第36話 昨日の敵は今日の味方
壁を壊した2体の化け物は、部屋の天井をも壊し、その瓦礫がアイル達目掛けて落下してくる。
それを難なく躱しながら、彼らは化け物達を見た。
化け物のうち、一体の顔には目や鼻といった器官は見当たらず、ただビッシリと鋭い牙が生えた丸い穴のような口を持っていた。ちらりと見える胴体らしき部分は異様なほど長く、手足がなかった。
もう一体は四足歩行の恐竜に似た見た目をしていた。しかし、その口から垂れる唾液は地面に落ちると、ジュッと音を立てて床を焦がした。
「どうだい、素晴らしいだろう? これが人間を超越した究極生命体だ!」
そんな化け物達に挟まれながら、パッシオは恍惚とした表情を浮かべていた。
化け物達が彼を襲う様子はなく、むしろ彼を守るようにアイル達に顔を向けている。
「……ねえ、今、家族って言わなかった?」
クロノは震える声で、思わずそう尋ねていた。
「ああ、紹介が遅れたね。彼女は私の妻で、この子は私の息子だよ」
パッシオは長い胴体を持つ化け物を「妻」と呼び、恐竜のような化け物を「息子」と呼んだ。
化け物達はそう呼ばれると、まるで反応したかのように鳴き声を上げた。
「まさか、自分の家族にまで薬を盛ったの!?」
「はは、まるであの薬が毒みたいな言い方をする。まあ、魔物には毒みたいなものだが」
「そうやって茶化さないで! 何故家族まで実験台にしたのよ!?」
「実験台だと? 君は何もわかっていないね。彼らは実験で得たデータを元に完成したのだ。完成された完璧な個体。故に究極生命体なのだよ」
パッシオが、愛おしそうに化け物達を撫でる。
その姿に、アイル達は狂気を感じた。
「……狂ってるわ」
クロノは、そう呟いていた。
「ふふ、そう称されるのも無理はない。時代の変革者は皆、最初は周囲から認められないものだ。だが、次第に君達も認めざるを得なくなるぞ。全ての人間が同じような力を得て、平等な世界が生まれる。そうなれば、私は世界を変えた者として崇められることになるだろうからな」
「仮にそんな世界になったとしても、誰もあなたを崇めたりしないわ。むしろ、あなたを恨むに決まってる」
「いいや、絶対に感謝するさ。これほどまでに素晴らしい力なのだから、喜ばないわけがないだろう?」
パッシオは、クロノの言っていることがわからないと言わんばかりに首を傾げた。
彼はこのような化け物になることこそが素晴らしいと、本心から思っているのだろう。
「そんなわけないでしょ……!」
クロノは洞窟内で遭遇した化け物のことを思い出していた。
あの化け物を「
あれは、本当に助けを求めていたのだ。
望まぬ力を与えられ、望まぬ姿にさせられ、自分の意思では身体を操れなくなり、その身体が望まぬことをしてしまう。
それでも、わずかに残った意思で助けを求めていたのだろう。
そして、今。彼女は目の前の化け物達を「
その鑑定結果は2体とも同じで、こう表示されていた。
=========
《コロシテ》
=========
その言葉の意味を理解した瞬間、彼女は憤慨した。
「あなたが素晴らしいと思う力を全ての人間が同じように素晴らしいと思うなんて、そんなわけないじゃない! 無理やりこんな姿にさせられて、喜ぶ人間なんているわけがないわ!」
「彼女の言う通りだ。貴方がやっていることはただのエゴに過ぎない。理想を押し付けられた人達がどんなに苦しい思いをしたか、貴方は知らなくてはならない」
アイル達が臨戦態勢をとる。
パッシオは眉間に深いシワを作りながらも、不敵に微笑んだ。
「喧しい口だな。今すぐ捻り潰してやる!」
パッシオがそう言うと、2体の化け物が一斉に襲いかかってきた。
「
「
クロノの杖から放たれた電撃は「妻」の方を、アイルの剣から放たれた風の剣撃は「息子」の方を直撃する。
化け物達が一瞬怯んだが、すぐさま体勢を立て直し、アイル達へと向かってくる。
「ははは! その程度で効くわけがないだろう?」
クロノは無意識のうちに舌打ちをしていた。
化け物達はそれなりに強いが、アイル達が勝てない相手ではない。
だが、場所が悪かった。
崩落してきた天井によって足場は悪く、また残った天井部分がいつ崩れてくるかわからない。
そして、最大の問題は、屋敷内にまだ人が残っていることだった。
「ひ、ひいい!」
「ぱ、パッシオ様が化け物を操っている……?」
「奥様達はどこだ!?」
慌てながらも職務を全うしようとする姿は、使用人としては優秀と言える。
しかし、今この場に置いては、ただ自分の身だけを考えて逃げていて欲しかった。
「彼らを守りながらじゃ戦えないわ……!」
「どうした? 余所見をしている暇なんてないぞ?」
「息子」の方が唾を飛ばしてくる。
アイル達は間一髪でそれを避けるが、当たった部分の瓦礫や床がドロドロに溶け出し、水溜まりのようなものができる。
さしずめ、酸溜まりと言ったところか。
触れている部分を徐々に溶かしながら、酸溜まりは広がっていく。
「このままだと貴方の使用人まで巻き込むぞ!?」
「別に構わない。私の悲願が達成されるならば、彼らも喜んで犠牲となるだろう」
「……本当に自分勝手な奴だ!」
怒りのあまり、アイルの言葉遣いが乱れる。
普段温厚な彼が、ここまで激怒するのは珍しかった。
「そんな口を叩けるのも今のうちだ。そら、どんどん逃げ場が無くなっていくぞ?」
「息子」の方が酸の唾液を何発も飛ばしてくる。
アイル達が避けようとすると、逃げた先に「妻」の方が口を開いて待っていた。
「
咄嗟にクロノが魔法を放ち、「妻」が退いた隙に安全な場所に退避する。
「フハハハハ! 流石の君達も防戦一方なようだな!」
段々とアイル達の周りに酸溜まりができ、逃げ場が失われていく。
そして遂に、彼らは酸溜まりに囲まれ、逃げ場を完全に失った。
「くっ……!」
「最早これまでのようだな! さあ、愛する妻と息子よ、奴らを殺せ!」
「息子」の方が今までで一番大きな酸の塊をアイル達に向けて放ち、追撃するように「妻」も大口を開けて迫った。
その時点で、パッシオは勝利を確信していた。
――だが。
「な、何!?」
アイル達の目の前に、突如として黒い壁が現れた。
それに当たった酸の塊は消失し、「妻」も驚いたように動きを止める。
パッシオには、壁が蠢いているように見えた。
彼が目を凝らすと、壁のように見えたそれは、小さな蝿が集まって形作られていた。
「……まさか、昨日の蝿か?」
その呟きと同時に、壁を作っていた蝿達が散開し、その向こう側にいた者が姿を現した。
「……くだらんな。実にくだらん」
大の男の二倍はありそうな背丈に、顔の大半を占める巨大な複眼。
頭に王冠を乗せ、前肢の一本で器用に錫杖を持った蝿が、そこにいた。
「何と愚かな人間よ。あの女に唆されたことにも気づけぬとは」
その巨大な蝿――「暴食」は、酷く冷めた口調で言い放った。
「この程度の些事で私が力を振るわねばならないのは甚だ遺憾だが……他ならぬ我が君の命だ。私の全力を持って、貴様らを潰してやる」
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