第34話 他人が思うより、人の内面は見えないものである
アイナと会った後、アイル達は領主様の屋敷へとやって来た。
「領主様にご相談があって来ました」
門の前にいた人物にそう声をかけると、すんなりと中へ入れてもらえた。
一応武器等はアイテムボックスにしまったが、持ち物検査などもなく敷地内に入れたため、アイル達は面食らっていた。
「……流石にもう少し警戒されるかと思ってたんだけど」
「相談に来る人が多いんだろうね。門番さんも手慣れてたし」
二人は屋敷の入口までの道のりを歩きながら、ヒソヒソとそんな話をしていた。
「でも、油断はできないわよ。屋敷の人全員がグルかもしれないし」
「だから、マオ君もついてこなかったんだろうね」
ここに来る前に、宿屋に戻ってマオを置いてきていた。
「……今の儂では足手まといになるでな」
そう言ってマオは部屋に残り、アイル達を見送った。
「マオ君、元気なかったけど大丈夫かな」
「大丈夫なわけないでしょう。正体がバレたかもしれないのに平然としてたら、それはそれで不気味だわ」
「でも、アイナさんは見逃してくれたよね?」
「あの場ではね。後で色々聞かれるに決まってるわ」
「そうかなぁ。僕は、アイナさんはあれ以上聞いてこないような気がするけど」
「その根拠は?」
「ないよ。ただの勘」
クロノがツッコミを入れるより先に屋敷の入口にたどり着いてしまったため、彼女は口を閉ざした。
彼女がノックするより先に中から扉が開けられ、侍女らしき女性が頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。パッシオ様は奥の部屋でお待ちしておりますので、ご案内させていただきます」
門番が何らかの方法で屋敷内にアイル達の来訪を伝えていたのか、彼らが驚く暇もなく領主様がいる部屋へと案内された。
侍女が部屋の扉をノックすると、渋めの声で「入ってきてくれ」と言われた。
侍女が開けてくれた扉の中に入ると、領主様――パッシオは、ソファに腰掛けていた。
「やあ、よく来てくれたね」
彼はアイル達の姿を見るとニッコリと微笑み、向かいにあるソファーに座るよう勧めた。
「それで、今日はどういった相談を?」
人当たりの良い笑みを浮かべながら、パッシオが優しい口調でそう言った。
何の疑いも持っていない時であれば、その笑顔に安堵し、この人なら信頼できると本当に相談をしていたかもしれない。
しかし、疑いの目で見れば、その笑顔はどことなく胡散臭く見えた。
「……あの、できれば他の人には内密にご相談したいのですが」
クロノは扉のそばで控える侍女をチラリと見た。
流石に警戒されるかと思いながら彼女は言ったのだが、これまたすんなりとパッシオは侍女に下がるよう命じ、侍女も静かに部屋の外へと出ていった。
「……自分が言うのもなんですが、そんな簡単に下がらせて良かったんですか?」
「別に構わないさ。相談者のプライバシーを守るのも私の務めだからね。それに、君達を含め、領民を疑うなんてことをしたくないのさ」
パッシオの言葉は、あまりに綺麗事過ぎて、疑っている今となっては嘘臭く聞こえる。
もちろん、全てはクロノの勘違いで、パッシオは本当に事件とは無関係なのかもしれない。
最初から疑いの目を持っていては、パッシオの機嫌を損ねて何の手掛かりも得られないまま追い返されるかもしれない。
彼女はポケットの中に忍ばせた録音石に魔力を流して録音状態にしてから、こう切り出した。
「……実は、昨日町中で発生した化け物騒動について、領主様にお話したいことがございます」
「ああ、大通りと病院に現れたという……既に私の耳にも情報が入ってきてるよ。大通りの方は冒険者と思しき人達が抑えてくれたが、病院の方は死人も出たそうだね」
「その大通りの方を抑えていた人達というのは私達のことなんです」
クロノの言葉に、パッシオは大袈裟に驚いてみせた。
「なんと! 身なりからして冒険者かと思っていたが、そこまでの実力者だったとは」
「いえ、実際に倒したのは私達ではないですし、実力だって大したことありませんよ」
「謙遜は良くないぞ。もう一方は数人がかりで抑えていたそうじゃないか。それをたった二人で抑えていたというのは実力がある証拠だろう」
ニコニコと笑うパッシオは、まるで親戚のおじさんのようにアイル達を褒めちぎった。
それすらも白々しい嘘のように思え、クロノは笑みが引き攣りそうになるのを堪えた。
「それで、その時に起こったことなんですけど、化け物が倒された後、人が出てきたという話はご存知でしょうか?」
「ああ。確か、若い男女が一人ずつ救出されたとか」
「その人達の名前は男性がアントニオさん、女性はビオラさんと言うんです。……もちろん、ご存知ですよね?」
多少含みを持たせて言ったつもりだったが、パッシオは意に介した様子もなく頷いた。
「知っているとも。二人とも、孤児院出身で私が援助した子達だからな」
「他にも孤児院を出た子供の就職支援をしたり、浮浪者の就職支援も行っているのですよね?」
