第28話 二度あることは三度ある

 アイルが驚いている間にも、トーニョの身体は変化していく。

 黒い触手は一本一本が人間の大人ほどの太さで、それぞれ意思を持っているかのごとく蠢いていた。


「トーニョさん!」

「あ……ああ」


 アイルは名前を呼ぶが、トーニョは苦しそうな声を上げるばかりで、聞こえているかどうかわからない。

 触手の動きは激しさを増し、触手が当たった地面にはヒビが入った。

 人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い、周辺は混乱状態に陥っていた。


「くそっ……ごめん、トーニョさん! 『捕縛バインド』!」


 アイルはトーニョの動きを封じるために、魔法の縄で彼の身体を触手ごと縛った。


「今のうちに逃げてください! マオくんも、宿に避難するんだ!」

「アイル、お主はどうするのじゃ?」

「僕はトーニョさんを止める!」


 トーニョの身体は最早、人の形を成していない。

 無数の触手が生えた黒い球体のような身体に、彼の顔が貼り付いているような見た目になっていた。


「ア、アアアアア!」


 突如、トーニョが叫び声を上げた。

 その瞬間、彼を縛っていた魔法の縄が弾け飛ぶ。


「あの程度の拘束じゃダメか……!」


 再度拘束しようとするが、それより先にトーニョ……いや、トーニョだった化け物が触手を振るった。

 アイルは咄嗟に避けたが、触手は地面を破壊し、衝撃で周囲の地面が揺れた。


「きゃあああ!」

「何なんだよアレは!?」

「お母さぁん!」


 人々の間に混乱が更に広がる。

 逃げ惑う人々で大通りが埋め尽くされ、騒ぎを聞きつけて駆けつけた警備隊員は人々の波に押されて中々近づけずにいる。

 近くに他の冒険者がいる気配もない。


「やっぱり、僕が止めるしかない」


 アイルは剣を構えた。

 それを見た化け物が、触手の狙いをアイルに絞る。


「アアアッ!」


 雄叫びを上げながら、一本の触手がアイルに振るわれる。

 彼はそれを剣で弾こうとする。


「うっ!」


 しかし、予想以上に重い触手の攻撃に、軌道を逸らすのがやっとだった。

 一瞬体勢が崩れたアイルに向かって、続けざまに触手が襲いかかってくる。

 彼はすぐさま盾を装備して攻撃を受け止めたが、一撃受け止めただけで腕が痺れてしまった。


「なんて重い攻撃だ……受けに回ってたら負けるかも」


 アイルは激しい触手の攻撃を避けたり、盾で受け止めたりしながら徐々に距離を詰めていく。

 そして、剣が届く距離になった時、彼は化け物の胴体に剣を突き刺した。


「ギィヤアアアア!」


 化け物が恐ろしい悲鳴を上げる。

 アイルが剣を抜くと、そこから赤い液体が溢れ出した。

 その血のような液体に怯んでいると、再び化け物の触手が襲いかかってくる。

 彼は転がるようにしてそれを避けた。


「……ウ、あああ」


 化け物の身体にあるトーニョの口から、声が漏れた。


「ひ……ひどいっすよ、アイルさぁん。痛いじゃないっすかぁ……」


 それは、紛れもなくトーニョの声だった。


「と、トーニョさん!?」


 トーニョが意識を取り戻したのかと、アイルは動きを止めてしまった。


「痛い……いたいいたいイタイイタイイタアアアアアア゛ア゛ア゛!」


 そんなアイルに向かって、真っ黒な触手が振るわれる。

 1、2本程度であれば対処できただろうが、ほぼ全ての触手が彼を叩き潰さんと襲いかかった。

 反応が遅れ、逃げようにも間に合わない。

 彼は盾を構えて何とか堪えようとした。


「――何やってんのよ、バカアイル!」


 次の瞬間、おびただしい数の氷の槍が化け物に降り注ぐ。

 化け物は耳を劈く悲鳴を上げ、触手の動きが止まった。

 その隙に、アイルは化け物から距離を取る。


「全く、なんて無茶なことしてるのよ!」

「クロノさん!」


 氷の槍を放ったのは、依頼を終えて冒険者ギルドに報告しに行く途中のクロノだった。

 彼女は大通りで騒ぎが起こっていることを聞き、嫌な予感がして飛翔魔法を使った。

 そして、騒ぎの中心にアイルと洞窟内で見たような真っ黒な化け物がいて、彼がやられそうになっているのを見て咄嗟に魔法を放ったのである。


「一人で戦おうとするなんて、バカじゃないの?」

「ごめん、クロノさん。でも、他に戦えそうな人がいなくて、周りの人を助けるためにはこうするしか……」

「言い訳は後! 今はあれを倒すのに集中しましょう」


 氷の槍は全て直撃したはずであったが、化け物はゆっくりと起き上がった。

 そして、その胴体にあるトーニョの顔に、クロノはギョッとする。


「何、あれ……ま、まさか!」

「そのまさかだよ。あれは、トーニョさんだ」

「嘘でしょ……? まさか、あの仮説が本当だったなんて」


 顔を青くするクロノだったが、彼女は頭を振って気持ちを切り替える。


「……それなら、あれは洞窟内にいた奴と同じ特性を持っているかも」

「でも、胴体は柔らかいみたいだ。僕の剣も簡単に刺さったし」

「そう。ここは町中で燃え広がるものが多いから、アイルが切り裂いて倒す方が被害が少なくて済むかもね」

「一応援護攻撃もよろしくね」

「わかってるわ」


 アイルがクロノの前に出る。

 彼女は彼に様々なバフをかけ、再び戦闘が始まろうとした時だった。


「きゃああああ!」

「うわあああ!」


 それほど遠くない距離から悲鳴が上がった。

 その声につられてアイル達が声の方を見ると――。


「ウソでしょ……」


 通りを抜けた先にある病院から、もう一体の黒い化け物が姿を現していた。

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