第33話 最後にする質問が一番重要だったりする

「パッシオ殿が……?」

「信じられないとは思います。私自身、確証がありません」

「では、疑った理由を教えてくれないか?」


 クロノは今まで得た情報をまとめてアイナに話した。

 現在行方不明になっている者達が皆、元浮浪者や元孤児であること。

 行方不明者の一人に、元浮浪者で領主様から援助を受けて就職した者がいること。

 孤児院出身の人達は皆、領主様から支援を受けて就職しているということ。

 そして、孤児院出身のトーニョやビオラが化け物になり、さらに彼らの姉代わりだった女性も化け物になっていたかもしれないこと。

 それらを全て伝え終わると、アイナの顔が険しくなった。


「……成程な。君が疑うのも無理はない。だが、確たる証拠がないな」

「……はい」


 例え、行方不明者全員が化け物になっているとしても、その全員と領主様が何らかの繋がりを持っていたとしても、ただの偶然かもしれない。

 現在はっきりしている情報は、トーニョとビオラが化け物になってしまっていたということのみ。

 洞窟で遭遇した化け物が彼らと同じ孤児院出身の女性とは限らないし、行方不明者全員が化け物になっているという確証もない。

 あくまで、その可能性があるというだけだ。


「孤児院出身の者達だけが化け物になったのなら、孤児院そのものが怪しいとも考えられる。君は何故パッシオ殿を疑ったんだい?」

「……私は行方不明者全員が化け物になっていると思っています。それを前提条件に考えるなら、孤児院を怪しいと思うと、孤児院と関わりがない人も化け物になっているという矛盾が生じます」

「確かにそうだな」

「それに、私には、あの孤児院の院長さんがこんなことをできるとは思えません」


 クロノの脳裏に浮かぶのは、孤児院を巣立っていった子が亡くなったことを聞き、涙を流す院長の姿。

 彼女には、あの涙が嘘だとは思えなかった。

 何より、院長は孤児院にいる子供達を心の底から愛していると、彼女はこれまでの訪問で感じていた。

 そんな人物が、果たして孤児院出身の人達が不幸になるようなことをするだろうか?


「あの孤児院の院長は子供好きで有名だから、君がそう思うのもわからなくはない。だが、それを言うならば、大抵の人間はパッシオ殿もこんなことができる人ではないと言うと思うが」

