第32話 事件の犯人は……

 ギルド長の仕事部屋は応接室も兼ねているのか、書類作業をする机の他にソファーと大きな机が置かれていた。

 アイナは仕事の手を止めて、入ってきたアイル達に微笑んだ。


「久しぶりだな。アイルファー君にクロノ君。そして、君とは初めましてだね、マオ君」


 表情こそ柔らかいものの、その声はどこか冷たく感じられた。

 そんな彼女に座るよう言われ、アイル達は近くのソファーに腰掛けた。


「さて、まずは昨日の今日で呼び出したことを詫びよう。疲れているかと思ったんだが、どうしても聞きたいことがあってね」

「聞きたいこと、ですか」

「そう身構えなくていい。これからいくつか質問させてもらうが、答えにくいことには答えなくて構わないからな」


 何を聞かれるのかと体を強ばらせるアイル達に、アイナはそう言った。


「あまり時間を取らせるのも悪いから、早速だが質問を始めよう。最初に、君達は昨日の事件において、2体いたうちの1体と対峙して被害を食い止めてくれたそうだね」

「建物などには被害が出てしまいましたが……」

「いや、人への被害が無かっただけ充分さ。病院内に現れた方は悲惨だったからな」


 アイナの表情がわずかに暗くなる。

 病院での被害を思い出しているのだろう。


「……病院の被害を食い止めることができなくて申し訳なく思ってます」

「君達が気に病むことではない。君達は片方を食い止めてくれた。それに、病院の方は警備隊やその場に居合わせた冒険者が抑えていた。そのかいあって、病院の外での被害はゼロだったよ」

「そうでしたか……」


 被害の拡大を防げたと聞いて、アイル達は胸を撫で下ろした。


「それで、今我々は化け物が現れた原因の調査を行っているのだが……大通りに出た化け物について、目撃者の何人かが『人が化け物になった』と証言しているんだ」

「……」

「その人物のそばには鎧を着た人物と小さな子供がいたという証言もある。それは君達のことじゃないか、アイルファー君にマオ君?」


 アイナの言葉は疑問形だったが、確証を持って言っているようだった。

 下手に誤魔化すと余計な詮索を受けかねない。

 そう思ったアイルは、黙って頷いた。


「なら、単刀直入に聞こう。あの化け物は、人が変化したものではないか?」

「それは……私達には、わかりません」

「本当にかい? だって、アイル君は近くで見てたんだろう? アントニオ君が化け物になったところを」


 アイナの深青色の目がアイルを射抜く。

 彼女は質問と言っていたが、これは確認のようなものなのだろう。

 はぐらかそうとしても無駄だと言わんばかりに、彼女の目はアイル達をじっと見つめていた。


「正直に答えてくれ。君達は、あの化け物が元人間だと知っているね?」

「……はい」


 消え入りそうなほど小さな声で、クロノが肯定する。


「……そうか。では、もう一つ質問だ。昨日町中に現れた化け物は、君達がゴブリンの古巣で遭遇した化け物と同じではなかったか?」


 ゴブリンの古巣の調査の後、アイナには遭遇した化け物の特徴について話していた。

 今回の事件で現れた化け物と特徴が一致するということを、彼女も気づいていた。


「全く同じかはわかりませんが……私達は、同じだと思いました」

「……なんということだ」


 アイナが頭を抱え、深いため息をついた。


「私が冒険者をしていた頃にも聞いたことがないような事態だ。人が化け物になり、人を襲うなど……しかも、今の彼らの状態を見ると、本人の意思とは関係なく化け物になってしまうのだろう」

「トーニョさん達は、今回のことについて何か言っていなかったのですか?」

「彼らは未だ錯乱状態で、とてもじゃないが話を聞ける状態にないよ。だが、化け物になる直前に体調不良を訴えていたという周囲の証言は得られた」

「その体調不良が化け物になる前兆だったのでしょうか?」

「恐らくな」


 アイナの眉間にシワが寄っている。

 彼女自身、初めて経験する事態に頭を悩ませているようだ。


「……実はな、今行方不明になっている者のうち、数名が行方不明になる前に体調不良を訴えていたらしい」

「それは、つまり……」

「ああ。私の予想が正しければ、彼らも化け物になってどこかを彷徨いている可能性がある」

「その化け物の捜索は行われるのですか?」

「確証がない以上、大々的に行うのは不可能だ」


 クロノは膝の上で両手を握りしめた。

 早めに見つければ、また「暴食」に頼んで元の人間の姿に戻してあげられるかもしれない。

 もし手遅れでも、ずっと化け物の姿で彷徨うよりは早く倒して解放してあげるべきだろう。

 それを考えると早く見つけてあげなければと、彼女は思っていた。


「何か、決定打のようなものが欲しいんだ。行方不明者が化け物になっているという証拠があれば、すぐにでも捜索に乗り出せるんだが……」

「……もしかして、それで私達を呼んだんですか?」

「ああ。君達ならもしかしたら何か手がかりを掴んでいるんじゃないかと思ってね」


 アイル達は顔を見合わせた。

 クロノはとある仮説を立てているものの、それこそ確証がなく、仮説の域を出ない。

 その仮説を立証できれば証拠になるかもしれないが、今現在持っている情報で行方不明者も化け物になっているという証拠になりそうなものはなかった。


「私達も証拠になりそうな情報は持っていません」

「なんでもいいんだ。何だったら、君達が立てた仮説でも構わない」

「っ!」


 クロノが息をのむ。

 アイナの目は、クロノを向いていた。


「その反応。やはり、今回の件について何か仮説を立てていたようだね」

「そうなの、クロノさん?」


 クロノは、まだアイルにもその仮説について語っていなかった。

 確証がないことを話すのははばかられたし、何より話す暇もなくこの場に来てしまったせいもある。


「確かに私が得た情報で立てた仮説がありますが、あまりに突拍子がないと言いますか……ただの偶然かもしれませんし、無関係だった場合を考えると……」

「それでもいい。この場には私と君達しかいないんだ。君の話を口外するような真似はしないよ。約束する」


 アイナの真剣な眼差しにクロノは腹を括った。


「……では、絶対に口外しないと誓ってください」

「勿論だとも」


 クロノは一つ深呼吸をして、口を開いた。


「今回の一連の事件は……この町の領主様が犯人かもしれません」

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