らの不利益になることは望んでいない。この場で私の姿を見られれば、貴様らが困るのだろう? ならば、私はあの屈辱的な姿に戻ってやろう」


 最後の一言は心底嫌そうだったが、「暴食」はただの蝿に戻っても良いと言う。

 驚きを隠せないアイル達であったが、人の声が近づいてきたため、急いで指輪を使って「暴食」をただの蝿にした。

 そして、アイル達はやってきた人達に「暴食」のことは伏せながら事情を説明した。

 その人達はアイナからパッシオについての調査を依頼されていたらしく、説明にひとつ頷いた後、アイナにも報告するよう言われた。

 アイル達は彼らに屋敷の調査を任せ、アイナの待つ冒険者ギルドへと向かったのだった。


◇◇◇


「君達がすぐさま行動を起こしてくれたのは嬉しいが、まさかこんな結末になるとはな」


 アイナに事の顛末を説明すると、彼女はそう言って深いため息をついた。


「……すみません」

「なに、君達のせいではないさ。それに、ちゃんと証拠は録音してきてくれたのだろう?」

「あ、そうでした」


 クロノはすっかり忘れていたが、ポケットの中の録音石は録音状態のままだった。

 彼女は慌ててそれを止め、アイナに渡す。


「今までずっとつけっぱなしだったので、今の会話も録音されてしまっているのですが……」

「問題ない。被疑者死亡でもう裁判は行われないし、これが証拠として押収されることは無いだろう。これを聞いてパッシオ殿が罪を犯していたことがわかればそれで十分だ」

「そうですか」


 クロノが安堵のため息をつく。

 しかし、その隣にいたアイルは、兜の下で青い顔をしていた。

 彼はアイナが録音石を大事そうにしまっている隙に、クロノに小声で話しかけた。


「……く、クロノさん」

「どうしたの?」

「もしかして、あの録音には『暴食』の声も入ってるんじゃ……」

「あ」


 今までずっと録音状態だったのだから、戦闘中の会話も当然録音されている。

 アイル達やパッシオ以外の声がはっきりと入っていれば、これは誰なのかとアイナに問い詰められることになるだろう。

 彼女は既に、マオがただの子供ではないと疑っている。

 そこに更なる疑いをかけられれば、余計面倒なことになるだろう。


「あ、アイナさん!」

「どうした?」

「実は、今回戦闘中にとある方に助けていただきまして……その方の声も記録されていると思います」

「……ほう。で、その方というのは?」

「その方は正体を隠したいようでして、ご紹介はできません。それと、録音に関しても秘匿していただきたいと言いますか……」

「成程。今のところ私以外に聞かせる予定は無いが、もしそのようなことがあればその声が入っている部分は隠そう」

「ありがとうございます」


 怪しさ満点の誤魔化しであったが、何も言わずに疑いをかけられるよりはマシだろう。

 クロノは多少疑われると思っていたが、アイナが追及してくることはなかった。


「君達もご苦労だった。仕方の無いこととはいえ、冒険者になりたての君達に任せるような仕事ではなかったと反省しているよ」

「いえ、最終的に引き受けたのは僕達ですから。それに、この後大変なのはアイナさんの方でしょう?」

「まあ、確かにな。現領主が死んで、跡継ぎも亡くなっている。しかも、領主が化け物騒動の犯人だったなんてなったら、町は混乱状態になるだろうな」


 本来のパッシオはあんなふうであったが、領民達には心の底から慕われ、尊敬を集めていた人物だったのだ。

 そんな人物が亡くなり、化け物騒動の犯人であったとなったら、人々は疑心暗鬼に陥るだろう。

 最早、本人の口から何故そのようなことを起こしたのかを聞くことはできず、謝罪の言葉すら聞けない。

 信じていた者から裏切られたと思った人々が、この後どんな行動をとるのかは予想ができない。

 しかし、少なくとも、この明るく賑やかな町が、暗く沈んだ混沌状態になる可能性は高い。


「だが、それこそ君達が心配するようなことではないよ。君達の役目は十分に果たした。後は私に任せてゆっくり休むといい」

「……わかりました。後はよろしくお願いします」


 アイル達はギルドを後にすると、一直線で宿屋に帰った。

 そして、マオに心配されながらも、二人はそのまま死んだように眠りについたのだった。

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