第25話 深い悲しみ、晴れぬ怒り
調査から帰還した後、アイル達は警備隊の隊員達と共に冒険者ギルドを訪れていた。
「あ! おかえりなさい、アイルさん、クロノさん……何かあったんですか?」
元気よく挨拶してきたビオラだったが、彼らの表情が固いことに気づいたのだろう。
明るい笑顔から一転して、その顔を曇らせた。
「ボーダンさん達がいらっしゃらないようですが……?」
アイル達と同じように依頼を達成したことを伝えに来るはずのボーダン達がいないのも、ビオラを不安にさせた。
「……ボーダンさん達は病院です」
「え? ま、まさか、魔物がでたんですか!?」
「魔物かどうかはわかりません。ですが、ボーダンさん達も見たことがないような新種の生物……いや、化け物でした」
アイルの言葉に、後ろで様子を伺っていたギルド職員達がざわついた。
「そんな……ボーダンさん達は無事なんですか?」
そんな質問が出るのは当然だった。
しかし、アイルもクロノも答えることができず、押し黙ってしまう。
「……いずれ彼らから報告があるかと」
見かねた警備隊員の一人がそう告げる。
そんな彼らの反応に、ビオラは最悪の事態が起こったと察したらしい。
彼女の顔から、サッと血の気が引いた。
それでも取り乱したりしなかったのは、彼女の受付嬢としての意地だろう。
「……わかりました。では、警備隊の方々がいらっしゃるのはその新種の生物について報告があるからですか?」
「ああ、いえ。警備隊員達は見ていないようなので、その件についてはそちらの冒険者の方達にお聞きになった方がよろしいかと思います」
「では、皆さんはどうしてこちらに?」
ビオラがそう尋ねると、後ろの方から一人の警備隊員が彼女の前に現れた。
「トーニョ? 貴方もこの調査に参加してたの?」
「いや、俺は参加してないよ」
「じゃあ、どうして……」
トーニョは手に持っていた物をビオラに見せた。
「覚えてるだろ?」
「それ、は」
「手に取って確認してみてくれ」
ビオラは震える手でトーニョが差し出したそれを受け取った。
彼が渡したのは、クロノが拾ったあのロケットペンダントだ。
「……それ、さっき言ってた化け物を倒した時、化け物がいた場所に落ちてたらしい」
「あ、ああ」
ビオラは中に入っていた写真を見た。
そして、そのまま泣き出してしまった。
「おね、お姉ちゃんのが、なんで」
「わかんねぇよ……! でも、多分、そういうことだろ」
「お姉ちゃん、殺されたの……? 死んじゃったの……?」
「……遺体は見つかってないから、確定じゃない。だけど、恐らく助かってはないだろうよ」
その瞬間、ビオラが膝から崩れ落ちる。
咄嗟に傍にいたギルド職員が支えるが、彼女は大声で泣き叫んだ。
「……やはり、行方不明の女性の物で間違いないんだな?」
トーニョの上司と思われる男性が、彼に声をかけた。
彼は何も言わず、静かに頷いた。
その顔は俯いていて窺い知ることができないが、彼は両手をきつく握りしめていた。
ギルド職員は未だ泣き叫ぶビオラを支えながら、彼女を奥の方へと連れていく。
「他の行方不明者もその生物に襲われている可能性が出てきたな。またあの場所へ赴き、遺留品や遺体の捜索をしなければならないだろう」
「……冒険者ギルドとしては、情報が集まらない限り冒険者の派遣はできかねます」
他のギルド職員が現れ、そう言った。
既に犠牲者を出してしまった以上、被害の拡大を防ぐべくギルド側が対応に乗り出すのは当然だった。
「わかっている。こちらも、まずはあの森一帯の立ち入りを禁止することにした。もとより人の立ち入りは少ないが、万が一のことがあるからな」
「そうですか。では、冒険者ギルドとしての対応が決定次第、こちらから報告致します」
「ありがとう。もし協力していただけるのであればこれほど心強いことは無いが、無理強いはしない。今回のことは我々にも非があるからな」
「……いえ、私共の方も甘く見ておりました。まさか、Cランクのパーティが苦戦するほどの敵があそこにいるなんて」
今回の調査を行った場所は、魔物も生物もいないと言われていた場所だ。
ましてや、見間違えの可能性もある依頼であったため、より高ランクの冒険者に頼むという考えは警備隊側もギルド側も思いつかなかっただろう。
「今ここで後悔しても仕方ないことだ。我々はこれから先、被害を増やさないよう努めなければならない」
「……そうですね」
そんなギルド職員と警備隊員のやり取りを、アイル達はぼうっとしながら眺めていた。
まだ半日ほどしか経過していないが、彼らは既に疲労困憊状態にあった。身体的にも、精神的にも。
しかし、この後ギルドで事情聴取が行われ、彼らが宿屋に戻れたのは空が茜色に染まった頃だった。
◇◇◇
「ただいまぁ」
「む。遅かったではないか」
宿の部屋に入ると、マオはベッドの上で座りながら待っていた。
「昼頃には戻ってこれるとか言っておったのに、どういうことじゃ?」
マオはモチモチとしたほっぺをプクッと膨らませる。
やはり一人は寂しかったのか、拗ねているようだった。
「……うーん、まあ、ちょっとね」
「ふん。まあ良い。早く夕餉を食べに行こうではないか」
「あー、私はパス」
「なんじゃと?」
「疲れてるのよ。それに……食欲も無いし」
ベッドから降りたマオと入れ替わるように、クロノはベッドへ頭からダイブする。
「食欲はなくとも何かとった方が良いと思うが?」
「うん。それはわかってるけど……」
クロノは洞窟内でのことを思い出していた。
真っ黒な何かが、人の肉を貪る姿を。
ゆっくりと味わうように食べる様を思い出すと、胃から内容物が込み上げてくる。
空腹状態で何も無いはずなのに、胃酸が込み上げてくる。
とてもじゃないが、食べ物を口にできるような気分ではなかった。
「アイルは大丈夫なのか?」
「僕も……いや、一応軽食ぐらいは食べておくよ」
「……無理はせんで良いのじゃぞ?」
「お気遣いありがとう。でも、無理はしてないから大丈夫だよ」
そう言うアイルだが、明らかに顔色が悪い。
「……ふん。別に飯くらい儂一人でも食べられる。実際、昼はそうであったしの」
「ああ、お昼は下の食堂で食べさせてもらったの?」
「うむ。人間は好かぬが、彼奴らは親切にしてくれるしの。じゃから、汝らは無理せず休むが良い」
マオとしては、人の多い場所で一人でいるのは避けたい。
近づいてきた人間に、正体がバレないとも限らないからである。
だが、二人が疲労困憊である時にワガママを言うほど子供ではない。
それに、協力者を蔑ろにするほど、マオは酷い「魔王」ではなかった。
「……ありがとう、マオくん」
「礼などいらぬ。アイル、そなたもゆっくり休むと良い」
その言葉に甘えて、アイルは鎧を脱いでクロノの隣へ寝そべった。
それを確認したマオは、部屋を出て、ゆっくりと扉を閉めた。
「……汝らも、経験してしもうたか」
そう呟いたマオの顔は、とても子供が浮かべるような表情とは思えないほど、憐れみに満ちていた。
「やはり、この世界を……神を、どうにかせねばなるまい」
無論、その言葉を聞いた者はいない。
しかし、その声は、決して晴れることのない怒りを感じさせるものだった。
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