第27話 そして再び幕が上がる

 その日、クロノは再び孤児院に来ていた。


「また手伝いに来てもらって悪いわね。子供達があのお姉ちゃんに会いたいって言って聞かなくて」


 以前もクロノを出迎えてくれた院長が、孤児院の玄関先で申し訳なさそうに言った。


「いいえ。むしろ嬉しいくらいです」

「そう言ってもらえるとこっちとしても嬉しいわ。……ところで」


 その時、ギラりと院長の目が光った。

 クロノは思わず「ヒッ」と声を上げる。


「今日はマオちゃんはいないの?」

「え、ええ。旦――私のパートナーが見てくれているので」


 旦那と言うとまた面倒なことになりそうだったので、クロノは咄嗟に言い換えた。


「あら、そうなの? それは残念だわ。遊びに来たくなったらいつでもおいで、とマオちゃんに伝えておいてね」

「は、はい」


 マオ本人が行きたくないと言ったから、アイルが面倒を見ているとは流石に言えなかった。


「じゃあ、子供達も待ちくたびれてると思うから、早速だけど遊び相手をお願いね」


 院長がそういった直後。

 ――プルルルッ!


「あら、電話だわ。こんな時間に珍しいわね。ちょっとごめんなさい、先に子供達のところに行っててくれる?」


 クロノが頷くと、院長は慌てて電話を取りに行った。


「……電話もあるのね、この世界」


 意外と技術が発展していることに驚きつつ、彼女は子供達の元へと向かった。


◇◇◇


 しばらく子供達と遊んでいたクロノだったが、一向に院長は姿を見せなかった。


「ねえねえ、お姉さん。院長先生は?」

「そうねえ。お電話が来てたから、お話が長引いているのかも」


 クロノはそう言ったものの、流石に長すぎると感じていた。


「……お姉さん、ちょっと見てくるわ。みんな仲良く遊んで待っててくれる?」

「うん!」


 元気の良い子供たちの返事を聞くと、クロノは院長の姿を探した。

 彼女は、玄関近くの部屋にいた。


「院長さ……」


 クロノが呼びかけようとしたが、途中で言葉に詰まった。

 院長は、声を出さずに泣いていた。


「……あ、ごめんなさい」

「いえ……何か、あったんですか?」


 恐る恐る尋ねると、院長は力なく微笑んだ。


「……以前、行方不明になっている女性の話をしたでしょう?」

「……ええ」

「彼女、亡くなっているかもしれないって、警備隊の方から連絡が来たの。この孤児院出身の子だったから、色んな思い出が蘇ってきて……」


 院長はまた涙目になり、ハンカチで目元を押さえた。


「……孤児院出身の女性って、もしかしてビオラさんやトーニョさんと親しかった方では?」

「あら、クロノさんはあの子達とも知り合いなの? ……ああ、ビオラは今冒険者ギルドにいるのだものね。そうね、あの子達が一番彼女に懐いていたわ。とってもやんちゃな子達だったけど、彼女の言うことはちゃんと聞いてくれてね……」


 院長が言葉を詰まらせる。

 クロノは彼女の背をさすった。


「ああ、今でも思い出すわ。あの子が自分の夢を見つけて、ここを巣立っていった時のことを。領主様に相談して、支援してもらって、それで夢を叶えた時の彼女の顔といったら……」

「……領主様に支援してもらった?」

「ええ。今はそうでもないけれど、昔は孤児院出身というだけで就職しようとすると門前払いするお店が多かったの。でも、領主様が推薦してくださったり、専門的知識が必要なら教えてくれる講師を探して付けてくださったりと、支援してくださったおかげでここを巣立っていった子達はみんな自分のなりたい職業に就くことができたわ」


 懐かしそうに院長は語った。

 クロノは、ビオラから聞いた話を思い出していた。

 ――確か、行方不明者の元浮浪者の人も、領主様に援助してもらったと言っていた。

 もしかして、他の行方不明者も?


「……まさか、ね」


 ふっと頭に浮かんだ考えを振り払い、クロノはしばらく院長のそばに寄り添った。


◇◇◇


 一方その頃、アイルはマオと一緒に町を探索していた。


「アイル! あの屋台の焼き菓子が美味しそうじゃぞ!」

「わぁ、本当だね。甘くて良い香りがこっちにまで来てるよ」


 ……否。屋台巡りをしていた。

 アイルに言わせれば、この世界の食文化の調査らしい。

 本心は食べ歩きをしたいだけのようだが、そういうことにしておかないとクロノが怖いのだろう。

 なお、後にクロノにバレて食生活改善を強制的に進められることになるのだが、そんなことを今の彼らは知る由もない。


「クロノがおらぬと色んなものが食せて良いな! 彼奴はどうも食に関心が無いようじゃしの」

「関心が無いというか、彼女は少食だからね。食べ歩きしようにもすぐお腹いっぱいになっちゃうんだって」

「ふむ、胃袋が小さいというのも考えものじゃな」


 そんな失礼な話をしていると、目の前から見知った人物が歩いてきていた。


「……あれ、トーニョさん?」

「……? ああ、アイルさんにマオちゃん。お久しぶりっすね」

「どうしたのですか? 顔色が悪いようですが……」


 アイルが指摘した通り、トーニョの顔は真っ青だった。


「ああ、いえ、ちょっと職務中に具合が悪くなって……」

「大丈夫ですか? 病院には行きましたか?」

「病院へはこれから……」

「お一人だと不安ですね。付き添いますよ」

「ありがとうございますっす……正直、一人だと病院にたどり着けるか不安だったんすよ」


 力なく微笑むトーニョは、顔色も相まって痛々しく見えた。

 彼の体を支えながら、アイル達は屋台が並ぶ大通りを歩く。

 すれ違う人達も一瞬足を止め、心配そうにトーニョを見た。


「うっ……」


 あと少しで通りを抜けるという時、トーニョが突然苦しそうに胸を押さえた。


「大丈夫ですか!?」


 アイルが声をかけるが、トーニョはその場にうずくまり、肩で荒い呼吸をし始めた。


「待っててください、今お医者さんを……」


 その時だった。


 ――メリッ。


 奇妙な音が、トーニョの身体から鳴った。

 周りで様子を見守っていた人々から、悲鳴が上がる。


「なっ……!」


 アイルも、驚きと恐怖を隠しきれなかった。


 ――メリッ、メリッと音を立てて。

 トーニョの背中から、真っ黒な触手が生えてきていた。

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