「そうだよ。彼らも私の大切な領民達だからね。困っているなら手を貸してあげないと」
「……では、領主様が手を貸した人々が、次々と行方不明になっているのはご存知でしょうか?」
ほんの一瞬、パッシオの動きが止まった。
しかし、彼はすぐに困惑の表情を浮かべた。
「それは、どういうことだい?」
「今行方不明になっている人達の経歴を調べたところ、全員が元浮浪者や元孤児で、あなたから支援を受けていたということがわかりました」
「そうなのかい? それは全く知らなかったよ……なんて偶然なんだろうね」
悲しそうな顔をするパッシオに、クロノは怒りさえ覚え始めていた。
そんな彼女の手を、アイルがそっと握る。
彼は何も言わなかったが、それだけで彼女の心は落ち着きを取り戻した。
再びパッシオへ向き直ると、クロノは確信に迫るべく、こう言った。
「それは本当に偶然ですか?」
「……どういう意味かな?」
「あなたから支援を受けたから行方不明になったのではありませんか?」
この町の人に聞かれれば、激昂されそうな言葉であった。
だが、パッシオは怒りはせず、ただ困ったように微笑んだ。
「確かに、その可能性もあるね。私を快く思わない人が彼らに何かしたのかもしれない」
「彼らに何かしたのは、あなたではありませんか?」
「何かとは?」
「それを説明するためには、昨日起こった化け物騒動についてもう少しお話しなくてはいけません」
パッシオの眉間にわずかにシワが寄る。
「……いいだろう。話してごらん」
「ありがとうございます。では、昨日の化け物についてなのですが……私達はあれと似たものをこの町の近くにある森で目撃しています。正確に言えば、ゴブリンの古巣内でですが」
パッシオは先程までの優しげな笑みを消し、無表情でクロノを見つめている。
「その巣の中にいた化け物を倒した時、それはペンダントを落としました。確認したところ、アントニオさんやビオラさんと同じ孤児院にいた女性のものだと判明しました」
「その女性が化け物の犠牲になっていたということかな?」
「大抵の人はそうだと思ったようです。ですが、私は違います。化け物と戦う直前、私達は一人の犠牲者を出しました。もし倒した時に犠牲者の所持品を落としたのであれば、その人の物も落ちていなければなりません。しかし、その人の物は何も落ちず、ただ女性のペンダントだけが残っていました」
「たまたま、化け物の身体のどこかに引っかかっていたのではないかね?」
「その可能性も捨てきれませんが、あの化け物の身体で私達にも見つけられないような位置に引っかかっていたとは考えにくいです。ですから、私はこう考えました。もしかすると、化け物が元々身につけていたものではないかと」
「……」
パッシオは変わらず無表情を貫いていたが、クロノの言葉に対する反論はなかった。
「そして、昨日の騒動でのことです。私達は化け物の中から人が出てくる瞬間を見ました。そして……隣にいる彼は、人が化け物になった瞬間を目撃しています」
パッシオの視線がクロノからアイルへと移る。
その冷たい視線を受けても、アイルは動じなかった。
「僕は具合の悪そうなアントニオさんを介抱してました。あまりに辛そうだったので病院に向かっている途中、彼は化け物になったのです」
「……以上のことから、私はこう結論づけました。行方不明者は、皆化け物になってしまっていると。そして、それには領主様――あなたが関わっているのではないかと」
パッシオはやはり何も言わない。
クロノはトドメとばかりに、アイナから得た情報も付け加えた。
「しかも、あなたはどこかから裏金を受け取っていますね? もしかして、今回の化け物騒動はその裏金と関係があるのではないですか?」
言い終わると同時に、長い静寂が室内に訪れる。
このまま睨み合いが続くのか――そうアイル達が思った時だった。
「……ふ、ふふ。ふははははは!」
静寂を打ち破るように、目の前のパッシオが笑い出した。
「まさか、裏金の話まで持ち出してくるとは。あの女から聞いたんだな? 全く、小賢しい女狐だ」
その口調は今までの穏やかなものから一変して、粗暴なものに変わっていた。
「君達もなんて運が無いんだろうなぁ。二度もあれに遭遇するばかりか、実際に変化したところまで見てしまうなんて。いっそそのまま殺されれば良かったのに」
目の前で高笑いする男が、先程までの優しい領主様と本当に同一人物なのだろうかと、アイル達は思わず疑った。
しかし、紛れもなく目の前の男はパッシオであった。
「……本当に、あなたがやったのですか?」
アイルは何とかその言葉を絞り出した。
すると、パッシオはニタリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。君達が会ったあの化け物は本当に元人間で――君達の予想通り、彼らをそういうふうにしたのはこの私だよ」
まるで、自らの行いを自慢するかのように。
パッシオは恍惚とした表情で、はっきりとアイル達にそう告げた。
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