第31話 嵐の前の静けさ

 翌日、アイル達は冒険者ギルドにやって来た。

 この町のギルド長――アイナ・パトリオットに呼び出しをくらったためである。


「……やっぱりすっぽかすべきだったかしら」

「いや、流石にそれはまずいよクロノさん。今の僕達の上司みたいな人だよ?」

「上司というか、社長でしょうね。逆らったら即クビになる、会社の中で超偉い人」

「……クロノさん、昨日は眠れた?」

「……眠れるわけないでしょ」


 昨日の事件の後、病院に運ばれたトーニョやビオラはその日のうちに目を覚ました。

 だが……。


「か、身体から触手が……! アイルさんに、アイルさんから剣を、向けられて……うわああああ! やめて、殺さないでくれ!」


 医者が話を聞こうとすると、トーニョはそう言ってベッドの上で暴れ出した。

 どうやら、化け物と化していた時の記憶が残っているようだった。

 そして、ビオラもまた、同じように記憶が残っていた。


「い、いやああああ! ひ、人、人を、食べて……食べたくないのに、血の、味が……!」


 彼女の状態はトーニョよりも酷かった。

 後に聞いた話であるが、病院内の被害は甚大で、中にいた人物は全員負傷、死者も数名ほど出てしまったらしい。

 化け物状態の時にも彼女の意識はあったのだろう。

 身体が勝手に動き、自分の意思とは無関係に人を食らっていく。

 そんな恐ろしいことを経験した人間が、まともな精神を保っていられるはずもなかった。

 彼らと面会しようとしたアイル達であったが、彼らの状態を聞かされて、諦めざるを得なかった。


「彼らを元の姿に戻したのは、間違いだったかもね……」


 トーニョ達はこの先、その記憶を抱えて生きていかなければならない。

 自分の意思ではどうしようもなかったこととはいえ、人を傷付けたことも、殺されかかったことも記憶として残ってしまっている。

 まだ若い彼らが抱えて生きていくには、その記憶は重すぎる。


「クロノさんは後悔してるの?」

「……そうね、少しだけ。アイルはどうなの? トーニョさんはあなたに殺されかかったことを覚えてるみたいだけど」

「それは確かに辛いよ。でも、トーニョさんやビオラさんの命を救えたのだから、後悔してないよ」

「そんなこと言って、あなたも昨日の夜は眠れてなかったじゃない。本当は少しくらい後悔してるんでしょう?」

「……見られてたんだ」

「私も眠れてないんだから当然でしょう。でも、あんな状態の彼らを見ても、のうのうと眠れるような人だったら離婚してたわ」

「……離婚の二文字は冗談でも聞きたくなかったな」


 ギルド長が待つ部屋に向かうまでそんな会話をしていたアイル達だったが、ふと思い出したようにクロノが口を開いた。


「……そう言えば、今回は昨日の件で呼び出されたのよね?」

「うん、多分」

「じゃあ、なんでマオも連れてこいなんて言われたのかしら?」


 クロノはアイルの脇に抱えられているマオを見た。

 今朝、宿屋で呼び出されたのだが、その時にマオも一緒に連れてきて欲しいと伝えられた。

 なんでも、アイナ本人がそう言っていたらしい。


「もしかして、昨日『暴食』を出したところを見られたんじゃ……」

「そうだとするとかなりまずいわね」


 マオの正体がバレたとなると、アイル達もマオの仲間だと思われて追われかねない。


「コイツの正体がバレたなら、自分達は騙されたとか言って許してもらいましょう」

「マオくんのこと見捨てるの?」

「見捨てるも何も、コイツに無理やり付き合わされてるのは事実だし。何より、昨日あんなことがあった中で平然と眠れるような奴を庇う気になんてなれないわよ」


 他に人がいる気配はないが、念のため二人はコソコソと話していた。

 そんな彼らの会話に混ざることもなく、マオはアイルに抱えられながら不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「今日だって、行きたくないって駄々こね出すし。いつもはついてくるなって言ってもついてくるくせにね」

「まあ、正体がバレたかもしれないのに、行きたいなんて思わないよ」

「そういう自分本位なところがコイツのダメなところよね。きっと、他人に興味ないから昨日の夜も気持ち良さそうに寝てたんだわ」

「いくらなんでも言い過ぎだよクロノさん。マオくんが言い返さないとはいえ、言って良いことと悪いことはあるでしょうに」

「……あまりにも反応がないから、面白くてつい」


 クロノがそう言うと、マオはギロリと彼女を睨みつけた。

 しかし、いつもなら突っかかっていきそうなものなのに、マオはやはり一言を喋らなかった。


「どうして喋らないの?」


 アイルが優しく尋ねても、マオはそっぽを向いて答えようとしない。


「おかしいな……今朝はちゃんと話してくれたのに」

「大方、無理やり連れてこられていじけてるんでしょう。アイル、可哀想だからってそいつを解放しちゃダメだからね。連れてこいって言われたのに、逃げ出されたら困るから」

「わかった。ごめんね、マオくん」


 ここに来るまでの間、マオは何度かアイルの腕から脱出しようと試みていた。

 しかし、ゴリラより高い筋力を持つ彼の腕から、非力な子供同然の状態にあるマオが逃げ出せるはずもなく。

 暴れ疲れたマオは、大人しく彼の腕に収まるより他なかったのである。


「……ここがアイナさんがいる部屋ね」


 クロノが他と材質の異なる少し豪奢な扉をノックする。


「――入ってくれ」


 中から響いた冷ややかなアイナの声に、アイル達は意を決して扉を開けた。

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