「そう、ですよね……」


 この町のために尽力してきた領主様が、この町の人々を恐怖に陥れるような真似をするとは考えにくい。

 それに、領民達に愛されるほど、彼は人柄が良い。

 アイル達が彼と会話したのはわずかな時間だけだが、それでもわかるほど人柄の良さが滲み出ている人物だった。

 だからこそ、確証もないうちに動くことはできなかった。


「仮に本当に領主様が関わっていたとしても、今の状態で問い詰めるのは難しいでしょう。領主様を疑ったとこの町の人達に知られたら、ギルドの信用も落ちてしまいますから」

「……ああ、そうだな。彼の人望の厚さを考えれば、表立って尋問するのは現状では不可能だろう」


 その言葉に、クロノは唇を噛み締めた。

 今まともに話せる人間で、何らかの情報を握っていると思しき人物は領主様だ。

 トーニョ達の回復を待っていては、さらなる被害が出てしまう可能性がある。

 それに、彼らが有力な情報を持っているとは思えない。

 悔しそうに顔を歪める彼女だったが、アイナはニヤリと笑っていた。


「そう悔しそうな顔をするな。表立ってやるのが難しいだけで、何もできないわけではない」

「え……?」

「パッシオ殿は一般市民でも屋敷の中に招き入れてくれるんだ。彼らの相談にのるという名目でな」

「ああ、僕達もお会いした時に言われました。何かあれば屋敷まで来てくれれば力になると」

「そうか。それならば話は早いな」


 アイナは机の引き出しから、手のひらサイズの石を取り出した。

 半透明で空色に輝くそれを、彼女は無造作にアイルへと放り投げた。


「うわっ! い、いきなり放り投げないでください」


 アイルは慌てながらもなんとかキャッチする。

 何かの結晶のようなその石を見つめながら、彼は首を傾げた。


「これは何ですか?」

「特定の場所でしか採れない『録音石』という貴重なものだ。私も1つしか持ってないから、無くしたり壊したりするなよ?」

「そんな大事な物を何故投げたんですか!?」

「簡単に割れる代物じゃないから大丈夫だ。そんなことより、それを使って録音してくるといい」

「……はい?」

「だから、パッシオ殿の屋敷に乗り込んで、事件の真相を聞き出してくるといい」

「……はぁ!?」


 クロノは驚きのあまり立ち上がった。

 アイナはニコニコと良い笑顔でそんな彼女を見つめている。


「私達が乗り込むんですか!?」

「他の者は先の話を信じるとは思えないし、私は彼に警戒されかねない。町に来たばかりで警戒されていない君達ならば、簡単に屋敷に入れてもらえるだろう」

「そうだとしても、簡単に情報を吐くとは思わないんですけど……」

「まあ、そこは頑張ってくれ」

「丸投げしてきた!?」


 クロノが顔を青くすると、アイナはククッと笑った。


「冗談だ。私からとっておきの情報をやろう」

「とっておきの情報?」

「ああ。まあ、それでパッシオ殿が今回の事件について話してくれるかはわからんがな」


 ふと、クロノはアイナの言動に違和感を覚えた。


「あの。もしかして、アイナさんも領主様を疑ってらっしゃるのですか?」

「そうだよ? でなければ、君達に聞き出してこいなんて言わないだろう?」

「ですが、先程は領主様はこんなことができる人ではないと……」

「私はあくまで一般論を述べただけだ。私自身は、そうは思っていないよ」

「それは何故ですか?」


 アイル達はともかく、この町に長く暮らしているアイナが領主様を疑うのは不思議だった。

 クロノの問いに対し、アイナは神妙な面持ちで答えた。


「パッシオ殿の資金繰りに関し、疑わしいところがある」

「……と、言いますと?」

「彼は領民に対する手厚い保障を行う一方で、税金は上げていない。今までと同じ収入で支出が増えている。収支のバランスを考えると、破産してもおかしくはないはずなんだ」

「それは、他から補っているのでは?」

「そうだろうな。だが、彼は事業を行ったりしていないし、表向きどこかから金銭を受け取っている様子もない」

「じゃあ、領主様は破産寸前なんでしょうか?」

「いや、暮らしぶりを見るに、そんなことは無いだろう」

「では、どういうことなんでしょうか?」

「それはわからない。だが、恐らく、表に出せないような金を得ている可能性がある」


 アイナの言葉に、アイル達は言葉を失った。

 領民に慕われる領主様が、裏金を貰っているかもしれない。

 それがバレたら、領主様の信頼は地の底につくまで失墜するだろう。


「……もしや、とっておきの情報とは」

「そうだ。これが私から君達に渡せるとっておきの情報だ。とはいえ、これも証拠はない。脅し文句としては弱いだろうが、ないよりマシかと思ってな」

「……ありがとうございます」


 クロノはアイナに頭を下げながら、考えを巡らせていた。

 ――もしかすると、その裏金と今回の事件は繋がっているかもしれない。

 だが、どちらも証拠が無く、立証するのは難しい。

 本人の口から自白させるか、何か証拠を掴まない限りは、今回の化け物騒動は終わらない。


「今更かもしれないが、非常にリスクのあることだから、無理に引き受けなくても構わない。時間はかかるが、こちらがこっそりと調べてもいずれは解決するだろう」

「……ですが、その間にも化け物化による被害が出るかもしれません」

「……そうだろうな。しかし、パッシオ殿が無関係だった場合、君達が誹謗中傷を浴びる羽目になるかもしれないぞ?」


 クロノは再び、膝の上で両手を強く握りしめた。

 もし領主様が犯人でなかったら、一人で行こうがアイルと共に行こうが、アイルにも誹謗中傷が及ぶだろう。

 だが、今動かなければ、化け物になっているかもしれない人々を救うチャンスは二度と訪れないかもしれない。

 そんな考えで頭がいっぱいになっている彼女の手に、そっと大きな手が重なった。


「クロノさん。領主様のお屋敷に行ってみようよ」

「……アイル」

「大丈夫だよ。もし違っていて、他人に酷いこと言われても、二人なら大丈夫。何だったら、この町を捨てて逃げたっていいんだから」


 アイルが兜の奥で微笑む。

 その時、小さな手がクロノの袖を引っ張った。

 その手の主であるマオを見れば、無言で彼女を睨んでいた。

 「儂を見捨てるな」と言いたいのか、「儂もそなたらについていくぞ」と伝えたいのかはわからないが、いずれにせよ彼女達が領主様の屋敷に行くのには賛成なのだろう。

 マオはしばらくクロノを見つめた後、手を離してそっぽを向いた。


「……良い旦那だな」


 そのやり取りを見守っていたアイナが微笑みを浮かべた。


「……自慢の旦那様ですよ」


 クロノは顔を赤くしながらも、アイナの目を見てはっきりとそう言った。


「私達、お屋敷に乗り込んできます。そして、領主様からお話を聞いてきます」

「ああ、任せたぞ。証拠は『録音石』に魔力を流して録音してきてくれ。もう一度同じ魔力を流せば録音は停止する」

「ありがとうございます」


 クロノ達はアイナに一礼し、急いで部屋を出ようとした。


「……おっと。最後にもう一つだけ、質問しても良いか?」

「はい、何でしょう?」

「昨日の事件の時に現れて化け物を食らったという『蝿』の事なんだが、君達はその『蝿』について何か知らないかい?」


 アイル達は足を止めた。


「……いいえ。突然現れたので私達も驚きましたよ」

「そうなのか? 私はてっきり、君達が……いや、が何かしたのかと思ったんだがな」


 アイナの指が、マオを指し示す。

 マオは来た時とは違い、自らの足でアイル達の足元に立っている。

 指をさされたマオは、どこかに隠れるということをするでもなく、アイナの顔を見返した。


「……そんなこと、この子ができるわけありませんよ。だって、マオ君はただの子供ですよ?」

「そ、そうですよ。戦いに巻き込まれたら死んでしまうような非力な子供が、逃げずにあの場に残っているわけないじゃないですか」


 一瞬、マオの正体がバレたのかと焦ったアイル達は、何とか誤魔化そうとそう言った。

 しかし、当事者であるマオは、何も言わずにただアイナを見つめている。

 しばらくの間、アイナはマオと見つめあっていたが、不意に視線を逸らすと短いため息をついた。


「……そうか。では、そういうことにしておいてあげよう」


 マオに対する疑いは全く晴れていなかった。

 アイル達はさらに言葉を発しようとしたが、アイナが手でそれを制止した。


「今は事件を解明するのが先決だ。その子の疑いを晴らすのは事が終息してからでも構わないだろう?」


 それは暗に、これ以上誤魔化してもアイナが納得することは無いと告げていた。

 そして、彼女にそれ以上追及されることもなく、アイル達は部屋を後にした。

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